第38話 四人の宴

 宴の場には、僕たち4人の姿しかない。

 てっきり、王と王妃も加わると思っていたため、僕は少し残念に思った。

 できれば、王と王妃、そしてデュークの母に会いたいと思っていたからだ。

 ただ、デュークの母については、もしかしたらと感じてもいる。

 でも、まだ確証はないし、僕からは聞けない。


「さてと、飲もうじゃないか」


 部屋の中央には毛足の長いじゅうたんが敷かれていて、大きなクッションがいくつもある。つまり、ここに丸くなって座って飲むということなんだろう。先に双子が片膝を立てて座り、デュークは足を投げ出して片膝を抱えた。僕は、少し考えてから、結局正座した。


 2人は僕たちを手招きし、額を寄せ合うようにして、喋り出す。


「お前たちがここに来たのは、他でもない。──フォーシュリンドに出兵した件なんだろう?」

 

 兄のルカーシュが尋ね、デュークは頷くことなく瞳を見据える。


「そんな顔をするな。あれは、私が命じたわけではない」

「もちろん、私でもないぞ」


 どういうことなのかと視線で問うと、ルカーシュはクッションにもたれた。


「我々ではなく、軍を動かしたものがいる。つまり、そういうことだ」


 僕にはさっぱりわからないが、デュークはそれで理解したらしい。


「炙り出しは、成功したというわけか」


 デュークの言葉に、ルドビークは人の悪い笑みを浮かべる。


「これまで待った甲斐があった」


 感慨深げに言って、酒を口に運んだ兄を、デュークはじろりと睨む。


「出兵を止めることもできた。だが、炙り出しを優先した」

「そうだ」

「そのせいでフォーシュリンド王国は警戒心を強めた。両国の関係が拗れるとは考えなかったのか?」


 問いの形を取ってはいるが、これはデュークからの叱責のようなものだ。

 ルドビークはそこで肩を竦め、ルカーシュは杯を持つ手をデュークに向ける。


「政変が起きて、アルヴェスト王国が倒れれば、フォーシュリンドにも被害は及ぶ。その方が、両国にとって大きな問題だ」


 それはそうだ。

 フォーシュリンド王国が、この機にアルヴェストに攻め入ることもできるだろうが。

 国王にその意思があるかは、僕にはわからない。

 今回の件で、すぐに出兵しなかったことから、可能性は低そうに思える。

 いずれにしても、アルヴェストが倒れた波紋は周囲に及び、フォーシュリンドに影響することは間違いない。


「あと2日もあれば決着する。心配せずに待っていろ」


 ルカーシュは簡単にそう言うが、この騒動をどう治めるつもりなのか。

 僕には、容易くは思えない。


「その間、城にこもるのは退屈だろう。王都観光でもするといい」

「早めの新婚旅行だ」


 本気で言っているのか、それとも揶揄っているだけなのか。

 僕には判断がつかず、デュークの顔を窺う。

 渋い表情をしてはいるが、怒っている風ではない。


 僕は、そんな3人を見ながら、内心喜んでいた。

 デュークから聞き及んでいたことから、双子の兄は険悪な関係で、国を二分しているのかと思っていた。

 だが、少なくとも二人は、デュークのことを大切に思っている。

 大胆な計画に出る人ではあるようだけれど、心があるのは伝わってくる。


 僕が三人を見守っていると、不意にデュークが訊いた。


「父王はどうしている?」


 すると、双子は顔を見合わせ、一つ溜息を吐く。


「恋人を紹介したいのはわかるが、今は時期じゃない」

「まだ早い。もう少し待て」


 詳しくは言えないということは、何か障りがあるんだろうか。

 この政変に父親が関わっているのか、それとも守ろうとしているのか。

 二人の表情から読もうとしていると、二人もまた僕を見た。


「ところで、クリスティアンと言ったか」

「デュークのどこに惚れたんだ」


 この問いに、なぜかデュークまで視線を向けてきた。

 こういう時は、助け船を出す役じゃないのか。

 丸投げされたように感じて、僕は何とか答えようとした。


「それは──」


 だが、応えようとすると頬が火照り、言葉が出てこない。

 何か言わなければと焦れば焦るほど、何も思いつかなくなる。


 すると、ルドビークが片手を僕に向けて翳した。


「もういい。その表情が見られれば十分だ」

「惚気は、すべてが終わったら改めて聞かせてもらおう」


 二人は何か盛大な勘違いをしたようだが、僕にとっては都合がいい。

 これで何とか誤魔化せた。


 そして、宴はそこで散会した。


「おやすみなさい」


 その場に二人を残して扉を閉め、僕とデュークは部屋に戻った。

 

「ベッドをもう一つ用意させるのも考えたが、それでは不自然だ。私がソファで寝る」


 湯浴みを済ませて寝る段になると、デュークはそう言ってソファに向かう。

 僕は慌てて、デュークを止めた。


「そんなこと、デューク王子にさせられません」

 

 誰かに見咎められるとか、そういうことじゃない。

 勝手に僕がついてきたというのに、ベッドを奪うことなんてできない。

 たしかに、ベッドが一つになってしまったのは、デュークのせいではあるけれど。


 だが、デュークは、僕の言葉にではなく呼称に反応した。


「デュークだ。アインハルトのことは敬称なしに呼んでいるんだ。私もそうしてほしい」


 なぜそこでアインハルトの名前が出てくるのか。

 聞きたいところだが、今ここで話題にしても始まらない。


「わかりました。デュークさん」

「呼び捨てで構わない」

「僕が構います」


 王子であり、先輩でもあるんだ。

 本人を前に、呼び捨てにするなんてできない。


「仕方がない。妥協する。今は、寝よう」


 デュークは先にベッドに入り、なかなか来ない僕に焦れたのか、上掛けをめくる。


「来い」


 僕は、少し気後れしたけれど、逆らわずに隣に寝た。

 意識すればするほど、ぎこちなくなる。

 それなら、抵抗せずに従った方がいい。


 僕は目を閉じ、深く呼吸を繰り返す。

 デュークの呼吸が重なり、どちらのものなのかわからなくなる。

 もぞりとベッドの中で身動ぎ、僕はそのまま眠りに落ちた。

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