第37話 ポンコツ過ぎる二人

「朝早くから宴は止めてほしい」


 盛り上がる二人に対し、デュークは冷めた声で言う。


「そうか。それは悪かった」

「長旅で疲れてもいるんだろ。まずは休んでいい」


 兄二人はデュークを気遣い、僕からも手を放す。


「宴は夜に改めて行なう」

「なに、私たちだけの簡素な宴だ。堅苦しく考えるな」


 僕の表情から何を読み取ったのか、二人はポンと肩に手を乗せて言った。


「まったく、ルカーシュが先走り過ぎるんだ」

「お前だって乗り気だっただろ」


 二人はそこから口論を始め、デュークは溜息を吐き、割って入った。


「いい加減にしないと、クリスティアンが過労で倒れる」


 すると、ぴたりと口論を止め、ルカーシュが咳払いをする。


「退席を命じる」

「退席する前に、聞きたいことがある」


 デュークが言うと、ルカーシュは首を振った。


「話は、夜の宴の時に聞く」


 一刻を争う話だ。

 期限は一週間しかない。

 だが、ここで食い下がるわけにはいかないだろう。

 デュークもそう判断したようで、すぐに応じた。


 僕も再び頭を下げ、デュークと共に謁見の間を出た。


「お部屋へご案内いたします」


 侍女が先に立ち、僕たちを部屋へ案内する。

 後ろには兵士が二人、デュークを警護するようについてきた。


 謁見の間から離れたところに、渡り廊下があり、僕たちはその棟に泊まることになった。


「御用がありましたら、お呼びください」


 つまり、用がなければ、ここには来ないということだ。

 これは、僕たちに気を遣ってくれてのことなんじゃないだろうか。


 侍女が去ったあと、デュークは部屋にあった長椅子に座った。

 詰襟のボタンを外し、襟元を緩めて、髪をかき上げる。

 その、物憂い表情に惹きつけられそうになり、僕は自分を律して訊いた。


「僕がデューク王子の恋人って、一体どういうことなんですか?」


 もしかしたら、何か思惑があるのかもしれない。

 僕をただの学友と言うよりも、恋人と偽った方がいい理由か何かが。

 返答を待つ僕を見上げて、デュークは眉根を寄せる。


「我々は、恋人ではないのか?」

「違います」


 僕は、間髪入れずに即答した。

 デュークは目を瞠り、気難しそうに唇を歪める。

 不服だと顔に書いてあるような態度に、僕は仕方なく訊ねた。


「デューク王子は、僕を恋人だと思っているんですか?」

「ああ」

「……何を根拠に?」


 デュークは、近くにあったテーブルの水差しを引き寄せ、手ずからグラスに注ぐ。

 そして、二口ほど飲んでから答えた。


「キスをした。2度もな」


 僕は仰け反りそうになったが、何とか堪えて反論を試みた。


「待ってください。キスだけでそんな──」


 だがそこで、デュークは音を立ててグラスを置き、僕の言葉を遮った。


「キスだけ? お前にとってキスはそんなに軽いものなのか? 誰とでもするのか」

「しませんよ!」


 誰とでもするどころか、キスなんて前世でもしたことはない。

 しかも、あんな濃厚なキス。

 僕は、デュークとのキスを思い出しかけて、額に手をやった。

 今はそれどころじゃない。話を続けないと。


「とにかく、僕たちは恋人ではありません」

 

 誤解を否定しないと、とんでもないことになりそうだ。

 すると、デュークは長椅子から身を起こした。


「何が不服なんだ」

「何って……」

「お前は、私を愛していないのか?」


 愛って、そんなことをいきなり聞かれても困る。

 僕はただ、恋人ではないという話をしたかっただけだ。


 双子の兄は、僕たちを恋人と信じて疑っていなかった。

 あの二人に嘘だとバレたら、ここに来た役目を終えるどころではなくなる。

 あんなに喜んでいたんだ。失望から何をし出すかわからない。

 とにかく、穏便に素早く事を運ばないといけないと言うのに。


 なぜこの人は、こんな問題を起こすのか。

 僕は答える代わりに、デュークに問い返した。


「そういうデューク王子は、どうなんですか」


 僕に問われると思っていなかったのか、こちらを一度見てから、グラスに視線を落として考え込む。


「わからない。ただ──」


 そして、そこで言葉を切ってから、もう一度僕を見た。


「自分からキスをしたいと思ったのは、お前が初めてだ」


 揺らぐ銀の瞳に、僕の心も揺れ動く。

 僕の方こそ、デュークはキスに慣れているのだと思い込んでいた。

 デュークは僕をひたりと見つめたまま、問いかけた。


「お前を愛しているということではないのか?」


 そこまで聞いて、僕は頭を抱えた。


 これは、駄目だ。

 僕もデュークも、あまりに経験値が不足している上に、どちらもポンコツ過ぎる。

 ここで議論しても、結論に辿り着くとは思えない。

 僕は詰めていた息を吐き、答えを待っている風のデュークに言った。


「デューク王子にもわからないということなら、恋人の件は保留ということでどうですか?」

「承知した」


 僕の提案に、デュークは素直に応じた。

 きっと、デュークも今優先すべきことが見えている。

 僕はホッとして、これからのことについて打ち合わせをしようとした。

 そんな折に、デュークは僕にもグラスを手渡した。


「お前も飲め」


 受け取って顔を近付けて、僕はその匂いで気付く。


「これ、お酒じゃないですか?」

「そうだ。アルヴェストの蒸留酒だ。やはり旨い」

「……飲んでいる場合じゃないです」


 お酒に耐性のない僕が寝不足のまま飲んだら、この場で倒れてしまいそうだ。


「宴席は夜になる。それまで少し寝たらどうだ」


 指差された向こうには、天蓋付きのベッドがある。

 ただし、一つだけだ。


 ただの学友であれば、ベッドを共にさせようなんて思わないだろう。

 恋人だなんて言うから、こんなことになるんだ。


「デューク王子、あなたを恨みます」


 僕はそう言ってから、ベッドの傍にある大きなソファに横になった。


「なぜベッドを使わないんだ?」

「あなたの恋人ではないからです」


 僕は、ソファに置いてあったクッションを枕にして目を瞑った。

 もう今は、何も考えずに休みたい。


 寝入る寸前に、ふわりと何か掛けられた。

 一体何だろうかと考えたのは一瞬で、僕は眠りに落ちた。

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