加筆修正新バージョン☆『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』って絶対あげないからね!現実の妹を見てよ!お兄ちゃん

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

プロローグ:「二次元の嫁と妹の共存は可能ですか?」

「――キモい。この二次元美少女たち、全部、捨てていいよね?」




 その第一声が、兄妹の再会を切り裂いた。




 茨城県つくば市の片隅にある、築十数年のワンルームアパート。玄関のドアが開いた瞬間、妹・碧純かすみの顔に浮かんだのは、驚愕と侮蔑と若干の恐怖を混ぜたような複雑な表情だった。




 壁一面に貼られたポスター。胸元を強調し、ウィンクする制服美少女たち。部屋の四隅にはアクリルケースに詰め込まれたフィギュアがぎっしり。ベッドには、堂々と存在感を放つ抱き枕――胸部が不自然にふくらんだ、それも三体。そして床に無造作に置かれた段ボールには、"成年向け"と微妙なフォントで書かれた同人誌。




「ここ、ホントに私が住むとこ……?」




 荷物を抱えたまま、碧純は立ち尽くす。彼女の後ろで、引っ越し業者のスタッフが苦笑いを浮かべていた。無言のまま段ボールを下ろし、そそくさと退出していく。




「え、ちょ、お前……! 午後に来るって言ってただろ!? 早すぎない!? 心の準備が――」




「準備って何? どうせ部屋掃除すらしてなかったでしょ!? てか、これ、人が住む空間じゃないよね!?ねえ!?」




 基氏もとうじは慌ててフィギュアを抱きかかえながら後退りする。動揺でスリッパが脱げ、すねを机の脚に打ちつけた。




「痛ぇえええッ! くっそ……これだからリアルは嫌なんだよ……!」




「はあああああ!? 何その名言!? 逃げるな現実から!!」




「うるせぇ! 二次元のほうが癒されるんだよ! 優しいし、裏切らないし!」




「癒される? この空間、正直ホラーだよ!? 精神的ダメージの暴力だよ!?」




 妹は肩を怒らせ、部屋の中心へと歩み寄る。その足取りは重戦車のごとく重々しい。彼女の視線が、ポスター、フィギュア、同人誌、そして抱き枕に次々と突き刺さるたび、基氏は防戦一方だった。




「これは資料なんだよ……」




「どこをどう見たら資料なの!? このクッション! おっぱいついてんじゃん! 触感リアルすぎて引いたわ!」




「こ、これは桜花ルリ様の抱き枕! 限定生産五十体のうちの一つなんだぞ!? その価値、わかるか!? お前にはわからんだろ!!」




「わかりたくもないよ!!!」




 妹の叫びがアパート中に響き渡る。




 基氏は21歳。大学中退後、何の因果かライトノベル作家としてデビューし、なんとか食いつないでいる。代表作『恋する戦国†モエ絵巻!』は、昨年売上五万部を突破し、一部のマニア層から熱狂的な支持を受けていた。ただしその作風は――「ハーレム・パンチラ・爆乳三拍子」が基本構成という、実妹には絶対に読ませたくない内容だ。




 対する妹・碧純は、県立中学を卒業したばかりの十五歳。中学では生徒会副会長を務めるしっかり者で、夢は建築士。その真面目な性格ゆえ、兄の「堕落」とも言えるオタク趣味を前に、精神的にショートしかけていた。




「で、どういうことなの? 大学は? 就職は? 家には“東京の大学行った”って言ってたよね? これ、全部嘘だったの?」




 怒りと悲しみと呆れが交差した碧純の声は、妙に低く、そして震えていた。




 兄は、無言で棚から一冊の文庫を取り出した。


 表紙には、桜舞い散る中、剣を持った美少女たちが描かれている。タイトルは――『恋する戦国†モエ絵巻!』




「俺、これで……食ってる」




「…………は?」




「もう五作出してる。来月には第六巻。トロフィーもあるし、編集部からも評価されてる」




 本当にそうだった。棚の横に、ライトノベル大賞の新人賞トロフィーが飾られている。栄誉の証。その隣には、ずらりと並ぶ自著の既刊たち。




「こんなパンツ丸出しの美少女たちで……?」




「パンツだけじゃない! 胸と、太ももと、ついでに心も書いてる!」




「うるさいよ!!」




 碧純はとうとう怒鳴った。震える声で叫びながら、涙をこらえた。




「お兄ちゃん、何で……何でこんな風になっちゃったの……? 昔は、もっと……まともだったのに……!」




 その言葉に、基氏の表情が少しだけ曇る。




「……高校のとき、いろいろあったんだよ」




 静かに、彼は話し始めた。




 孤独だった大学生活。自分の居場所を探して、偶然読んだ一本のラノベに救われたこと。何かを作りたいと思ったこと。そして、書き続けて、ようやく認められたこと。




「俺にとって、この子たちは……希望なんだ。夢なんだよ。現実はつらいけど、二次元には優しさがあった」




 碧純は、しばらく無言だった。やがて、荷物を持ち直し、ポツリとつぶやく。




「とりあえず、私のスペース……作ってよね」




 基氏は、その言葉に安堵の息を吐いた。まだ怒っているのは明白だが、少なくとも出ていけとは言われなかった。




「ベッドの下、空いてる。段ボールどければ、クローゼットも半分使っていい」




「私、女の子だよ? 着替えとかもあるんだけど?」




「う……そ、それは……カーテンで仕切るか?」




「もっとちゃんと考えて!!」




 こうして始まった、兄妹の奇妙な同居生活。




 だが、これはまだほんの序章に過ぎない。次の日、碧純が通うことになる高校の制服姿を見た基氏は、あろうことかこうつぶやいた――




「その制服、やばいな……ヒロインみたいだ……」




 そして、新たな悲鳴が部屋にこだました。




「通報するからね、マジで!!!」




 ――その夜。




 アパートの電気は、深夜になっても灯り続けていた。




 基氏はパソコンの前で黙々とキーボードを打ち続けていた。隣のベッドでは、すでに寝息を立てて眠る碧純。




「……ったく。あんなに文句言ってたくせに、寝るの早ぇな」




 苦笑しつつ、彼は画面に視線を戻す。




 ラノベの最新原稿。ヒロインの台詞がどうしても決まらず、何度も書き直していた。




(……言えないよな。妹の一言が、ヒントになったなんて)




 まるで実生活がネタ帳のようだ。兄妹のドタバタ同居生活が、今日もまた、新たな物語を生み出していく――。




 そのすぐ横で眠る碧純は、寝る前にしっかり水分補給をし、スマホの目覚ましを三重にセットしたうえで、ハンドクリームを塗ってからベッドに入る――という、自分ルールを律儀に守っていた。




「電源コードを足で引っかけると危ないから」と言って、寝る前には兄の配線を勝手に整え、「お風呂出たらすぐ髪乾かさないと風邪引くでしょ!」と、兄の生活改善にも手を出す。




 翌朝6時には、自分で起きて弁当の中身を確認し、もし兄がコンビニ飯で済ませようものなら、「栄養バランスゼロじゃん」と真顔で説教する。




 ただ、こう見えてお化けと虫が苦手で、夜のトイレには決して一人で行かない――という、ちょっとだけ可愛い弱点もあるのだった。


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