第4話 甦る記憶(side:あかり)
私と和樹は二人並んで幼稚園へと向かって歩く。傍から見れば夫婦に見られるのかな?そんな妄想を頭をを横に振って追いやろうとしていたら、和樹から怪訝な目で見られた。
「あかり、大丈夫か…?」
『う、ううん!何でもないから、気にしないで!』
「ならいいけど…そういや幼稚園に新しい男の先生が入ったらしいな」
『えっ、そうなんだ?』
和樹が振ってきた話題に、この時は少し興味を抱いた程度だった。
「確か『まやませんせーがねー?』ってあずみが言ってた気がする」
『まやま…真山?』
聞き覚えのある苗字を耳にし、私が高校時代にお付き合いした先輩の事が頭を過ぎる。偶々かな?と思いながら歩いている内に幼稚園の前に辿り着く。
ふと幼稚園の入り口を見渡すと【まやま幼稚園】と書かれている–––。
(そっか…やっぱりここって先輩の)
「そろそろあずみも出て来る頃だし、行こう」
少しだけ物思いに耽っていたところを、和樹に促されて園内へと入って行く。ちょうど玄関から園児たちがわらわらと出てきていて、その中にあずみちゃんの姿もあった。
これから帰宅する子供達の面倒を見ている先生方の中に、見覚えのある先生が居た。やっぱり…あれは先輩で間違いない。
だけど今更何か話す事があるだろうか–––先輩にしても私の顔なんか見たくないんじゃないだろうか?
『おとうさん!あかりママー!』
駆け寄ってきたあずみちゃんを和樹が抱き上げる。お迎え者の変更についてはまなみが事前に連絡してくれているから問題は無い。
幼稚園を後にするタイミングで先輩と目が合った。向こうも私だと気付いたらしく、驚いた表情をしている。
私は軽く会釈をし、そのまま立ち去ろうとしたのだけれど…なぜか和樹が呼び止めた。
「なぁ、あかり。あの先生って、あかりが知ってる人じゃないのか?話したりしなくても大丈夫なのか?」
和樹も先輩だって気付いてる?いや、私の知る限りだと面識はなさそうだけど–––でも私が双方と関わらなくなってから、どこかで接点があったのかもしれない。
『大丈夫だよ。知っている人だけど、特に今更話す事も無いし…さ、帰ろ?あずみちゃん、今日は何して遊ぼっか?』
『おえかきー!』
私自身、先輩に対して悪い印象は全くないけれど私が先輩にしてしまった事を考えると恨まれていても仕方ない。
私から謝るのが筋なのは分かっているものの、これ以上和樹達との関係に波風を立てたくないのもあって私から歩み寄ろうとはしなかった。
そして和樹はというと…私の反応が思ったものと違っていたのか、しきりに首を傾げていた–––。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからあずみちゃんのお迎えに行く度に先輩とも顔を合わせる事になったが、お互い会釈をする程度。
そして先輩に対しても妙な既視感–––いや、この場合は違和感と言うべきだろうか?大人になってから先輩と学生時代よりも親しくなっていたような錯覚を覚えた。
本当に何がなんだかよく分からない。でもそれでいて何か大事な事を思い出せないような…そんな感覚。もっと印象的な出来事があればこの奇妙な感覚が何なのか、ハッキリと思い出したりするんだろうか–––?
その機会は案外早く訪れた。その前に一度あずみちゃんを私がお迎えに行った時、先輩の姿が見当たらないという事があった。その時もあの既視感に襲われたものの、あまり気にせずに帰宅した。
その更に翌週。いつもと同じようにあずみちゃんを連れて、幼稚園から実家までの道を歩く。家の近くまできた時、路地裏で大きな声を出している女性が居た。女性の目の前で罵倒を受けているのは…先輩⁈
『悟…!あんたのせいで私は彼氏にも捨てられて、両親からも縁を切られて…!あんただけは許せない!』
–––目の前の光景が衝撃的なものの筈なのに、今までよりも更に強い既視感に襲われていた。
(あれ…?先輩に食ってかかっているのは、浮気した元奥さんで…確かこの後ナイフを–––)
なんで私にそんな事が分かるんだろう。しかし直後にあずみちゃんが発した一言で、ようやく私は全てを理解した。いや–––思い出したと言うべきか。
『ねー、ママ?パパをたすけにいかないのー?』
恐らく彼女の深層から無意識に発された一言。その証拠に『なんだかよくわからないことをいっちゃったのー』と首を傾げながら呟いていた事からも分かる。
そして私の頭の中には、本来辿る筈だったもう一つの世界線の記憶が甦る。
(そうだ…和樹とまなみ、そしてお父さんと和樹のご両親が事故で亡くなって。あずみを引き取ってお母さんと育てて、先輩…悟さんと私は一緒になった。
でも今は–––この世界では和樹が生きている。二度と伝える事ができなかった私の秘めた想い…。記憶が甦ってしまった事で、その想いまで引き継いでしまった)
でも今は先輩の事が先だ。私は携帯から110番し辺りに聞こえる声で『もしもし!警察ですか⁈』と話す。突然の事に女性は驚いたようで、本来出していた筈のナイフを出す事もなく慌てて逃げて行った。
今回私と先輩は再会してからも会話すらしていないので、いきなり危ない場面で助けに入るのも不自然だった。咄嗟の機転が上手く働いて良かった。
でも私は先輩に話しかける事なく、あずみちゃんを連れてその場からそそくさと離れる事にした。
今の私は、溢れ出てしまった和樹への気持ちをどうしたら良いのか…考える時間が欲しかったから–––。
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[あとがき]
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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