二
ここから本題だ。
一年ほどして職場にも慣れてきたある夏の日のことだった。お盆のこの時期は、地方都市に家族連れが押し寄せてくる。タクシーも大忙しで、昼は家族連れ、夜は酔客を忙しなく運送していた。
その日は迎え盆と言うこともあり、久しぶりの親戚との再会に盛り上がった大人たちが夜の繁華街を賑わしていた。無線連絡があり、繁華街から少し奥に入った小料理屋に送迎に向かうと、小料理屋の暖簾の前で女将と思しき女性と身なりの良いおじさんが、べろべろに酔った禿げオヤジの相手をしていた。
頭まで真っ赤になった禿げオヤジはよほど上機嫌らしく、女将としきりに握手したり、お礼を言ったりしていた。身なりの良いおじさんは、お待たせしてすみませんね、と申し訳なさそうにしていたが、俺は苦笑するしかなかった。第一、禿げオヤジに手を貸すそのおじさんも結構ろれつが怪しくて、果たして目的地につけるか不安になってきた。
女将さんが、△△旅館の近くなんだけどわかるかしら、と尋ねてきた。山奥の秘湯的な温泉で、二人はどうやら旅館の関係者らしい。
そこまで宿泊客を送迎したこともあるしナビもあるので、大丈夫ですと答えると、近くまで行けばあとは〇〇さんが道が分かるらしいから、と言われた。〇〇さんは身なりの良いおじさんのことらしい。女将の優しい見送りに、名残惜しそうに禿げオヤジが手を振るのをなだめながら、俺はゆっくりとタクシーを発進させた。
繁華街を出ると、国道に沿って郊外にむかう。田園風景が広がってきたあたりで曲がって観光道路にはいると、徐々に山道に入っていく。鬱蒼と木々がしげる山道を抜けると山間部に密集した集落があり、その先を更に奥に行くと、例の温泉地だ。
しばらく車内は騒がしい会話が飛び交っていた。運転しながら内容を聞いていると、〇〇さんと呼ばれたおじさんが海外の移住先からの何年ぶりかの帰郷ということのようだった。古い友人との再会でニ次会三次会と進むうちに、それほど酒に強くない禿げオヤジがベロベロになってしまったらしい。
それはそれでほほえましかったのだが、山道を抜けて集落についたところで問題が発生した。
道を知っているはずの〇〇さんだったが、久しぶりの帰郷ということもあり、道が昔と変わってしまっていたらしい。街灯の少ない田舎道のうえ、禿げオヤジは酔っていて頼りにならない。〇〇さんもいい加減酔っているせいで、ここを行ってくれ、いや違うな、あ、さっきのを逆か、みたいなやり取りを繰り返す羽目になり、ずいぶん長いこと、山村の道を行ったり来たりしていた。
何とか目的の家の前までたどり着いた時には、時計は深夜二時に差し掛かるところだった。〇〇さんと爺さんを抱えて車から降ろしていると、家の中から爺さんの家族が申し訳なさそうな顔をして出てきて後を引き受けてくれた。
迷っていた時間が長かったせいでタクシー代は大分伸していた。懐は温かくなったが、こんな田舎では客は拾えない。終業時間まではまだ時間があるし、町場に戻ってから仮眠を取ろうと、車を走らせた。
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