野良猫の母子との出会いから始まる物語は、筆者が抱えてきた “後悔” の積み重ねを静かに描き、そっと胸に触れてきます 🐾💧
弱い子猫たちを育て、別れを経験し、それでも向き合おうとする姿は、淡々とした語り口の中に確かな温度を宿しています 🌙
クリムが旅立つ場面では、筆者の思いが丁寧に綴られ、家族として愛した存在を見送るときの揺れが静かに伝わってきます 💔
「出会わなければよかったのかもしれない」という迷いと、「一度も後悔しなかったことを後悔している」という言葉が重なることで、愛の形がゆっくりと浮かび上がります ✨
最後に添えられた作者の追記は、同じように大切な存在を見送った人へ向けた、穏やかな手紙のようで、読後にやさしい余韻を残します 🌼
大切な家族を見送った経験のある人に、静かに寄り添ってくれる一篇でした 🌈
栗パンさんの作品は暖かさを非常に感じます。
ぬくもりの温度感。
これはきっと私たち人の永遠のテーマなのだと思います。
私も似た思いをし、遠ざかることを決めました。
記さないと辛すぎて大変な出来事を文章に認める人がいる、と聞いたことがあります
あまりに近しい、あまりに悲しい体験で文字にし客観して少しでも距離を取らないと壊れてしまうのだとか。
理屈より大切なのは、
栗パンさんがこちらを書いてくださったこと。
誰かの目に触れて交流できたこと。
今も小説を書いていること。
私の作品にコメントを残してくださり、こちらの作品を読めたこと。
一つ一つが尊いのだと思います。
彼女と彼女の大切な可愛い存在を綴ったこちらが大好きです。
ありがとう。
読み終えたあと、しばらく言葉が出ませんでした。
この作品に描かれているのは、ただの別れではありません。
小さな命と出会い、必死に守り、名前を呼び、家族として一緒に生きてきた時間そのものです。
「野良猫なんかじゃない。家族だった」
その想いが、文章の一行一行から痛いほど伝わってきました。
救えた命があり、救えなかった命がある。
してあげたことも、してあげられなかったことも、すべてが後悔のように胸へ残ってしまう。けれど、その後悔の奥にあるのは、間違いなく深い愛情なのだと思います。
栗パン様の文章は、悲しみをきれいに整えすぎません。泣き叫ぶような気持ちも、納得できない怒りも、最後までそばにいたいという願いも、そのまま読者の胸に届けてくれます。だからこそ、読む側も自分の大切だった存在を思い出し、静かに涙してしまうのだと思います。
出会わなければ、こんなに苦しまなかったかもしれない。
でも、出会ったことだけは、どうしても後悔できない。
その矛盾こそが、誰かを本気で愛した証なのだと感じました。
大切な存在を見送ったことのある方に、そっと届いてほしい作品です。