【Part7:君にこの歌が届きますように】-3
◇
銀色の装甲車両ガルガリンはオメガフロートの主要道路をひた走る。
時々行く手を阻むように結晶兵が生えてきたが、特効武装である
「俺たちの勝利条件は
「ワールドイズマインの氷を操る能力と戦うなら──拓けた場所に移動すべき。この
そちらへ向かってハンドルを切り、当然動いていない料金ゲートを潜り抜けて突入する。
「
昔からそうなんだよな。煽られた場合は圧勝を見せつけるまで加速する。とにかく勝ち逃げを許さない」
なので向こうが追いついてくる前に、都合のいいバトルステージへ誘い込む。それが彼らの作戦だった。
その点で高速道路は適している。視界は開けていて障害物が無く、歩けなくとも車で移動するから関係がない。環状線なので行き止まりもないから追い詰められる心配も低い。
一面凍結された光景がぎゅいんぎゅいんと流れていくのは、まるで氷河期のタイムマシンに乗ってるかのような錯覚がする。
けれどもこの戦いは時間旅行で過去に行くためのそれではなく、未来へ進むための通過儀礼。
「……追いついて来るかな」
呟く。
再戦が始まるとするなら追いついて来たところからだろう。
作戦のようなものは準備している。作戦と呼ぶには気合と根性任せのものだがある。
なので必要なのは度胸とタイミング。緊張で心臓の音がやかましい。
「……ん?」
やかましさに心臓の音以外の異音を感じ、疑問符を一つ投げかける。
開けた窓から身を乗り出して、下の道路を覗き込んだ。
「…………!! 道路が!! 路上の氷が溶けているッ!!!」
氷を操る能力ということは、当然それを溶かすことも可能だという単純連想。
聞こえた異音の正体は水溜りを踏み荒らす時の水跳ね音だ。
そして凍結路面用のタイヤは濡れた地面をグリップするように出来ていない。
タイヤはそこに刻まれた溝で排水を行うことで濡れた地面でも道路に直接接触し走行するような仕組みになっているが、凍結路面用のタイヤは排水よりも雪を捉えて引っ掻くことを意識した構造になっている。
タイヤの排水が間に合わなくなるとどうなるか。路面とタイヤの間に水の膜が発生し、実質車が浮き上がる。
現象名をハイドロプレーニング。
路面との摩擦が消滅するということは即ち、
「ハンドルが──効かない──!」
前方には強めのカーブが待ち構えている。
このままスリップを続けていけば衝突大事故間違いなし。
ブレーキをかけようにも車が地面に接してないのだ。車輪の回転を止めたところで滑っていくのは変わらない。
絶体絶命大ピンチ。
クラッシュを目前に控えた状態で、
「
「
常識的にありえないその選択を、
銀剣形態に変化させた
その一方で
代わりに落下の勢いで、手にしたギターを水溜りに思い切り叩きつけ、
「痺れろ全部!!!!」
振動が高速道路に響き渡り、そして一瞬遅れてギターを中心に雷撃が走った。
エレクトリック・ギターなんだから雷電だって操れると、それは無体な連想ゲーム。
しかしてここは夢の中の幻奏劇場で、手にした楽器も現実を改変する
よってイメージは本物に。いいやある意味本物以上に。
奔った雷撃は高速道路の水溜まりを全て一度に蒸発させて、そして華麗に大爆発。
爆風に乗って上空に打ち上げられた
「キャッチ頼んだ!」
「
装甲車両が再展開される。
宙返りをした
そして車は再加速発進。
再び流れていく光景の中、道路の遥か遠くの方に黒い点が見えた。
それはどんどん大きくなっていく。近づいてくる。
乾いた路上を再び氷で侵食しながら軽快に滑ってやってくる。
「……来たな」
爆速で接近してくる氷塊蜘蛛。
その上に座る少女が叫ぶ。
「さあ、兎狩りの時間よ
ワールドイズマインの触腕の一つがぴきぴきぱきぱきと凍結音を鳴らして変形する。
氷上走行用のスラッシュブレードからこちらを捕らえるためのペンチにも似た形状のロングアームに換装される。
「それじゃあ、予定通りに行くとするか」
幼馴染の方へ向き直る。
手にしたギターを構え直す。
覚悟だけはとっくに決まっていたからそこの準備は必要ない。
「──任せたよ」
「来いよ
ワールドイズマインの腕が動く。
こっちへ来いと招く腕に、思い切りノーを告げるかのように──
ギターを全力でフルスイング。
◇
砕けていくワールドイズマインの腕を見つめながら、
こちらにあるのはこの世界全てに張り巡らされた氷と
向こうにあるのはそもそも武器ではないギターがただ一本。
当たり前に考えるなら戦力差なんて言葉じゃ足りない。
けれど向こうのギターは最強兵器だ。全てをぶっ飛ばしてやるという心意気の塊。
だから
「だったら、」
そう、だったら私も全力だ。
折れてた時間が長すぎたから勝負の感覚なんて忘れてて、勝ちたいと胸が焼けるのは久々だ。
出会ったばかりの
高揚する心の不快感が高くて心地よい。
「私の思う全力全開本気の全て、あなたのことが欲しい気持ちを、全身全霊フルブーストで、なりふり構わず見せてあげるッ!!!」
◇
それだけに留まらず、搭乗していた
「分身体!? ……いや、ってことはまさか!?」
想像した光景は一瞬後に現実になった。
同形同型の
それらの全てが一斉に、ひた走る
そして直後に全弾発射。
立ち並ぶビルの窓は全てが氷弾を放つ銃口と化す。
樹氷と化した街路樹は鋭く尖ってこちらを狙う槍となる。
ブリザードと呼ばれる天候が車一つ分を集中して狙い撃つ。
先程に路面の氷を消しとばしていなければ、走る地面すらも今頃存在しなかったに違いない。
驚くべきことは、それら全ての制御を
大中小とバリエーション溢れる氷の弾が文字通りに雨に霰と降り注ぐ悪夢のようなヘイルストーム。
ほんの少しの視界すらも確保できない漂白された世界の中を、装甲車両ガルガリンが突き進む。
ギコンギコンバキンバキンビビビガシガシと鳴り響く衝突音は滑稽に恐怖を煽る不協和音。
吹き荒れる破壊力の音の中、違う音色が混ざっていた。
アップテンポでかき鳴らす、やかましくも楽しげなミュージック。
「こんな嵐をぶつけた程度で、俺の歌を止められるとか思ってるんじゃないだろうな
叫ぶ。
ギターの音色は幼馴染に負けてたまるか届いて響けと、意地の籠ったソウルクライ。
心の力だけなら互角だ。架空の氷弾の怒涛なんて、一切合切相殺してやる。
指先の寒さも腕の震えも、心の熱さと心臓の鼓動の前にはなんの障害にもなりやしない。
吹雪と加速でめちゃくちゃになった視界の中で、
あいつが俺を見ていないわけがない。絶対に、どこか視線が通るその先にいる。
自動で開いた
遥かに離れた
王城のように変化した建物の、開いたテラスのその中の、玉座のような
「──ケイガ! こっちを見て!!」
装甲車両ガルガリンが突き進む、その前方の遥か先。
オメガフロートの向こう側に広がる海と空、そこに広がる光景が、氷の壁に変わっていて──
◇
「私のロジックは氷を操る。私のロジックはこの世界そのものを支配する。
海上都市鉉樹島オメガフロート。氷になるべき海水は、私の手足になる水分は、水平線のその先までも、果てしなく無限に広がっている!!」
天才少女は全能感に恍惚とした叫びを上げる。
自分に出来ないことはないなんて、そもそも当たり前のことだった。
心が折れていたせいですっかり忘れ去っていたけれど、自分の持ちうる才能は世界の果てまで跪かせて当然だった。
だからそのことを思い出したなら、この世の全ては瞬きのうちに手のひらの上に帰ってくる。
「けれどそんな広い世界なんていらないの。
私が欲しいのは
世界なんて私の膝の上にだけあればいいッ!!
それ以外の外側なんて、全部捲って壊して折りたたんで、腕の中だけに収めてあげるッ!!!」
それは氷の大海嘯。
凍結した大海が津波の如く捲れ上がり、ただ一点に収束しようと襲来する。
がりがりごごごごぎががががががががと終末の喇叭のような音を響かせて、周囲三百六十度が開花を逆回しにするように閉じていく。
世界の全てがたった一点、少女のいる場所に向かってブラックホールのように落ちていく。
「あはははははははははは、はははははははははははは──!!!
さあ、私の手の中に帰ってきてよね
◇
「どうするケイガ!?」
自分たちが進む眼前の道路がべきべきばりばりみしみしがきぃと空に向かってひっくり返っていくのを目にしながら、
いや、選択なんてものはとっくの昔に終わっている。
目的地なんてものは最初から一切ブレていない。
幼馴染の少女の心に届く為、最高に無茶な経路を選ぶだけだ。
「このまま真っ直ぐ! 反り返った道ならちょうどいい!
最高速度で突っ込んで、前代未聞の最強宙返りを見せてやろうぜ!!」
「了──解!!」
作戦なんてとても呼べない無茶苦茶暴挙に、
アクセルは一瞬で加速を決めた。衝撃が全身を突き抜けて心臓の鼓動が更に早まる。
地上は瞬きのうちに遠くなった。
九十度どころかそれ以上の角度に折れ傾いた世界の壁を走行車両は宇宙ロケットのように円弧を描いて登っていく。
海抜高度はセントラルタワーの777メートルを更に越えていく。
閉ざされていく巨大人工島が、今はとっても小さく見える。
こんな小さい世界なんて、
そんな狭苦しい箱庭の中で、少女が閉ざした心の中で、
遠くて見えないはずなんて常識的な考えは一切合切関係なくて、
二人の視線が交差した。
装甲車両が氷の波の終端に着く。
勢いのまま支えるものない空へと飛び出す。
後一秒もしないうちに、少女のいるセントラルタワーの真上へと辿り着く。
「……行ってくる」
開いた通信用の
これからやるのは乾坤一擲、冗談のような大博打。
心臓の鼓動がやかましく、高ぶる理由も恐怖か緊張か解らない。
『きみがそれを正解と思うなら──頑張って』
そうやって背中を押してもらうことこそが、ああ俺が欲しかったものだったんだなと自覚して。
俺が今からやることは何かを成せるものだろうと、そんな自信を握りしめる。
先程よりも力を込めて、強く、強く、ひたすら強く、ギターの弦をかき鳴らす。
この響きが街の果てまで世界の果てまであいつの心にまで響けと、そう願い。
音の力が吹雪をかき消して生まれた一瞬の空白領域の中、
「………、」
凍結された世界の中で、軽く一歩を踏み出した。
演奏によるロジックキャンセルを伴わないその行為は、瞬間的に世界によって否定される。
少年が有していた全ての運動ベクトルがゼロになるようキャンセルされる。
「………!?」
点のようにしか見えないはずの
前後の行動をストップさせられた
こちらを狙い撃てるはずの銃口たちも動かない。
こちらを見上げ眺める少女自身が呆気に取られて停止している。
作戦と呼ぶにも無謀すぎるスーサイドアタック。
だけれども、そのぐらいしなきゃ意味がない。幼馴染のハートの奥まで響かない。
何故ならこの戦いは互いの意地の張り合いだから。
相手を力でねじ伏せるより、こんなバカには勝てないと思わせた方が最終勝者だ。
けれど。
(後少し、角度が、足りない……!)
狙っていたのはの
けれど閉ざされた視界で見誤っていたのか、このままだと着地出来ずに塔の淵を掠めて転落する。
たった一度だけの奇策だから、向こうが正気に戻ってしまったらおしまいだ。
地面に落ちれば立て直すような時間を得られず氷晶蜘蛛に捕まり負ける。
《【遠隔発動】攻性コード:アクセラレイト065【
《・──対象に運動ベクトルを付与します──・》
突如視界の片隅で
作戦を話していた時に
すれ違いルートに入っていた
外部から強引に角度が調整され、なんとか着地ルートへと修正される。
(…………!?)
が、加速の勢いはそれだけでは収まらなかった。
玉座に足をつけるだけでは止まらずに、
そのまま計算された角度で二人の体と体が重ね合わさる。
具体的な部位名を言えば、唇と、唇。
けどロマンスなんてものはどこにもなかった。
困惑と衝撃と勢いのままに二人は
屋上の床に落下した車椅子ががしゃんと大きな音を立てる。
時間が止まったかのようなショックの中、唇に感じる柔らかさだけが生々しかった。
そこを割り開くようにして口の中に侵入してきた舌は更にもっと。
求めるように貪られ、呼吸が苦しくなってきたところで、やっとそこから解放される。
「……ぷは、何しやがるこのバカ!」
「バカは
「さっきまでめちゃくちゃガンガン体とか命とか自由尊厳とか奪おうとしてきた奴のセリフかそれ? お前が盛大なバカしようとしてこなければ俺だってこんな無茶したりしねーよ!!」
「私はいいのよ、
「あーあーご親切にお礼をありがとうございますって言うか想定が怖ぇーんだよそんなことは積極的に捥ぎにくる側の言うことじゃねえよ!」
お互いに文句を言い合いはしゃぎ合う。
その光景はとてもじゃないが戦い合ってる真っ最中のものとは思えなくて。
思わず軽く笑みが出る。
清々しいまでのそれに乗せて、
「あーもうでも本当にバカだよお前。みんな歩けない世界を作ってしまえば自分が最強になれるとか、何言ってるんだっての。
他人を引き摺り下ろして勝つだなんて、そんなことで、勝った気になれるお前じゃないだろう。そんなことしなくたって、強いんだから」
◇
それを聞いて、
憐れまれたかったわけでもなく、助けられたかったわけでもなく。
「お前はまだ出来るんだ」と、そう背中を押して欲しかった。
「ねえ、
「……ああ」
「ねえ、
「…………ああ」
「ねえ、
「………………どさくさに紛れて何聞いてんだよ!?」
冗談交じりの問いかけは、きちんと否定してくれた。
それが適当な相槌を言っている訳ではないと信じられて。
「……よしっ」
なんだか凄くすっきりした。胸の中にわだかまっていた氷が溶けた。
顔を上げる。前を見る。
見つめる先、
自分の写し身である氷の蜘蛛は、無言のままに問いかけてきた。
──この世界から逃げるのかと。
──希望を得たようなつもりになっただけで、世界を飲み込むのをやめるのかと。
「……逃げるんじゃ無いわ。帰るのよ。
希望を得たようなつもりじゃないわ。手にしたのよ」
だから
あんなものに頼らなくたって私は世界と戦える。
そしてこちらに手を伸ばしてくる。お前も一緒に立ってくれと無言のままに視線で示す。
「……エスコートをありがとう、ナイト様」
手を掴む。引き上げてくれるその手は力強くて嬉しくて。
向き直った先、
自分を捨てることなんて許さないとばかりに、肢を振り上げてそこについた刃を振りかざして、外に出ようとする思いを刈り取ろうと脅している。
「あいつをぶっ倒すため、俺の背中を押して欲しい」
「ええ」
どんな覚悟を持とうとも、どんな英雄であろうとも、一人で先へは進めない。
けれど。
背中を押してくれる誰かがいれば、進むことは出来るのだ。
「壊しちゃって、
勝利の叫びが世界の果てまで届くほど、盛大に盛大に響くように!」
停滞を続けようとする
どちらが強いかは言うまでもなく。
ダイヤモンドダストが散るように、呪いの塊が砕けていく。
きらきらと光る残骸は
街を覆っていた氷たちが剥がれ落ちて、日光を受けて落ちていく。
氷河期の世界が夏の日差しに溶けていく。
「帰ろうか、俺たちの家に」
「──ええ」
これで夢の時間はもうおしまい。
そして自分の耳だけに、囁かれた小さい声が。
「(キス──よかったね)」
その一言で
(ひょっとして……この子別に
つまりは完全勘違い。過去最大の羞恥心がどかんと一発ぶちかまされて。
先程まで凍結世界を作っていたとは思えないぐらいに顔が熱い。恥ずかしい。
(……いいえ、落ち着きなさい
だとすればやれることはまだまだ沢山ある。急がず焦らず一個一個やっていけば勝利がその先にあるのなら、努力と積み重ねは私にとっても得意技だ。
呪いを広める形ではなく、願いを積み重ねる形を持って、現実を夢にしていこう。
「
「なんだよ」
「帰ったら、あなたの手料理が食べたいわ。あなたの好きなもの、自信を持って見せて欲しい」
「はいはい我儘なお姫さま、了解しましたよ」
ほら、たったこれだけで、明日のことが楽しみだ。
【NeXT】
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