【Part5:急造挑戦アドリブセッション/つまりはようこそ異能バトル】-3


                    ◇


 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイはモノレール駅舎の上にいた。

 鉉樹島つるぎじまオメガフロートの外周を巡るモノレールは海上都市の名物の一つで、街中をある程度見渡せる高さにある。


(──ケイガを見つけなくちゃ。一刻も早く)


 カメラアプリケーションを起動させながら、雨鈴ウレイは眼下の街に視線を向ける。

 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ喜嶋慧雅キジマ・ケイガ夕凪儚那ユウナギ・ハカナのカップリングを応援している。

 幻奏歌姫の少女の知識では、コイビトドーシとは相手の格好いい姿をなるべく沢山見たいらしい。

 そして今喜嶋慧雅キジマ・ケイガ騒狗ギニョル相手に立ち回っているのは儚那ハカナの為だ。

 コイビトドーシならきっとその頑張る姿を自分の目で見たかったはずに違いない。

 だから慧雅ケイガ騒狗ギニョルと戦っている姿は出来れば余さず録画して後で儚那ハカナに届けたい。

 彼の申し出を受け入れたのはそういう趣味ワケだ。

 自分の我欲も絡む以上、彼を傷つけさせる訳にはいかない。

 を、裏目の呪いにはさせたくない。


「────見つけた」


 隣の駅のロータリーからおよそ三百メートル。

 主要道に併設された歩道を走る慧雅ケイガと、それを追いかける騒狗ギニョルがいた。

 騒狗ギニョルの姿は先ほど倒したはずのものと確かに酷似。

 視覚映像を情報窓インフォメーションにインストールされている画像認識にかけてみても一致率は99%。

 常識的に考えるのであれば、同型個体の再出現。

 非常識的に考えるのであれば、空間転移による脱走復帰。

 この幻奏世界ではどちらもありうる可能性。

 そしてどちらにしたところで、行動は既に決まってる。


「この無意識の劇場から、世界に響け天使わたしの歌」


 心象兵器インストゥルメントの起動コードを口ずさみ、哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは笛剣を手に。

 そのまま地面へステップジャンプ飛び降りようとしたところで、


「──ッ!」


 視界の端に、異常事態を発見した。

 

                    ◇


 この抽象的な世界ではモノレールの車体の動きも不規則的だ。

 ずっと止まっていたかと思えば突然爆速で動き出したり、急に反転再加速したりする。

 まるで巨大な子供の手が気まぐれで動かしているかのような不可解挙動。

 それを遠目から眺めていて、喜嶋慧雅キジマ・ケイガはなんだかおかしな気持ちに少し笑み、


「うぉぉ!?」


《【発動】防性コード:プロテクション122【喜嶋慧雅キジマ・ケイガ→仮称メデューサ】》

《・──防護シールドエフェクトを展開します──・》


 逃走中であることを思い出し、我に返って防御行動。

 生成された光の壁がメデューサの触手をはじき返す。


「本体を直接見れないってのは厄介だな……! 中学時代に目隠し音ゲーの特訓してなきゃ厳しいぞコレ……!」


 雨鈴ウレイとの情報共有で確認している仮称メデューサの能力は三つ。

 一つ。槍のように伸ばしてくる触手の攻撃。

 これは防御用のコードでこうやって防ぎ続けることができる。

 二つ。復元型の再生不死。損傷しても即座に元どおりになる反則能力。

 攻撃用のコードで応戦することが出来ても、このせいで決定打が与えられない。

 三つ。視線を合わせた相手を麻痺させる魔眼。

 これは精神防壁プログラムで一瞬の硬直にまで減衰出来るが、その一瞬が命取り。

 なので、


「メデューサだって言うんなら神話通りの攻略法も通じるはずだ。

 鏡越しでの視認なら怪物の魔眼は意味がない」


 神話に曰く、英雄ペルセウスは鏡のように磨き抜かれた盾を使ってメデューサの視線から逃れたという。

 それを再現するかのように、慧雅ケイガの顔横には鏡状になった情報窓インフォメーションが浮遊している。


「鏡越しでも随分とまあグロテスクだなあ!」


 それでも相手の魔眼に囚われず、振り返る隙も与えず、まっしぐらに走りながら迎撃出来るのはアドバンテージだ。

 またまた飛んできた攻撃に合わせてプロテクションをもう一度。

 やれている。遭遇した時は神か何かのように思えていた相手でも攻撃を防ぐだけなら出来ている。

 あとはこのまま雨鈴ウレイが来るまで耐え続けていれば大丈夫。


 ──そんな甘すぎる未来予想図を、全力で粉砕するかのように。


「うぉぉぉぉぉおおああああ!?」


 すぐ横のビルが爆発を起こした。

 降り注ぐガラスの雨に対し、とっさに慧雅ケイガが取った行動は防御だった。

 かがみ込んで体勢を低くして、破片に対してはプロテクションを張って防御する。

 しかしそれは逃走劇の終幕だ。

 足を止めてしまったからには、敵はすぐさま追いつくだろう。


「GuoaaAaaaaaaaaaAAhaAAaaAa──!!」


 メデューサの吠え声が聞こえる。

 それも正面と背後からの二重音声。


(やっぱり、二体、居た──!)


 思う。

 しかし一体目はさっき雨鈴ウレイが倒したと言っていたはずで。

 ならばこいつは三体目? 無限ポップの雑魚キャラなのか?

 思考を回すにもヒントはなくて、解ることはただ一つ。

 均衡はここに崩壊し、こちらは現在命の危機。

 バッドエンドを眼前にして、


 《【発動】補助コード:エスケープ063【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ喜嶋慧雅キジマ・ケイガ】》

 《・──対象を指定座標へ追放します──・》


 上から降ってきた情報窓インフォメーションが、慧雅ケイガを安全圏へと移動させた。


                    ◇


「間に合った──ようだね」


 慧雅ケイガはしゃがみ込んだ姿勢のまま、雨鈴ウレイの声がする辺りに目を向けた。

 場所は待ち合わせの予定だった駅前ロータリーの一角。

 先ほどまでいた通りからはビルの陰になって見えない場所だ。

 普段は人で賑わうこの場所も、今は自分と雨鈴ウレイの二人しかいない。

 有彩色の少女の顔には心なしか焦りの色が浮かんでいて。


「一体目は──立体駐車場を爆破圧殺して倒したはずだったんだけど。

 瓦礫の中から這い出してきたから慌てて助けに行ったのだけど──間に合ってよかった」

「てことは最初から二体いた、か……」


 瞬間移動の能力までは考慮しなくていいらしい。

 そうだとしても不死身が二体。

 一体だけでも哀咲雨鈴アイザキ・ウレイで倒せなかった怪物が、倍の数になって襲ってくる。


「この世界は現実性が低いけれど──だからこそ再現性のある事象にはルールがある。

 あの騒狗ギニョルの不死身性には──きっとロジックがあるはずだけど」


 考える。

 慧雅ケイガたちはあれを特徴からメデューサと呼んだ。

 この世界がイマジナリの産物であるというのなら、あの騒狗ギニョルも原型の能力を反映しているに違いない。

 そう考えるのが順当だが、


「メデューサに不死身の逸話なんてあったっけ?」


 英雄ペルセウスが特殊な戦い方を強いられたという伝承も、あくまで魔眼の対処であって。

 メデューサ本体は首を落とせば死ぬタイプのクリーチャーとして語られていたはず。


「ギリシャ神話でもヒュドラとかなら不死身だったけど」

「そのタイプは昔倒したことあるね──火炎で再生阻止出来たから今回とは多分違う奴」


 しゅばしゅばしゅば、と笛剣を振り回しながら雨鈴ウレイは戦歴を披露する。

 そういえば夢の中で九頭竜を倒してたところをみた記憶があるような、と思い出し、何かが頭に引っかかった。

 九頭竜。頭がたくさんある竜。たくさんいる。


「……そもそもさ、メデューサって神話じゃ一体しかいないだろ? じゃあなんで今回は二体も存在してるんだ?」


 問いかける。これがクリティカルなポイントだと、直感が自身に告げていた。


「ゲームだと種族名として使われてることもあるけれど、メデューサって本来は個体名だったはず。

 女神アテナの怒りをかって怪物へ変化させられた麗しき女性。

 だから原典だと個人の名前。神話だと姉がいたらしい、けれ、ど………」


 神話の中身を口にしながら、慧雅ケイガの言葉が途切れていく。

 果たして何に気づいたのかは雨鈴ウレイも同時に解っていた。


「……そうか!!」


 慧雅ケイガの叫びに応じてか情報窓インフォメーションが展開される。

 記載されている内容は百科事典の一頁で、それが答えそのものだった。


《【検索結果】ゴルゴン》

《ギリシア神話に出てくる怪物。その名は「恐ろしいもの」を意味する。》

《ステンノー、エウリュアレー、メデューサの三人からなる姉妹であり、

 上の二人は不死であるが、末妹のメデューサだけは不死ではなく、ペルセウスによって退治されたという。》


「俺たちが戦っていたあいつらはメデューサではなく三体セットのゴルゴンで、」

「何故か不死身だった理由は──あれらがステンノーとエウリュアレーを模していたから」

「そして不死身でない奴……本体であるメデューサが、この劇場の何処かにいる!」


 方針確定。

 だとすれば次に考えるべきことは、その本体の居場所のヒント。

 何か手がかりになるようなものはないかと、慧雅ケイガは周囲を見回した。

 無人の駅前ロータリーには違和感を覚えるようなものなど特には無い。

 メデューサといえば石だから石像が一体増えてたりとかしないかなと冗談みたく考えたが、そもそもこの駅にはそんなランドマーク自体が無かった。バス停と花壇ぐらいのシンプルイズベスト。何かを探せと言われても、変なものなど見つからない。

 結局振り出しに戻ったのかとガックリと肩を落としたところで、


「──伏せて!」


 雨鈴ウレイの叫びに体が動く。

 直後、頭上を瓦礫が飛んだ。

 その発生源は近くのビル。巨大な風穴が空いていて、その中心に二体の騒狗ギニョルが立っていた。


「待っ……追いついてくるのが早すぎないか!?」

「おかしい──熱源視野を使うにしてもビル貫通は流石に異常。なんでここをピンポイントで──」


 雨鈴ウレイは疑問を軽く呟きながら、しかし切り替えは早かった。

 地面を蹴りとばし高速突撃、わずか三歩で距離を詰めてゴルゴンの片方を横薙ぎに一閃分割。

 復元する前に上半身を蹴り飛ばして時間を稼ぎつつ、その反動でもう一体に向き直る。

 一連の動きは戦闘慣れした人外めいたダンスマカブル。

 戦う相手が二体になっても防戦だけなら余裕でこなすグレイトエンジェル。

 騒狗ギニョルが放つ攻撃の連打と雨鈴ウレイの笛剣が激突する。

 喜嶋慧雅キジマ・ケイガは目にも留まらぬ速度と言うものを今この瞬間初めて知った。

 黒の雨霰に対抗するように走る銀閃。

 激突音がまるで音楽のように連鎖する。

 その姿に見惚れそうになるが──


「やっぱり……全然効いてない……!!」


 二体の騒狗ギニョルはイモータル。

 斬撃も蹴撃も即座に復元し何のダメージも蓄積しない。


(一刻も早く、本体の居場所を見つけないと……!)


 ヒントがどこかにあるはずだ。

 違和感がないか、疑問がないか、擬似生物の野生の知能は一体何を考える?

 分身を従える本体が果たしてどこに陣取っているか、喜嶋慧雅キジマ・ケイガは考えて、


「──あそこだ!」


 走り出す。

 自分自身に出来ることを、今こそ正しく為すために。

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