【Part5:急造挑戦アドリブセッション/つまりはようこそ異能バトル】-2


                    ◇


 突然だが、思考実験の話をしよう。

 物理法則に従えば、あらゆるものはなるようになる。

 熱した氷は溶け落ちる。放置した鉄は風化する。熟れたリンゴは地に落ちる。

 それは単なる自然の摂理で定められた方程式の結果に過ぎない。

 因が生まれた時点で決定された果の具現。

 それを極限まで拡大すれば、こうとは考えられないだろうか?

 天地開闢の始まりのビッグバンのその一つのパラメータでこの世の全ては決まっている。

 過去も未来も現在も、変えられない運命でしかないのではと。

 しかし現実はそうはなっていない。必ずどこかに揺らぎがカオスが存在し不確定性が残っている。

 神が投げる賽子の目から今日の夕飯のメニューまで、世界には気まぐれが差し挟まる余地がある。

 その気まぐれを許す根源はなんなのか、科学者たちはこう答えた。


 曰く。人間の自由意志には、現実を改変する能力がある。


 物理空間においては脳内に火花を生むぐらいしか影響がないそれも、非現実の劇場内ではより具体的に作用する。

 幻奏歌姫エレクトリックエンジェルの持つ機能がその一端。武器として具現化し固有のロジックを有する現実改変能力。

 その名を指して心象兵器インストゥルメント

 現実と呼ばれるものを書き換えるその武器は、存在しない可能性である騒狗ギニョル相手には特効で。

 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイが握った剣が、眼前の怪物を粘土のように両断する。


「────ッ、」


 だが、彼女の眼前で、割られた騒狗ギニョルは即座に復元。

 特効武器を受けてなお不死身。

 それはまさしくルール違反で、本来ありえない耐性を目の前の相手は備えている。

 しかし現実ならざるこの劇場に「ありえない」こそありえない。

 今目の前にしている相手は、何らかの固有ロジックを有しており、それで不死身を成しているのだ。


 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは周囲を見回す。

 騒狗ギニョルを転移させたこの場所は、先程の公園から少し離れた立体駐車場の内部だ。

 倒したはずの騒狗ギニョルの再出現を、雨鈴ウレイは逃走スキルのせいと仮説した。

 なので密閉空間だ。密室の中で戦う限り、怪物に逃走の権利はない。


「──セット」


 この劇場は無人の街であるが、しかしここには車がある。

 なぜなら『駐車場には車があるものだから』。

 イマジナリーで出来た世界は因果過程と無縁のままにその場所のイメージを体現する。

 車種もナンバープレートも解らない、ただぼんやりと車だと認識できる仮想実体。

 搭乗者もおらず動きもしないその鉄塊の一つに、ロジックコードを打ち込んでいく。


《【発動】攻性コード:アクセラレイト065【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ→仮想車体】》

《・──対象に運動ベクトルを付与します──・》


 文字通り発車される質量攻撃が、騒狗ギニョルの体に激突する。

 対象は運動エネルギーを受け止めきれずに跳ね飛ばされ、そこに間髪入れずに次の攻撃。


《【発動】攻性コード:アースクエイク437【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ騒狗ギニョル】》

《・──仮想質量により対象を粉砕します──・》


 生成投下される分銅の一撃。

 轟音粉塵撒き散らしながら下敷きとなり潰れる騒狗ギニョル


 だがしかし。


(──効いていない──か)


 ロジックコードで瞬間生成した仮想分銅が消失した途端、相手の体はゴムが戻るように形状復帰。

 影絵のような冗談が、無敵を嗤い誇っている。


 心象兵器インストゥルメントによる特効斬撃、劇場内部の物体による物理攻撃、ロジックコードによる直接攻撃。

 三種の手段はいずれも効果を発揮しておらず、これは当然おかしなことだ。

 設計上の前提として、騒狗ギニョルは死ぬように出来ている。

 それが不死身を成しているのは単純に言ってロジックエラー。

 なんらかの形で死を与えられるルールがあるはずなのに、とっかかりもないパラドックス。

 いや、


「ダメージ無効化型ではなく──再生型の不死実現。

 エネルギー消耗は見られないので回復型の再生ではなく──復元型の再生。

 『この形が正しい』と定義するなんらかのロジックがあれを無敵たらしめているのかな」


 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは聡明だ。ここまでの戦闘結果の中で、次の仮説を選定している。


 思考を巡らす雨鈴ウレイ相手に騒狗ギニョルの反撃が向けられた。

 ズザザザザザザ!と擦れるような音を立て、頭蓋から生えた触手が殺到する。

 両足。両腕。胸頭。間髪入れずに突き刺していき、


《【発動】攻性コード:フレイムホロウ609【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ】》


 それらが一気に燃え上がった。

 突き刺したはずの少女の体は炎の塊へと変化して。

 貫かれたはずの少女は無傷で、駐車場内を駆け回っており、


「フレイムホロウを攻撃してきたということは──蛇みたいな見かけ通りやっぱり熱源知覚持ち。誘導成功」


 有彩色の少女は作戦成功を確信し、心象兵器インストゥルメントの剣で駐車場の壁を破壊する。

 そして穴から身を翻し、眼下の街へと去って行く。


 取り残された騒狗ギニョルの側で、情報窓インフォメーションが淡い光を発していて。


《【遅延発動】攻性コード:エクスプロージョン101【哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ→仮想車体】》

《【警告】スリーカウント後に爆発します》


 果たしてその通りになった。

 一台の車が架空の燃料に着火爆裂、そのまま連鎖的に隣の車も爆発四散。

 立体駐車場が炎の華で満たされる。

 密室閉所は爆炎のフラワーショップと化して、その衝撃は建物を支える部分へと浸透。

 柱が折れ、壁が砕け、床が抜け、天井が瓦礫となって降り注ぐ。

 轟音を立て、立体駐車場そのものが崩落する。


「──ふう」


 その大破壊を外で眺めながら、哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは溜息ひとつ。

 爆発による衝撃+熱波による酸欠+ついでに生き埋めの三連コンボ。

 復元型の再生で不死身を保っているならば、身体損壊以外のルートで絶命させればいい話。

 これにて一件落着だ。あとは慧雅ケイガのところに戻って一緒に喝采を叫んでみよう。

 それを考えていたところで、唐突に情報窓インフォメーションが展開された。

 表示されている通信相手は、喜嶋慧雅キジマ・ケイガ


『……、……、、……繋がってるか、雨鈴ウレイ!!』

「──どうしたの?」


 慌てた声に臨戦態勢を取り戻す。

 問いの答えは思いもしない形ですぐにきた。


『聞いてくれ、!!』


                    ◇


 喜嶋慧雅キジマ・ケイガは走っていた。

 車のいない大通りを一人必死で全力疾走。

 何故かといえば理由は逃走。

 先ほど雨鈴ウレイと一緒に消えた筈の大型騒狗ギニョルが、そっくりそのまま現れたからだ。

 ロジックコードによる攻撃は通用しないことが解っているので、取れる手段は逃走一つ。

 絶体絶命窮地のところ、情報窓インフォメーションが自動で開いて。


《【提案】哀咲雨鈴アイザキ・ウレイ様に連絡をつなぎますか? Y/N》


 以上回想終了で、時系列は現在へと帰還する。


『ありえない。さっきの奴は天使わたしが倒したはずだから──そっちにいるのは別個体』

「この【劇場】はあんなのが何匹も湧いてくるような世界なのか!?」

『確率的には低いかな。騒狗ギニョルが成立するにはこの空間のリソースを使っているから──リソースを大量に使用するような特殊ロジックを有する個体が複数体出現する余地はないはず。多分」

「この世界は例外が起こらないと言えるほど緻密なのか?」


 問いかける。それに対し返ってきたのは一瞬程度の沈黙で。


「──結構あるかも。例外」

「やっぱりか!!」


 叫ぶ。しかしそれで現実が変わるわけもなく、逃げねばならんことだけが現在課題。

 この夢の街では疲れるということが無いようなのが救いだが、しかしルートを間違えたり足がもつれて転んだりしたらそんな優位はすぐ終わるだろう。ミスを犯せば即デッド。命がかかったデスゲーム。


『転移コードで向かいたいけれど──移動中だと座標を掴むのは難しいね。

 ──ごめん。合流するまで自力でなんとか生き延びて』

「解った。合流場所はどこになる? なるべく早く、そしてあいつを迎え撃てるところ!」


 尋ねたところで、第六感が背筋に走った。

 ステップ・ターンで振り返る。大型騒狗ギニョルが触手を翳してこちらを貫く体制で、


《【発動】防性コード:プロテクション122【喜嶋慧雅キジマ・ケイガ→大型騒狗ギニョル】》

《・──防護シールドエフェクトを展開します──・》


 咄嗟の動きで防御に成功。

 間髪入れずに次の動きを実行する。


《【発動】攻性コード:ギロチンカット625【喜嶋慧雅キジマ・ケイガ→大型騒狗ギニョル】》

《・──大型刃物を形成し対象を両断します──・》


 巨大なナイフが情報窓インフォメーションから突き出して、騒狗ギニョルを一気に押しつぶす。

 しかし当然それも効かない。

 次の瞬間には映像を逆再生したかのようにくっついて、元の形へ復元する。

 そしてそれだけでは無かった。


「AHAaaaaaaaAAaaAAAAAaaaaaaa────!!」


 不気味な唸り声をあげながら、騒狗ギニョルが瞳を見開いた。

 目のようなものが光り、睨み、それに視線が吸い寄せられそうになって、


「──ッ、」


 とっさに体ごと顔を背けて、逃走劇を再開する。


「厄介すぎるだろあの邪眼能力!!

 視線が合うと動けなくなるって、まるで神話のメデューサかよ!」


 毒づく。なんとなしに口を突いた言葉だったが、実情にあまりに即していた。

 見たものを恐怖で凍りつかせる鬼子母神。蛇の髪を持つ神話の怪物。

 頭から垂れ下がる腐った触手が、蛇に見えたのは確かにそれに似て。


『多分──その通りなんだと思う。騒狗ギニョルの大元は人間が想像する可能性だから。

 集合的無意識から組み上げられるビジョンの中には神話伝承物語──そういった空想も含まれる。

 だからあの怪物は──『人々が考えるメデューサ』を雛形にして生まれた騒狗ギニョル。かもしれない』


「夢の中で神話の怪物を相手にして、攻撃魔法でガチバトル。

 この夢の世界を作ってるのは中学生か何かかよ!

 寝ながら見るような夢よりも、その前にする妄想めいたシチュエーション!」


 思わず皮肉を言うけれど、しかしそれこそがこの劇場での絶対現実。

 不死身不可思議の怪物を、倒さなければ帰れない。

 なんてふざけたファンタジー。

 卒業したはずのジュブナイル。


『出来れば開けた場所で合流したい。

 さっきの公園からどっちの方角に向かってる?』

「方角って言われても、ええと!」


 困った叫びに応えるように、親切な情報窓インフォメーションが方位磁針を表示してくれる。

 足の向く先と磁針の向く先がちょうど一致を示していて。


「北!」

『だったらそこから近いのは──モノレールの駅前ロータリー。

 五分ぐらいで着くはずだから──そこできみと合流したい!』


 目的決定。

 情報窓インフォメーションが示す地図を見て頷き、生き延びるために駆け出した。

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