【Part4:夢見るような夏の日々/要するに都合いい感じにラブコメディ】-3
◇
食事を終わらせてもデートタイムは続いていく。
正午を回った時間なせいか、客足も増えて来て心なしか騒がしさも強まりだす。
人の波があちらこちらに動いてくのを見て、
「次どこいく? 服買ったしメシ食ったし、他になんか買いに行くにしてもいざ考えると何が出来るかぱっと思いつかねえけど」
本屋とかになってくると自分の買いたいもので完結してしまうし、玩具屋に行って買うものがあるような趣味でもあまり無い。日用品の買い出しとか言い出したならそれこそ実用性の話になって来て遊びにきたという建前が台無しだ。
こういう時こそ自分の「やりたい」を言うべき機会なのだろうが、生憎にもそんなものが思いつかない。
一年前まではとにかく目についたものに節操なしに手を出していたから常に何かにハマってたのだが、一回火が途絶えてしまうと再燃着火が困難だ。自分が詳しく知らないものでは冷えた心を動かすだけの熱量が足りず、詳しく知ってるものでもそれ以上の興味が湧いて来ず、何かを始めてみるだけのテンションゲージが満たされることが全くなくて、結果何にも手をつけないまま青春時間を浪費している。
「……そうだ、
この外出がそもそも彼女の歓待を含んでいたことを思い出し、話をそっちに振ってみた。
「
「────────別に。
長めの沈黙を返されたことで、
ずっと一人きりで灰色の街の中にいた少女。
それに「何をしたい」だなんて問うたところで、選択肢自体を持っていないに違いない。
「親父の奴……」
呟く。この少女をこんなままにしていたことに憤りがある。
「あれ? ケイガは──お父さんのこと──嫌いなの?」
「それは……嫌いというか……」
無垢に問われて答えに詰まる。
今朝までは距離感をどう取ればいいか解らなかっただけだったのだが、聞いてしまった
法律をぶっちぎってイリーガルに生み出した女の子を監禁育成してましたとか言われて、それにどう感想を抱けばいいのかは保留にするしか無かった訳で。
「小学生の頃、ちょっと色々あったのよね」
「ちょ、おま」
だからどうしたらいいか困っていたら、先に
「色々?」
こちらを見つめて来る
話を逸らすのも気が引けたので、仕方ねーなと頭を掻いた。
「学校でさ、ご家族のやってる仕事について調べて来ましょうって課題が出たんだよ。
だけど、うちの親父のやってることってあれだろ? 人工心理がどうのとか小学生にとってはさっぱりでさ。
当時の親父はザ・仕事人間って感じで家に帰って来ることも少なかったし、緊急でもない電話に応えるような奴でも無かったから直接聞いてみようってのも思いつかなくってさ、だから」
「だから──?」
「忍び込んだのよ。
若気の至りだった、としか言いようがない。
そもそも人工心理研究所がやってたことの一端を知った今となっては、間違いなく存在していたはずのセキュリティをくぐり抜けて潜入してしまえたこと自体がなんらかの奇跡だったとすら思う。
「ただ、上手く行ったのは潜入するとこまででさ。
研究所の中で早々に迷子になっちまったんだよ。それで適当にうろちょろしてたら、明らかに重要そうな機械のある部屋に出ちゃってさ」
迷子の子供に重要そうな機械。
これら二つを合わせたら、何が起きたかは最早誰でも思い浮かぶ。
「壊しちまったんだよな。その何に使うか解らない高そうな機械。
子供の体重が寄りかかっただけでバランスを崩してずたずたずたどーん!ってドミノ倒し。
その音で大人たちが気づいて集まって来るしこっちは小学生だしでめちゃくちゃ怒られて大変なことになるだろうって身構えたんだけどな」
「けど──?」
「なーんにも。集まって来た人たちからは色々言われたけど、親父個人からはお叱りも心配もなんのコメントも来なくてさ。
だからああ、この人、俺に興味とかないんだな。適当にぬいぐるみでも持って帰ってくれば十分だと考えてるんだな。って思っちゃってな」
「──」
「だから長い間距離がある関係だったわけでさ。突然それを詰めてこようと動き出したんだからただでさえどう相手すればいいか解らなかったのに、今朝は唐突に
身近な人が相手なのに、どう接すればいいのか全く何も解らないことばっかりで。
確かにこれは、何かの答えがあってほしい。
「
「いやいやいやいやそういうことじゃねえって!!」
ほら、そんなこと考えてる間にも速攻で間違いが発生した!
ここからどう話を収集つければいいか悩み出したところで、見知った姿がこちらに歩いてくるのが見えた。
「おーっす、喜嶋少年! 奇遇じゃんね!」
半裸にオーバーオールを羽織った姿。人混みの中でもひときわ目立つ長身痩躯。
「一日会わない間に両手に花を成し遂げてるとはいっひっひ男の子じゃねえか。オレも加えてカルテットとか目論んじゃう?」
「何の隠喩かは考えないことにしてあげますね先輩」
相手の芸風は解っているので軽くあしらう。
これで目論まれてたらどうしたんだと思うけれど、多分物理的制圧で終わるだろう。
「それで新しい子増やしてるけどどうしたんだい喜嶋少年、ヒロインが空から降って来た系のイベントにでも遭遇した?」
「親父の仕事の関係ですよ。込み入ってるのでこの説明で納得してください」
当たらずといえども遠からず。
流石に先輩の言葉は冗談だと解っているので、変に慌ては発生させない。
「
「ハイハイ、アメスズちゃんね。オレは
「先輩、この子は真に受けるタイプなのであんまり余計なこと言わないでください」
「ところで先輩、丁度いいので聞きたいんですが、なんかこの子連れてくのに面白そうな店とかないですか?」
「聞いちゃう? オレの趣味全開の答えになるけど尋ねちゃう? それでいいなら行きつけのトコに連れてってやるけど喜嶋少年。文句反論返品交換は受け付けないから覚悟をしておけ、楽しい一時作ろうぜ?」
キメた笑顔に若干の不安を感じつつ、
「ええと、果たして一体どこに連れてかれるんでしょうか俺たち」
「オレに聞く時点で薄々想像はついてんだろ、」
右手を振って手品のようにメンバーカードを見せびらかしながら、
「楽器屋だよ」
◇
コアな客好みの雰囲気の演出だろうか大通りに比べて照明は暗めで、うっすらとBGMが聞こえてくる。
どこかのスピーカーから流れてくるのではなく、空間そのものが響かせているような特殊な音響。
ガラス戸には店名らしき文字列が、スプレーアート風のデザインで殴り書きされていた。
『サウンドギア・アルファ』。それがこの店の名前らしい。
「邪魔するぜ店長!」
勢いよくドアを開く
そして
空中に浮かぶホログラムインタフェースには、流行曲のランキングや最新のAIアシスト楽器の情報が目まぐるしく入れ替わり流れている。
「……おっやー、反応ないけど留守かこりゃ?」
先輩が店内を眺めながら呟く。
それに釣られて
店内右側のコーナーには、ドラムセットと打楽器がずらりと並んでいた。現在主流のホログラムシンバルだけでなく、今となってはレトロな物理ドラムまでが整然と並んで購入者を待っている。
店の中央の
その奥の方にはカスタムオーダー用の端末が並び、利用者の演奏データを基に、最適な楽器を3Dプリントで生成するコーナーもある。出力機の隣では半年ほど前にやっていたアニメの音楽家モチーフのキャラクターの立体映像がキャラグッズとしての管楽器を宣伝していた。
天井からは、無数のスピーカーがぶら下がりさまざまな楽器が自動演奏で独自の音を奏でていた。電子音とアナログの響きが交差し、まるで過去と未来が共存する音楽の聖域のような空間。
「わぁ……」
自分も最初に楽器屋に入った時にはこうやってわくわくしていたなと、昔のことを思い出す。
そういう自分はこの一年楽器に触れてもいないので、なんだか気まずさもあるけれど。
「おっしちゃんと興味持ってるみたいじゃんアメスズちゃん。何か気になる楽器とかあるか?」
有彩色の少女の視線は何を掴めばいいかもわからないように、けれども好奇心を感じさせるかのように揺れている。
「行っといで」
促す。せっかく見せている好奇の気持ちが彼女の色になってくれればいいなと思いながら。
彼女の視線は、店の奥にあるシンセサイザーのデモ映像へと吸い寄せられていく。
指先が宙の
幻奏歌姫は弾かれるように驚いて、こちらの方を見つめてくる。
「ひょっとして初めてなのかしら。音楽を出すものに触るの」
少女に娯楽を与えそうにない研究所で生まれ育ち、灰色の街の中では一人歌うだけだった少女。
先ほどのレストランでの予想以上の健啖ぷりといい、本当の経験というものは今日が何もかも初めてなのだろう。
「楽器の使い方、教えた方がいいか?」
尋ねる。本来ならばオートアシストに任せた方がいいはずだけど、それをやりたいと思ったから。
「ん──」
「じゃあ──ケイガの音、聴かせてほしい」
「……俺の?」
「そう。
少女の願いは無垢の色を帯びた視線とともに。
何故なら
望む未来。誰かに伝えたいような強い思い。
そういった輝く光る素敵なものを、誰かに届ける為のものだから。
だからこそ、それを失った
ありていに言うと、怖いのだ。
自分のギターが輝きを失っているかもしれないことが。
自分の音色が少女の心に届かないかもしれないことが。
「ん、喜嶋少年ギター演んの? この店レンタルもやってるから自前持ち歩いてなくても行けるぜ?」
「ほれっ」とばかりに、強引に慧雅の胸に押し付けてきた。
「ちょっ、待っ……!」
動揺する慧雅をよそに、
純粋無垢なるキラキラ視線。心を痛くするような。
「いきなりギター渡されたからって弾ける場所がないだろ場所が!」
「それならあっちにあるぜ? ホレいい感じにテンション上がって目立つトコ」
先輩の指さす先にはおあつらえのように円形のホログラムステージがある。
領域制御技術による防音が施されていることを示すマークが刻まれており、騒音問題は対処済み。
「それ行っちゃえやっちゃえ一年ぶりに少年の演奏聴きたいなーッと!」
「じー──」
逃げられない。ジャッジがくだる。
勇気が出ない。指先が震える。
幻奏劇場では出せていたはずの無謀と熱意が、現実世界では一滴たりと汲み出せない。
「こんな悪ノリ、付き合わなくてもいいわよ
緊張感に割り込むように、
出来ないを知ってしまっている車椅子少女の表情は、怒りをみせた鋭さで。
「躊躇ってるのにそんな無理に弾くようなものでもないでしょう。
あなたの手。ほら。震えているもの」
刺すような目線と裏腹に、声色はとても優しかった。
それはつまり、幼馴染の少女にとって、少年の意地は意味を為すものではなくて。
何よりも、そこが一番苦しくて、
◇
そしてショックを受けたのは、
昨日の朝に見ていた彼らの会話では、
だから自分の計画だと、
何故そうならなかったどころか、案じられて絶望の顔を浮かべるのか。
人間経験が不足している
「え──あれ──どうして──ハカナもケイガの演奏聴きたいよ──ね──?」
しどろもどろに問いかける。
だって自分は恋の天使で、コイビトドーシのいちゃいちゃを引き出すつもりのはずだったのに。
「あなたが
幻奏歌姫の少女が初めて受ける敵意だった。
彼女の持ちうるロジックの中に、この場の答えは見つからなくて。
おろおろと両手を彷徨わせることしかできなかったが、それが間違いであるのは解っていた。
「
爆発するように言い聞かせるように流れる
その場にいる誰もが気圧されるように動けずにいた。
「だからね
続く言葉は聞こえなかった。
それを口にする前に、
車椅子ごと転倒する。
一拍遅れて、床と激しい衝突音が響いた。
「
少女の胸元は荒い呼吸で上下していて。
けれども手足が動いていない。力の入れ方を忘れたように、くたりと放り出されている。
「何が起きたか解らねえけど、救急部の呼び出し入れといた」
一体何が起きたのか、誰もわかっていなかった。
「………」
幻奏歌姫の少女以外は。
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