【Part4:夢見るような夏の日々/要するに都合いい感じにラブコメディ】-1
◇
幻奏劇場を脱出してから
その間、先に家に帰り着いていた
おいてきてしまった車椅子の代わりを
朝食に使った後の食器を洗剤で洗って乾燥機の中に叩き込み。
洗濯物の取り込みに手をつけようとしたところで、突如現れた
「さっきは最後まで聞けなかったけど、今度は聞かせてもらうわよ。
住所氏名年齢性別生年月日、番組のご感想まで丸っとスッキリ奥の底まであらゆる全部を詳らかにね」
二人は
射抜くような
「いいよ──どこまで話してたっけ」
「さっきの不思議灰色空間が
あの空間には
そしてお前がそいつらと異能バトルを繰り広げていて驚いたこと」
「つまり、あなたが何者なのかについては、全然教えてもらってないのよね。
おじさまから口止めされてるのかもしれないけれど、今度は話してもらうわよ」
「うん──
息を吸い、名乗る。
「個体仮称名
ヒトを救うために作られたもの。救済の歌を奏でる幻奏歌姫だよ」
◇
「人工心理研究所はね──人間の正解を作ろうとしていたの」
「人間の……正解……?」
いきなりスケールの巨大な言葉が出てきて
いや、スケールの大きさだけなら集合的無意識とか言われた昨日の時点で相当なのだが、これはまた毛色が違うタイプの壮大さだ。
「そう。人間は間違える生き物だから──正解が必要なんだと研究所の人たちは言っていた。
例えば叱咤。
本来相手の改善を促すための行動が相手を傷つけ自己満足する為のものとなる。
例えば義憤。
本来犠牲になる人を救う為の行動が攻撃性に飲み込まれただ別の形の加害となる。
例えば愛情。
本来相手を慈しみ守る為の感情が束縛や呪いに変化して人を不幸にするだけのものとなる。
人間は善であるべき感情を以って度々悪を為す。
何故そんなことになってしまうのかを──彼らは正解を知らないからだと定義した」
それは人と人とが関わることで発生する悲劇の類型。
正しいこと善きことを正しいままで善いままで実行できない人の業。
おそらくは人類という知性体が心をもった瞬間から繰り返されるトライ&エラー。
「優しくしてくれと言われても──『優しく』するとは何をすればいいか知らない。
相手のことを尊重しろと言われても──何をすれば『尊重』したことになるか解らない。
人間は理想を掲げても何をすることがその理想に沿うものなのかの答えを見出せてない。
だから彼らはこのオメガフロートを管理する
幻思情報処理で名を馳せていた当時の
その二者が力を合わせれば神の領域まで手が届くと、信じた者がいたのだろう。
「
このオメガフロートの裏面。人間の思考データを大量に集め処理する
莫大な人間の無意識を集めて束ねて纏めあげ──人間が取るべき正解を導き出せると考えて作り出された巨大な夢の集積池」
そして、
「データが集まったその時には──それを処理するアプリケーションとハードウェアが必要だよね。
だから人工心理研究所が始めたのが
人の心のデータを読んで正解を導き出して出力する──救世の天使に育つ人工心理の作成」
そう言って、
半実体のディスプレイに表示されるものは、黒背景に赤字のERRORの数々で。
「集まるだろうと予想されるデータは並の人工心理では受け止めきれないと予想された。
理想的な人間をインストールするには──それを受け入れられるだけの精神土台が元から必要だって。
だから特別に作られた人工心理体が
自由意志と成長性を与えられ──人間の正解に至るための人工女神。それが
「親父……そんな壮大で無茶苦茶なことをやってたのかよ」
ある意味での真理の探究。違法外法も何するものぞ。
それは冷酷仕事人間だった父親のイメージとは十分以上に合致している。
兆治が所長になる以前から続けられていた取り組みらしいが、乗り気だったろうことに疑いはない。
「うん。だからそれを外に漏らさないための虚数研究室。存在しないと隠蔽された禁断の部屋。
「果たせなかった理由があった、と」
「そう。
集合的無意識から流入してくる無数の可能性を擬似生物の形で処理する沈殿池。
そこで急に──想定されてたよりも数段大きな存在規模を持った
クレヨン書きのような筆致と「がおー」とコミカルな叫び声でついつい少し気が抜ける。
けれど大型
「
なのでその強大さは一定の範囲内に収まってバランスが取れるはずだった。
けど──」
「発生したのはあり得るはずがない──たった一体で
他の全ての可能性を食い荒らし食い潰し食い育つ──最強無敵のクリーチャー。
それが発生したことで──人間の正解を作る第三偶像計画は強制中断を強いられた」
「待ってくれ、話が繋がってるように見えないんだが」
起きた問題は
人工心理研究所のバックには
どこを疑問に思ったのか察したのか、人工天使の少女は軽く笑んで、
「簡単だよ。
「あ……」
灰色の街。本来人が踏み入れるべきではない領域。
外に絶対にバレてはいけない企みを行うのであれば、隠れ家としてはそれは確かに適切で。
「
だからね──
今度こそ、話の接続が意味不明だった。
何とか文脈を理解しようとする
「
心が取り扱う全ての領域を扱うことがその構築の最終目標だったから。
半現実化された集合的無意識の領域である【劇場】内部での活動も想定環境に含まれる。
なので
だったら──
「………」
うまく言葉にできないこの感情も、目の前の少女はなんと呼ぶのか知っているだろうか。
「超大型
それが発生した余波なのか──【劇場】はあれから
放っておいたら形而下の方に影響が出てしまうかもしれないらしくてね。
だからその
「おしまいって、そういうもんじゃないだろ……!?」
なんとか形にしようとして、口に出た言葉はそれだった。
ここまでの話で、嫌という程よく解った。
人類を救うだなんて大それた目的のために作られて。
世界を救うだなんて無茶苦茶な役目を押し付けられている。
それが
父親が急に距離を詰めてくるような言動になったのも、恐らくこれが理由なのだろう。
自分たちが作り出した少女に全てを押し付ける罪悪感をごまかすために、実の息子に構っている。
そうだとしたら尚更に、
「誰かが戦わないといけないものがいて──
それで──終わりじゃないの?」
「そういう出来る出来ないの話じゃなくて、お前の意思とか辛さとかそういう……!
あれだ、こう、なんかお前が使ってたアレ! なんか雷とか剣とか出してた奴!
あれを使って他の奴が戦うとか、そういうのは出来なかったのかよ?」
「雷の方は一般の攻性ロジックコードだから護身用ぐらいにはなるけど──。
あれは意志の具現化みたいなものだから──人間にも理論上は出来るけど──人間の心は無数の思考感情が渦巻いている混沌だから。
たった一つの強い思いを形にするのは
「ああ違う、俺が聞きたいのはそう言うんじゃなくて……!」
じゃあどんな答えが聞きたいのかもわからないまま、頭をかいて苦悶する。
次の言葉が浮かんで来る前に、隣の少女から静止が入った。
「落ち着きなさい、
「……悪い」
興奮がすっと引いて行く。
今考えなければならないのは、眼前の少女の過去よりも今で、
「親父がなんかを企んで
問いかける。それは昨日からずっと疑問であったこと。
それに
「そう、そこについてはなんともとっかかりが無いのよね。
ただ、目的はわからないけど、何をさせたいのかは予想がつくわ」
「………?」
「自分の手元に置いておきたいからなら、誤魔化して外出する意味がわからない。
いや、そもそもこの家に連れてくる理由すらないのよ。研究所なりホテルなりに監禁していればいい。
だというのに部外者であるはずの私たちがいるこの家に連れてきて、私たちに身柄を預けている。
ならそれ自体が答えなのよ」
「つまり?」
「私たちと絡ませたいのよ。
この子を私たちと一緒に行動させることで、何かが起きることを期待している。
それが何なのかまでは推論するための手がかりないけど」
不完全燃焼感で締めくくり、
モニターディスプレイに映しているのはこのオメガフロートの観光マップで、
「ですから今からこうしましょう。
……デートに行くわよ、
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