【章間2】


                    ◇


 灰色の街の中、哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは再び一人佇んでいた。

 慧雅ケイガ儚那ハカナの二人を外に送り返した後、騒狗ギニョルの群れは攻性コードで掃討済みだ。

 ここまでの数が一度に発生することは初めての経験ではあったが、彼女の前では敵ではない。


「ふう」


 敵でこそないものの、仮想の息を吐く程度には精神的に疲れがある。

 単純に捌く物量が多かったことだけではなく、慧雅ケイガ儚那ハカナ二人の前で格好つけることが疲れる理由になったのだろう。

 普段迷い込んでくる人間は半分夢の世界である幻奏劇場のことはすぐに忘れてしまう。だから雨鈴ウレイも自然体のまま応対できる。

 けれど、慧雅ケイガ儚那ハカナの二人は雨鈴ウレイと一緒に過ごしているのだ。記憶に残る理由がある。

 それに加えて雨鈴ウレイ自身も二人のことが大好きだ。だから彼らの前でだと緊張してたに違いない。


 精神的な疲れがあるなら癒しの時間が必要だ。

 それは一般的な人間であっても、高度な人工心理である幻奏歌姫エレクトリックエンジェルでも変わらない。


「研究所からの映像音声モニタリングがない──ことを確認。──よし」


 フィンガーモーションで情報窓インフォメーションを展開する。

 開いていく半実体のディスプレイが表示するのは、色とりどりの写真群だ。

 それらは全て喜嶋慧雅キジマ・ケイガ夕凪儚那ユウナギ・ハカナを写したもので。

 昨日の風呂場や夕飯時のやりとりは勿論、それ以前の独路城礼音ドクロジョウ・レノンとのやりとりまでも。


「ん──」


 写真群を眺め、恍惚するように瞳を潤ませ息を吐き。


「やっぱり──いいね──コイビトドーシがいちゃいちゃらぶらぶしてるとこ──」


 ──哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは、ずっと同じ少年の現実を見ている。

 それは色づいた街の現実。

 幻奏劇場と全く同じ外見で、しかしカラフルな外の世界。

 色づいている世界の中で、少年が一人燻って、どこにも行けない日常。

 幼馴染の少女の失墜を前にして、未来にも思慕にも答えを出せないモラトリアム。


 繋がるようになったのは一年前、騒狗ギニョル退治を始めてから。

 一日に数分ぐらいしか見えないビジョンが現実世界と解ってからは、騒狗ギニョル退治の合間を縫って彼らに会えないか時々覗きに行っていた。

 そして遂に先日直接対面。肉眼で見た少年たちは、期待以上に仲睦まじく。

 端的にいうと萌えている。

 自室があったら彼ら二人の写真を撮って飾りたいし、デートの姿を動画に撮って保存したい。

 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイの奉仕体質は、そういう欲も含まれている。


 このことは、喜嶋所長にも秘密にしている。

 雨鈴ウレイの側が慧雅ケイガを見れていたというのなら、おそらく逆も然りだろう。

 幻奏歌姫エレクトリックエンジェルと共鳴が出来る特殊体質。

 その可能性に気づかれたなら、自分の上の研究所は彼を放っておかないだろう。

 そうなってしまったら、慧雅ケイガ儚那ハカナは引き裂かれる。自分の推し活にも支障が出る。 


 だから哀咲雨鈴アイザキ・ウレイは成長したい。

 早くこの街を平和にして、好きになったコイビトドーシを眺めて萌えていたいのだ。


「待っててね二人とも──きみたちのレンアイモヨーは天使わたしがばっちり応援するから──!」


 幻奏歌姫の少女は決意の言葉を誓いあげる。

 つまるところ、彼女はどこかズレていた。


【NeXT】

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