【章間1】


                    ◇


 灰色の街が広がっていた。

 外の世界に深夜の闇が広がる時間でも、この影絵の街は朝も夜もない灰の世界だ。

 生物の気配もない都市は当然無人。

 営みの精彩のない都市は当然無色。

 墓場のような普遍の中で、永劫のような灰色の中で、彩色されたものが一つだけあった。

 少女だ。

 虹色のようなグラデーションの髪を無風の中に靡かせて。

 瑪瑙のようなマーブル模様に煌めく瞳を灰色の中で輝かせて。

 極光オーロラを布にしたような服を身に纏ってはためかせて。

 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイと呼ばれた少女が、聖画のように立っていた。


「──本日の騒狗ギニョルの掃討完了。今回はいつもより多かったね」


 雨鈴ウレイは片手の笛剣を、血を払うかのように振り抜いた。

 そこから舞い散るのは血液ではなく光の煌めき。

 先程まで彼女が繰り広げていた戦いの、これが最後の残滓だった。


『──異想領域内、戦闘反応の収束を確認。

 幻奏歌姫エレクトリックエンジェルは今回の状況報告を』


 雨鈴ウレイの側に情報窓インフォメーションが開き、女の声がした。

 半実体のモニタに記載されている通信先は『研究所』という端的な文字。

 彼女が属しているところの、上司もしくは創造主からだ。


「ん──レポートは送信済み。詳細はそちらに書いたけれども小型騒狗ギニョルの発生量が瞬間的に通常の三倍まで増加していたから──そちらで領域内の存在率ログの確認を。経験値状況エクスペリエンスリザルトは?」


 澱みなく用意していた回答を返す。

 少女にとって空間内の怪物の駆除はこの一年やりつづけてきた日課である。

 研究所の方も今更珍しい結果が出てくるとは思っていないようで、


『干渉係数の成長率は0.00325ポイント……やはり現状のトライアルでは頭打ちですね』


 残念そうな言葉を解っていたかのように呟いた。

 研究所は哀咲雨鈴アイザキ・ウレイの能力成長を期待している。

 現在はこの灰色の街に出現する怪物を倒し続けることでそれを成そうとしていたが、数週前から明確な伸び悩みを見せているのだ。


『一刻も早い心象兵器インストゥルメントのレベル9到達が必要だというのに、一年をかけてやっとレベル2でそれ以上の発展が見られない。今は任せてくれている鉉樹社つるぎしゃもいつ痺れを切らすか』

『だから次のトライアルが必要だって、僕の提案を受け入れてくれたんだよね副所長』


 情報窓インフォメーションの向こう側で、気の抜けた男の声が割り込んで来た。


『喜嶋所長、一体どちらにいたんです? 本日の会議は所長抜きで進めることになりましたが』

『どうせ話すだけ話して何も決まらずに終わらせるでしょ君たち。なら僕は雨鈴ウレイちゃんの成長の為に役立ちそうなことをするのを優先さ』


 上司たちが揉めるのを横で流しつつ、天使少女は遠くを見る。

 灰色の街のその向こう。世界の壁を隔てた現実の先。


(楽しかったな──ケイガとハカナの姿見てるの)


 幻想少女が考えるのはさっきまで一緒にいた二人のことだ。

 喜嶋家では慧雅ケイガ儚那ハカナの一挙一動を見ていたが、お互いに思い合う姿は好ましく見えた。

 多分、あれが知識にある『コイビトドーシ』という奴なのだろう。

 コイビトドーシは仲良しの最上級だと聞く。そういう関係はいいものなので、尊ばなくちゃと雨鈴ウレイは思う。

 哀咲雨鈴アイザキ・ウレイの行動原理は他者を助けることだ。

 「他人にとって善きことをする」をレゾンデートルにした存在だ。

 そんな性を持つ雨鈴ウレイにとって、コイビトドーシは実に惹かれる。応援したいと思っている。


『ところで雨鈴ウレイちゃん、慧雅ケイガくんのところはどうだった?』

「ん──早速。ケイガとハカナが仲良くしてる姿を見られたよ」


 喜嶋所長の言葉に、幻奏歌姫の少女はサムズアップ。

 現実世界のコイビトドーシの役に立ちたい。それが彼女の願望だった。

 だから始まった同居生活こそ彼女の理想。

 喜嶋所長が提案した外部生活トライアルは、雨鈴ウレイにとっては最高だった。


『いいねいいね。僕の考えた仮説によれば、君が慧雅ケイガくんたちと仲良くなればこの街を救うのに近づくと思うから、頑張ってあの子達と仲良くなってくれたまえ』

「ん──任せて。天使わたしがきっとあの二人をどっきんずっきゅんいちゃいちゃらぶらぶさせてみせるから」


 定めた決意を口にする。

 情報窓インフォメーションの向こうから、副所長のため息が聞こえたのは、多分雨鈴ウレイの気のせいだろう。


【NeXT】

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