【Part2:日常を変える幻奏歌姫/停滞をぶっ壊すのは新キャラ投入だよねって話】
◇
勤めている人工心理研究所でトラブルが起きて、職員が数名入院することになった。
なのでその家族をちょっとの間預かることになったからよろしくね。
「……兆治おじさま曰く、そういう話らしいけど……? 本当に?」
経緯の説明(本当に?)をした兆治はちょっと買い物に行ってくるねと出かけてしまい、喜嶋家には少年少女だけが残された。
すぐにでも必要なものがあるとしたら
「うん──本当だよ。
「設定って……」
あからさまに嘘すぎて頭を抱える居候少女
その隣で
この少女の外見は、間違いなく繰り返す夢の中で見たものだった。
虹色の髪。瑪瑙のような瞳。ついでに現代人が着るようなものではない
しかし彼女は非現実の少女。
だとすれば、そんな無茶苦茶もあり得ないとは言えなくて。
「なあ──俺とどこかで会ったことある?」
なので直接聞いてみた。
現実世界での対応はそれがとにかく一番だ。
「な、なな、なななな」
それを聞いた
「何をいきなり口説いてるの!? ねえ
「だって俺あいつのことを見たような記憶があるし」
「見たことある!? どういうことなの答えなさいスリーカウント以内よ三二一言えっ!」
「うわちょっと待って
「私が知らないことをあなたが知ってるのが悪いのよ! いいから早く白状しなさい!」
「ゆっ夢! 夢で見たんです! 答えたからこれでいいよな!?」
「はぁー!? 女の子だなんて聞いてないわよファンタジー!? 前世の記憶のデステニーか何かなの!?」
「ぐわあああシェイクを加速するな吐く吐く吐く吐く!!」
「真実を!?」
「嘔吐物を!!」
「え、えっと……?」
目の前で繰り広げられる嵐のようなやり取りに、どう反応すればいいか困るようにおろおろし、
「ないよ。うん──会ったことはない。本当本当」
問いかけは、シンプルに一言で否定された。
「くく、フラれちゃったわね
「だからそもそも口説いてるんじゃねえって!」
そもそも彼女は嘘が苦手であるらしい。
ほんの数分の会話でもそれがはっきり解るのだから、単純否定の信憑性も高くない。
解るのは面識の有無の真実よりも、それを答えたくない意思があるということ。
「そもそも──現実世界に住んでるきみたちに会う手段自体がないから。
だって
「エレクト……なんて?」
「あっ」
だが、
「えーと、あー……。
感の鋭い幼馴染は額を抑えながら言う。
「この子、多分人工心理よ。それもおそらく自由意志を持って動くタイプの」
「……なんか問題なのかそれ? 人工でも心理って言うなら自由意志はありそうなものだけど」
素朴な疑問を漏らしたところ、
「問題も問題、大問題よ!
いい
例えばこのペットドールの猫が撫でられたら鳴いたり動くものにじゃれついたりするのも、意思や魂というものがある訳ではなく、そういった生物っぽい、もっと言えばペットとして適した動きをするようにプログラムが組まれているだけ。
けどこの子は違うわ。入力抜きに自発的な行動と受け答えを行なっている。
自主的に動くことが出来るのは意思を持つものの特権だもの。それで彼女が人形でないと理解出来るし、だからこそでの大問題」
意思あるものというのは、それだけで尊く価値がある。
それは素朴で絶対の大前提。
この世で悪と呼ばれるものの悉くが意思の蹂躙によって定義されるのだから、逆説意思を慈しむことこそが世界における絶対善だ。
なので、
「文明が進んでない時代ならともかく、現代においては意思あるものを弄ぶのは倫理的大問題。
だから自由意志を持つタイプの人工心理の作成は政府が違法と決定している。
昔出来ちゃった奴は政府の管理下に何体かいるって聞いたことはあるけど、新しく作るのは間違いなく重罪だったはず。
だから、そんなものがうっかり出来てしまったのなら、それはなんとか誤魔化さないといけなくなるだろうけど……」
そこまで説明されたなら、流石の
親父の勤めてる人工心理研究所は怪しい研究施設だと思っていたが、法律違反をしていたなんて。
見つかったらまずいものを作り上げてしまったが、性質上処分とかする方が更に人道違反。
なので研究所の外側に連れ出して知らぬ存ぜぬ無関係を貫こうと、おそらくそういう魂胆だろう。
「ええと、
「言えない──喜嶋博士は聞かれても黙っておいてねって──」
「語るに落ちる!! 隠そうと言う気が全くない!!」
反応を見る限り、そういう話でいいらしい。
こんなのは確かに研究所内に置いておけないのが良く解る。
抜き打ち検査の一発でもやられたら爆速で全ての機密が筒抜けだ。
「どうしよう
俺、このすっとぼけ聞くのがクセになってきたかも」
「どうしようもなにもないでしょ
おじさまが捕まったら困るからなんとか建前通りに居候として扱うしかないわ」
選択肢なんてものは事実上なかった。
自由意志を持つ人工心理を前に自由選択をする権利は罪人の身内にはないらしい。
「ええと──これからよろしく──ね?」
危機感を抱く二人の前、天使少女は無垢な瞳で軽く笑んで。
その表情を見せられて、
とりあえず、親父が戻ってきたら問い詰めよう。
その一つだけはしっかりと、心に強く誓うことができた。
◇
その間も
個人情報どころか一般常識のようなものもあんまり知らなさそうだったので、親父が作った人工心理だという仮説は疑惑の域から確信レベルに。
ひょっとしなくても彼女の存在を隠し通すだけじゃなくて教育係まで期待されてるんじゃないだろうかと、課された重荷に心配不安。
そうして一通り問いかけが終わったところで時計を見ると、気付けば午後の六時だった。
疲れたし一旦部屋に戻ろうかと、二人は目合わせ無言で合意。
「…………」
自室のベッドに寝転んで、
何かが起こってくれないかとは思っていたが、予想外の方向からやってこられても困るんだなと思い知った。
現状とにかく謎しかない。
そもそも親父は一体何を考えて彼女を家に連れてきたのか。
疑問自体は数々あるが、それらを解き明かす鍵がない。
「……風呂でも入るか」
考えようにも考えられることがなかったので、ルーチンワーク(
リラックスすれば現状の整理も進むだろうかと、
物語のお約束だとここで
「親父は多分ノープランだろうし、
服を脱ぎながら考える。
服といえば、
どんな服を着せたら似合うだろうか。その辺の女の子を喜ばせるセンスを
「……
驚愕の表情を浮かべる彼女は、白い裸身を晒していた。
喜嶋家の風呂場は
なので彼女の肢体は一糸纏わぬ状態で車椅子の上に乗せられていて、つまりは上半身が全て見えていた。
アスリートらしく細く引き締まった腕と足。胸にも胴体にも余計な脂肪や染みは何一つなく、白磁という比喩の実例を見せる。
シャワーを浴びた直後だったのだろう、肌の上には弾かれた水が表面張力で丸まって幾つも球になっていた。
「なん……で、」
儚げな少女の口が開く。
そしてそこから、爆発的に言葉が出た。
「なんで鍵をかけてるはずなのに入ってきてるの!? ピッキング!? 私の素肌が見たくなったのなら直接言えばいいのに覗きにくるとかなんて性的倒錯者なの!? 幼馴染として後で教育が必要かしら」
「待った待った待った俺はちゃんと鍵開いてるのを確認してから入ってきたしそんな欲望は持っていない!」
「覗き欲を持っていないなんて
「
「大丈夫だよ──ケイガがどんな趣味をしててもハカナは受け入れてくれると思うから」
「ななななな何をいきなり言ってるのかしら、確かにそのぐらいの準備と覚悟はしています。ええ。してるわよ。でもね心の準備ってものが……って何言わしてるの!」
「……
「ん──ドアの鍵が壊れてたから──ドライバーを探してて──」
確かに
つまりは無言の親切で、感謝を述べるべきなのだろう。
ところで
「修理は
指先が指し示す方向は廊下ではなく浴室の方で。
そんな浴場で欲情を果たせと言われても別にそれが目当てな訳ではないのだ。
「それで
頬を赤らめた幼馴染がこちらを見つめる。その視線に耐えきれなくなった
「……出ていきます!」
服を掴んで脱兎の如くその場から遁走。
背後で何やら残念そうな声が上がったのは多分自分の気のせいだろう。
◇
入浴は
しかし幼馴染がさっきまでいたことを意識しながら入った湯船では考えはまとまるものもまとまらず。
(ええい、もう成り行きでいいや成り行きで! しばらく見てれば何か解るだろ!)
つまりは投げやりモードへ移行。少女の秘密は出たとこ勝負で判断しようと決意した。
部屋着に着替えて脱衣所から出る。
時計はそろそろ七時半を示しており、空腹感を思い出す。
「……そういや親父に夕飯のメニュー考えといてって言われてたんだっけか」
だがしかし、肝心の父親は速攻で姿をくらまして行方知れずとなってるのである。
当然夕飯を食べに戻ってきたりとかもしなさそうで、頼んだ癖に不義理だなぁと不満を覚えなくもない。
不義理さでいうのなら注文そのものを忘れていた
「親父相手の労いよりは
呟く。
けれど幻想世界の少女を相手に喜ばせるようなメニューとか一体どんなの出せばいいのか。
その辺もその場の成り行きに任せる以外ないだろうか。
適当なことを考えながら、
瞬間、芳醇な香りが鼻腔をついた。
おそらくトマトとオリーブオイル。異国情緒の芳香がキッチンの方から漂ってくる。
「あ──お夕飯──作らせてもらってる──ね」
エプロンと三角巾装備の、
オプションの醸し出す家庭感と本体の非現実感のアンマッチに、なんだか少しくらくらする。
「アクアパッツァを──作ってみたの」
フライパンの中を覗き込むと、魚の切り身がトマトと一緒にくつくつことこと煮込まれて。
おしゃれで美味しそうではあるけれど、材料は一体どこからだろう。
「缶詰。幾つか使わせてもらっちゃった──トマト缶とサバ缶」
そういえばスパゲティ用と味噌煮用に買っていたのを思い出す。
組み合わせるとこんなオシャレになるんだなぁと自分の中には無かったレパートリーに感心だ。
ところでなんでこの子は喜嶋家の缶詰の貯蔵場所を知っているんだろう。
「ねえ
「ええと……サバのアクアパッツァ?
廊下から聞こえてくる
すると驚いたような声をあげて、即座にリビングまで車椅子が突撃してきた。
「料理!? あの子が!? なんでいきなり!?」
「お世話になるから──役に立って喜んでもらおうと思って──」
それに毒気を抜かれたのか、
「ん──そろそろトマトがいい感じに煮えてきた──かな」
「トマトといえば、なんか生のトマトと煮たトマトって全然味違うよな。なんでなんだろあれ」
「トマトを加熱すると──うま味成分であるグアニル酸が増加するんだって。更に水分が飛んで濃縮されるから──それでうま味がたっぷりに。あと──トマトの酸味要素のクエン酸が175度以上で加熱すると分解されるから──多分それもあると思う」
「へーぇ」
なんの気無しの呟きに答えが返されたことで、素直に感心する
「そんなことも知ってるなんて
「トマトの雑学ぐらい私も知ってるわよ。知っています。ええ。
そうね、
「そんなことを知ってるなんて
「『も』って何よ、『も』って!!」
喜嶋家の我儘姫様は雑に扱われて怒ったらしい。
そんな彼らの目の前で、出来上がった料理がお皿の上に盛られていく。
白いお皿にトマトの赤がコントラストで際立って、その上にパセリがアクセント。
「お皿二枚しかないけど二人分? お前のは?」
「いい──
食洗機が空なのを見るあたり、先に済ませていた訳ではなさそうだった。
つまりは家主の二人のために作ってくれたと言う訳で。
それはとっても親切だけど、何故だろう、少し危うく感じられる。
「……」
無垢に微笑む少女に対し、何をすればいいのかわからない。
とりあえず、かわいらしいなと思ったので、差し出された頭を撫でてみた。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっとあなた! なななななななでなでされるってそれは私の特権で」
隣でお姫様がわなわなしているが、流石に小学生ではないのだから羨ましがってるということもなかろう。
「はいあーん」
とりあえず、こう言う時に静かにさせる方法は長年の付き合いで知っている。
アクアパッツァとかオシャレな名前になったサバをスプーンで掬って口の中に突っ込んでやると、
「むぐむぐ……この味オリーブが効いてるわね……悔しいけど美味しいわ」
美味しい料理は偉大だ。こうやって一撃で我儘お嬢も黙らせられる。
小動物のように頬を膨らませている
「ねえ
袖口をひっぱって
どう思う。親父が連れてきた謎の少女。夢の中で見るのとそっくりな謎の少女。妙にうちの内装に詳しくて親切な少女。
思うところは数々あるが、それら全てをひっくるめて、今出す仮定は一つの言葉だ。
「いい子なんじゃないか?」
少なくとも、幼馴染に騒がしさを取り戻させてくれる程度には。
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