第12話 二日目/バスホー



 俺たちを部屋に押し込めてから、オストック伯爵は慌ただしく動いているようだ。

 話はその後、ということなのだろう。

 待たされている俺たちは暇な時間を過ごすことになった。

 外を見ても真っ暗だ。

 月の位置からして、もう深夜かな。

 今夜の月は赤い。


「明日は雨かな?」


 ぼんやり外を見ているとカレンが言った。


「わかるのか?」

「月の色は大気の魔力濃度で変わるのよ。赤になるってことはけっこう濃いから、その濃い魔力が雲を呼ぶ。その雲が雨を降らすかどうかは、その時次第だけど」

「なるほどね。物知りだ」

「地上で生きていたら基本らしいわよ」

「マジかぁ」


 勉強になった。


「ねぇ」

「うん?」

「ダンジョンに篭るってどんな気分?」

「なにその質問?」

「ダンジョンを潰すのは何度かやったけど、あなたの街のほど歴史のあるダンジョンに行ったことはないし、しかも長く篭るなんてしたこともない。だから、どんな気分かなって」

「どんな気分もなにも、それが俺にとっての当たり前だから」


 なにがどう違うかって言われても、わからない。


「当たり前のことをどうって言われてもな」

「それもそうかも。ごめんなさい」

「いや、いいよ」


 謝られてると、俺がなんかおかしい人みたいに感じるからやめて欲しい。


「……強さが欲しいのよ」

「なんで?」

「私は《剣の聖痕》を与えられたのよ。だから、強くならないと」

「ふうん?」

「あなたにだってわかるでしょ? 聖痕じゃないけど、ハウディール家に生まれてダンジョンにいることを強要されて……」

「んん?」


 なんか、すごく重大なことのように言われてる?

 でも、しっくりこないな?

 なんでだ?


「ああ、それは……」


 なんと答えようかと思っていると、ノックの音が響いた。

 入ってきたのはオストック伯爵だ。

 途端に、カレンの表情から感情が消えた。

 冷たく整った、さっきまでとは違う別の誰かの顔だ。


「お待たせしました」

「いいのよ。指示は済ませたのかしら?」

「はい。客は帰し、捜索隊も出しました。まだ、見つかったという報告はありませんが」


 まぁ、そう簡単には見つからないよな。

 カレンが話の先を促す。


「それでバスホーというのはどういう人物なのかしら? 漏れ聞こえた内容だと、庭師だそうだけれど」

「はい。バスホーはこの屋敷で雇っていた庭師の息子です。五年ほど前に父親が亡くなり、彼が父の跡を継ぐのを拒否したので、我が家から出ていきました」

「その時に、魔法使いに?」

「そうです。魔法使いになりたいというので、紹介状を書きました」

「立派ね」

「屋敷に住む者は皆家族ですよ。家から出るにしても、路頭に迷うようなことにはなってもらいたくない。彼の希望が叶うよう手を尽くしました。しかし……」


 今夜の出来事の少し前、バスホーはオストック伯爵を訪れた。


「魔法使いとしての修行を終えたから宮廷魔法使いに推薦してくれと、言ってきまして」

「五年で? たいしたものね」

「いえ、師匠となった者の推薦状や印可などを持っていなかったのです。なので、それがなければ認められないと……そうしたら」

「今夜のことが起きた、と?」

「はい」

「そう……どう思う?」


 と、俺を見る。


「短気っぽいね」


 意見を求められても、それぐらいしか言えないや。

 宮廷魔法使いになるのになにが必要なのかわからないけど、話の流れからして師匠の魔法使いとオストック伯爵が実力を認めた、みたいななにかが必要だということだ。

 だけどバスホーはそれを手に入れようとせず、警備を掻い潜ってオストックの伯爵の娘を誘拐する方法を選んだ。

 だから、短気だと思った。


「気が短くて実力を認めてもらいたがっている青年。厄介ごとになりそうな予感しかしないわ」


 カレンは俺よりも詳細にバスホーを推測した。


「どうすれば……」

「まずは居場所を特定することが先でしょう。彼の師匠という人物は?」

「いま、使いを出しております。ですが、住居がこの街ではないので、到着は明日になるかと」

「では、待つしかないわね」


 というわけで、今夜はここに泊まることになった。

 宿を取ったんだけど、無駄になったなぁ。


「ハロン」

「なに?」

「窮地にある貴族の令嬢を助けることになるのよ? 芝居のような展開なんて、本物の貴族だってなかなか体験できない。もしかしたら、クリスティーネはあなたのことが好きになるかも」

「おおっ!」


 なるほど!

 そういうこともありえるのか。

 なら、もっとやる気を見せよう。

 俺は意気揚々と、客室に案内してもらった。






「あの、皇女様」

「しっ。『なるかもしれない』であって、『なる』とは言ってないわ」

「よろしいのですか? あの少年が本当にハウディール家の領主なのだとしたら……」


 オストック伯爵や他の貴族たちがハウディール男爵を恐れる理由。

 それは、過去にあった。

 ロマーナ帝国の過去に存在する敗戦の記録。

 北への領地を増やすためにセイダシーバ王国へ攻め込んだ時のこと。

 軍は、地図上ではとても狭いハウディール領を無視して通り抜けようとした。

 地上にはダンジョンの入り口を守る小さな町しかないハウディール領など、戦う必要すらもないと判断した結果だ。

 しかしその時、当時の領主が軍の前に立ちはだかった。

 ロマーナ帝国の軍はただ一人の敵に対し、まさしく踏み躙るが如くに進軍した……のだが。

 結果は、敗北。

 ただ一人の領主の武力によってロマーナ帝国軍は壊滅の憂き目に遭い、撤退を余儀なくされた。


 一騎当千を超えた一騎当万を実現したその姿は、ロマーナ帝国にとって恐怖の記憶として人々の心に刻まれ、北のセイダシーバ王国の国境は、絶対に触れてはならない禁忌の境となった。

 ダンジョン街の領主が『人間兵器』や『魔人』などといって恐れられるようになったのは、この時の件に起因している。


 オストック伯爵は、そんな存在が騙されたと怒ることを恐れている。


「まぁ、その時は、私が嫁げばいいでしょう」

「こ、皇女様っ! そのような!」

「冗談よ。そんなことにはならないと思うけどね」

 

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