機械の胎にて
「一体どこまで行くつもりだ……?」
「まぁ落ち着きたまえ、これから向かう場所は君を満足させてくれる場所だからね……。ふふふ」
俺は胡散臭い笑みを浮かべるユアンの後をついて行った。向かう場所はどうやらイリオポリの中にあるのか、どんどんと街中へ進んでいった。状況的には油断ならないが、橙色に灯る明かりによって照らされた街路が緊迫感を和らげる。
俺は思わずその景色に見入っていた。
「美しい街だろう?」
「……まぁな」
悔しいが認めざるを得ない。
夜になっているというのに街はまだ人の活気がある。アガトではまず見られない景色は、どうしようも興味を惹きつける。
「襲撃の件は災難だったね」
「ん……? あぁ……まぁな」
ユアンが気を遣ったのか、優しく語りかける。
「故郷を失くした痛みは、きっと計り知れないものだろう。何せ自分の世界を破壊されるに等しい事だからね」
「俺たちはずっと狭い世界で生きてきた。確かにいきなり奪われたのはショックだったけど、最悪な事態は免れた――そう思って割り切ってるよ」
文字通り俺以外全員死んでしまったら――あまり想像したくないが、正気じゃいられないだろう。特にベガを失ったら……もう生きる意味すら見失っていた。ベガは俺の命そのものに等しいのだから。
「君は強い人間だと思っていたが、予想以上に脆い人間なのだな」
ユアンは悪気もなく言った。
俺を馬鹿にしたようなニュアンスだったが、多分そうじゃない。
(見透かされてるような気分だな)
奴は俺の心の奥を見ているようだった。
機人は人間よりもずっと優秀な感覚機能を持っている。瞳の揺れや心拍、あるいは電磁波……などなど。様々な要素から人の感情や気分を読み取れる。
恐らくユアンも同じ事が出来る。
「君は君以外の全てを大切にしている。逆に自分の事については、そこまで大事に思っていない」
「そうだな」
今更取り繕っても仕方ない。
俺はもう諦めて同意する。
「そんな君だからこそ――あの方は選んだのかもしれないな」
「は?」
「そら、あれが目的地だよ」
そう言ってユアンが視線を向けた先にあったのは、イリオポリ中心地にあった巨大なピラミッド型の建造物。長らく名前だけは聞いていたが、それが一体どんなものか知らなかった存在――機械の胎だった。
「機械の胎……!?」
銀色に輝く姿は、機械とは思えないぐらい神々しい。近づいて漸く気づいたが、ピラミッドはかなり巨大だ。転生前の記憶で見た人間が作ったピラミッドより、2回りはでかい。
「さぁ……中へ入ろう。大丈夫……取って食いはしないよ? くふふふ」
夜の闇に紛れて笑うユアンに誘われるがまま、俺は機械の胎ことミトラに近づく。すると青い光のラインが三角形に光ると、一瞬だけ俺を照らした。
《認証……おかえりなさいユアン。そしてようこそアルタ》
「なんで俺の名を……」
「さぁ中へ」
「あ、おい!」
ミトラにはAIが宿っているのは聞いていたが、まさか俺の名を知っているとは思わなかった。いやユアンが共有した可能性もある。ここに来てから動揺のあまり、考えが及ばなくなっているようだ。
ガコン――とピラミッドのゲートが開く。
見えたのは地下へと続く階段と鋼鉄の回廊。一体どれだけ深いのか想像つかない。
「ミトラの中、入れるんだな」
「許可されないと無理だよ、勿論ね」
俺はそのままミトラの中へと入っていくと、息を呑んだ。
「街……?」
なんと内部には街が広がっていた。AIによって統制された青みがかった機械の構造物が、摩天楼のように連なっている。更に建造物の間を縫うように、翼を生やしたガーゴイルのようなキメラが飛び交い、何か物資を運んでいた。
「あれは機人か?」
その中でも気になったのは、内部で働く機人だ。
人間のように皮膚や髪といった生物らしさはなく、無骨な金属骨格だけになった機人が作業していた。
「プロトタイプの機人だ。彼らは簡単な意思疎通は出来るけど、感情は搭載されていない。人型のドローンみたいなものだと思っていい」
ユアンは更に続けて言った。
「ミトラの中は一種のコロニーになっていてね。内部の機能はどれも機械生命体にとって無くてはならないものだ。この中にしかいないキメラやプロトタイプの機人がいるのは、AIによるシステムメンテナンスだけじゃ及ばない領域をサポートするためさ」
確かにシステムサポートだけじゃ、時間経過による施設の老朽化は防げない。この場所を守るためだけの機械を作り、運用を維持するのは分かった。
だけど俺はずっと前から気になっていた事がある。機人を作り出すよう指示を出しているのは、果たしてミトラ内部にいるAIだけなのかと。
「……なぁユアン、ミトラって一体何なんだ。お前たちのような機人とは違うのか?」
「違うね、ミトラを統括している御方は我々よりもずっと優れた存在だからね」
さて――と区切り、俺が案内されたのは機械に塗れた世界の奥だ。認証許可というアナウンスが聞こえる中で、ケーブルの入り組んだ三角形のゲートを潜り、円形の部屋にたどり着く。
其処には白く投影されたホログラムが佇んでいた。
白いローブに、頭には光の輪が浮いている。まるで天使みたいな姿をしたソイツは、俺の方へ振り向くなりニコリと笑う。
《ようこそアルタ、待ち侘びたよ》
少女とも少年ともつかない顔をしたソイツを見て、俺は身体が自然と強張った。
「あんたは……何者だ?」
《私はパノプテス、ここの管理を任されている知性体だ》
中間管理職に位置しているがねと
《私は機人だよ、ただ今は拡張電脳空間内に意識データを保管していて、ボディはメンテナンス中さ》
「……魂だけが今目の前にいる感じか」
《魂! 実に面白い表現だ……。しかも強ち間違いじゃない。この電脳空間は現実世界よりもずっと広大で、摩訶不思議な世界だから》
「お前が俺を呼んだのか」
《そうさ、君は必要だからね》
パノプテスはふわりと宙に浮き、俺の近くに寄った。
多分少年をモデルにしているのだろう。あくまでもホログラムで表示されたモデルを見ただけで、そいつが男か女かはわからないが……骨格的にはそう見えた。
「俺が……必要」
《そう、この先で起こるであろう戦いに……キミの存在は絶対に必要だからね。しかし今のキミの肉体は戦闘事態が難しい状態になってしまった》
パノプテスは俺の身体をスキャンした際に、解析した身体の状況を簡単に説明した。
《脊柱をはしる神経は電撃によってズタズタにされ、運が悪い事にキミの常軌を逸した再生能力の機能を阻害している。このままでは絶対に身体は良くならない……。だが――》
パノプテスは人型の骨格だけになった機械部品を、ホログラム上に投影した。見た目はアガトを襲った狂信者達がつけていたエグゾスケルトンと似ている。ただあれよりもずっと綺麗で、光沢を帯びていた。
《この特注で作ったエグゾスケルトンを体内に埋め込み、スケルトン内部にあるナノボットを損傷箇所に注入。鈍くなった再生機能の補助を行う。早ければ1週間もかからずに……キミの肉体は運動が出来るまで回復はする》
それは俺にとって都合のいい展開と言っても良い内容だった。そうかじゃあよろしく頼む――と言いたいが、間違いなくこの内容には裏があった。
理由は明白、ユアンが事前に言った言葉だ。
『治した結果……君の身体にどんな異変が起きても許容出来るか?』
頭の中で反響する言葉をよーく噛み締め、俺は意を決して問うた。
「だけど何も代償なし……ってわけじゃないんだろ?」
「ああ、その通りさアルタ」
沈黙していたユアンがついに口を開いた。
「このフレームはね、ワタシたちと同じようにフォトンを使って稼働している。骨格でありながらエネルギーを生成する内臓まで入った代物だ。正直……このミトラで作られた機械の中でもかなり特異な部類にあたる」
フォトンを元に稼働するのは何となく想像はついていたから驚きはなかった。
「何をもってそうしたのかはわからないが、このフレーム内で使われるフォトンは人体の許容限界を超えている。つまり……こいつをそのまま体内に入れたら健康面で重大な影響をうける」
「被曝するってことか?」
《ある意味、もっと悪い》
パノプテスはニヤケ面を引っ込めながら言った。
《体内から焼き尽くされるに等しい量だ、普通の人間には耐えられない量になる。だが何も無策でそうしたわけじゃない……全てはキミの身体を作り変えるためだ》
「フォトンで遺伝子操作でもするのか?」
《ナノボットを活用し、損傷した箇所を
軽く戯けたつもりだったが、今度こそ開いた口が塞がらなかった。機械化……? なんだそれは、全くもって理解が及ばない。
《体内に埋め込むフレームは莫大なフォトンを使い、キミの肉体を補強する。しかしその際にどうしても被曝は避けられない。ならどうやってそれを解決するのか……それは本来なら損壊した機人を修復する為に使うナノボットを改良し、人体を機械化させて無理矢理適応させる事だ》
「……!」
《実は前例があってね、不可能な話じゃない。ただ……今回キミに託すのは私より上位権限を持ったプログラムが決めた事なんだ。だから事前にしっかり話しておかないとならない》
人体の機械化。
そんな荒唐無稽なことがあるのかと考えたが、西暦が終わって数千年も経っていれば不思議じゃない。だけど1番気になるのは俺の身体なんかより、パノプテスという管理者よりも上にいる存在が、何故これを使って欲しいのかだった。
「パノプテスは……上位権限を持つプログラムが何の意図があってこれを提案したのか、その理由は聞いていないのか」
《私はただ命令を遂行するだけ、ひいては機械と人類の為に尽力を尽くす存在。貴方の味方だと思っていい》
「信頼していいのか……?」
《すぐ掌を返す人間よりかは信頼していい》
皮肉を込めて笑うパノプテスを見て、俺は少しムカついたが強ち否定出来ないのが辛い。実際人間は欲望のままに生きる存在だ。自分たちの利益のためなら何だってやる――殺しや略奪、姦計もやる。
(選択肢は――ないな)
機人の掌の上を転がされる展開だが、これは願ってもない展開だった。リハビリだけじゃどうにもならない怪我を治せるだけじゃなく、フレームによって俺の肉体は更に強くなる。
そうすればベガと旅も出来るし、一緒に戦える。
断る理由はなかった。
《どうする? 上からはあくまでも本人の意思を尊重するようには言われてる。断るならまた別の手段を考える》
「だけどもし……その別の手段が、俺無しでも出来る可能性があったら俺は必要とされなくなる?」
《ある。君は重要なポジションだが……替えは作れる》
悲しげに顔を歪ませるパノプテスだが、本当に思っているかは微妙なところだ。利用価値がなくなって外野入りするぐらいなら、俺はそいつに賭ける。
全てはベガの隣にいるため、あいつを幸せに出来るなら……人間にこだわらなくたっていい。
「わかった、なら俺は――」
《その前に……話すべき相手がいるね》
これ以上誰と話せば良いんだと俺は不満気な目を向けたタイミングで、背後に誰かがいる事に気づく。誰だと思った俺は振り返って――固まった。
「アルタ……」
其処にいたのは何処か悲しげな顔をしたベガだった。
「ベガ……!?」
「ごめん、ちょうど戻る時に……見かけたから……」
《入るのは私が許可した》
どうやら俺がユアンと一緒にミトラへ入るのを見て、気になるあまりついてきてしまったようだ。ただパノプテス曰く――事前に知った事でベガがどんな行動をするか、全く読めないリスクがあったが、スキャンした際にその可能性はないと判断した――とのこと。
「ごめんベガ……その」
俺はベガから想われている事を知っている。
俺がベガを大事に思うように、彼女もまた俺を必要としている事を。そんな彼女を前に……俺は自ら機械になるという異常な選択肢を取っている。
「アルタ……」
彼女から何を言われるのかと身構えた俺だったが、続けられた言葉は長年連れ添った俺でさえ予想出来なかった内容だった。
「ボクは……君を止めらない……」
「ベガ?」
「ボクさ、さっきの話を聞いて……そんなことしなくていいって思った。だって下手したら死ぬ可能性だってあるかもしれない」
手をきゅっと握りしめてベガは話す。
「ナノボットで身体が機械化するなんて! どう考えても異常だ! もうこれ以上アルタには辛い思いなんてしてほしくない!」
「ベガ、俺は――」
「でも同時に……ボクは君と一緒に旅をしたい」
ずいっと更にベガは俺に詰め寄る。
「おかしいよね、君が傷つくのが嫌なのに。一緒に戦えることを心待ちにしている自分がいるんだ。君が機械になってまで……戦ってくれるのが嬉しい自分と、更に過酷な運命を背負う君を見て、安全な場所にいて欲しいと願う自分もいるんだ」
ベガは訳が分からない様子だった。
自分がどうしたいのか、何をすべきか、その判断が出来ていない。
「これは……エラー? なのかな……、ボクはどうしたらいい? ボクはおかしいのかな……っ?」
ワナワナと震える彼女の両手を俺はしっかりと握る。
ああ、そうか。
俺が重傷を負ってから様子がおかしいのはこれの事だ。
「ベガ、それはエラーなんかじゃない。心だよ」
「心……?」
「ベガ含めて、機人には心がある。心があるから悩むんだよ」
決してエラーという陳腐なものじゃない。彼女は俺たち人間と同じ生命がある存在だ。高い知性を持ち、喜怒哀楽を持ち合わせた生命体であるという紛れもない証拠なのだ。
「それに……この選択を取ったのは俺の意思だ。ベガには責任なんてない」
「でも!」
「前にも言ったよな? 俺はお前と旅がしたいと、それは絶対に揺らがないし、息絶えるまでは続けるつもりだ」
我ながら中々重い事を言ってる自覚はあった。
だけど今更だ。ベガだって重いんだからお互い様だ。
「でも……アルタの身体が機械になるんだよ? ローグが見たらどうおもうか……人間じゃなくなったら」
「なんだ、鉄の身体に変わることが悪い事か?」
「……だって親から授かった肉体だもの」
心配性で余計なお世話な事を言いそうな奴が放つセリフ第1位だなと、俺は鼻で笑う。
「それを言ったらお前だって、生みの親から身体を授かってるだろ」
「……う」
「単に身体を構成する物質が、タンパク質か特殊合金かの違いでしかないさ。大事なのは愛を貰ってるかどうかだよ」
くしゃりとベガの空色をした頭を撫でて、俺は言い切った。
「それに機械になったら――お前と同じになれる」
「アルタ……」
「俺は……むしろ嬉しいかもな」
例え人だろうと機械だろうと関係ない。
俺という存在が、最期の瞬間までベガといれたらそれでいいのだ。
「もう……決心はついたかな? アルタ、そしてベガ」
ユアンは頃合いを見計らったかのように言った。
ベガはゴシゴシと目を擦ると、キッとユアンとパノプテスを睨む。
「失敗なんかしたら……承知しない」
《失敗なんてしないさ。大丈夫……アルタはちゃんと戻ってくるさ》
ただ――とパノプテスは付け加える。
《術後は激痛だ、覚悟しておいた方がいい》
ニヤリと笑う彼を見て、俺はごくりと唾を飲み込む。
あんまり痛いのは苦手だけど……仕方ない。
* * *
それからすぐに、エグゾスケルトンの埋め込み作業が始まった。パノプテスはミトラの機能にアクセスすると、複雑な外科手術が可能なロボットアームと、アシスタントの機人を何体か配備してから取り掛かった。
《まずは背中を切開、それから――》
《脊髄へのアプローチは慎重に》
《レーザーメスを用意》
術式はかなり複雑なものだった。
強化外骨格にはあらかじめAIを搭載しておく必要があったが、脳とリンクさせるためにも高性能AIチップを脊髄に近い部位に埋め込まれ、神経信号を読み取るための接続が行われた。このAIは、リアルタイムで脳からの信号を解釈し、外骨格に適切な動作命令を伝える役割を果たす。外骨格自体は、脊柱に固定され下肢に接続される準備を行う。
下肢……つまり大腿骨や脛骨には外骨格の支柱を固定することで、自然な動きを実現させる。また関節部には
ただ問題は今後の活動における、フォトンによる肉体的な負担だった。戦闘行動によるフォトン供給量は状況によりけり、過剰な使用はナノボットと肉体に備わった修復機能でも追いつかない可能性があった。
よってパノプテスは外骨格のフォトンによる強化は最大連続時間を5分と規定。万が一5分以上になった場合、身体を動かす最低限の機能は残して、任意のフォトン供給は一定時間使用不能と定めた。
《……手術完了、あとは目が覚めるまで安静にすれば大丈夫です》
《ありがとう、アルファ。他の機人達も休んでいい……アルタを家まで送るのは……ユアンの使いに任せるよ》
最新鋭の未来技術を詰め込まれた医療ポッド内にて、スヤスヤ眠るアルタを眺めたパノプテスは、ホッと一安心する。
《アルタ、ベガ、君らはね……自分達が思っている以上に特別な存在なんだよ》
パノプテスは仮想空間から眠り込むアルタを見ながら、感慨深そうに呟いた。きっと2人は人間だけじゃなく……機人とも戦っていく。その果てに2人は強大な力を持つ機械と対峙する。生身の肉体では生き残っていく事は出来ない。
故に……非人道的な手段だと言われても仕方ない事を、どんどん課していくだろう。
《だけど私は2人だけに重荷を背負わせたりはしないよ》
これは壮大な計画の一部だ。
パノプテス自身も計画の歯車の1つと自認している。
《出来るだけ君らが問題なく前へ行けるように、私は出来る事をしよう》
戦いに向けた準備は……整いつつあった。
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