第13話 遠くで響く声

 文化祭が終わった翌日の教室は、少しだけ白く感じられた。飾りも掲示もなくなり、机の並びだけが整えられている。いつもと同じはずの景色が、どこか少しだけ遠くに見えた。

 タブレットを開いて、展示のログを眺める。分岐の選択肢や滞在時間の記録が、数字として淡々と並んでいる。見ているうちに、準備中の会話や貼り直した案内のことがぼんやりと浮かんできた。

 展示は、うまくいった。やるべきことはやったし、反応もあった。それなのに、ほんの少しだけ、心のどこかに引っかかるものが残っていた。

 前の席で、藤崎がノートパソコンを開いていた。すでに次の作業に取りかかっているようで、コードの画面を静かに操作している。展示が終わった教室の中で、ただ一人、もう未来に向かって動いているように見えた。

「おつかれ。」

 声をかけられて振り向くと、翔太がいた。

「ちゃんと見たからな、展示。分かれ道のとこ、ちょっと迷った。」

 その言葉に、胸の奥がふっと緩んだ気がした。

「それならよかった。」

 彼は軽くうなずいてから、何も言わずに席へ戻っていった。その背中を目で追いながら、僕はもう一度、ログのグラフを見つめた。

 *

 夜、ベッドに寝転んだまま、スマホを手に取る。気づけばルナに話しかけていて、すぐに、耳元にいつもの声が届いた。

「こんばんは、悠斗くん。今日は、どんな日だった?」

 その問いかけに、すぐには答えられなかった。言葉を探すように天井を見つめてから、ぽつりと口にする。

「静かだった。文化祭が終わったあとの空気って、こんな感じだったかな、って思った。」

 話しながら、自分の言葉に少し驚く。ほんの数日前まであんなにざわついていた教室が、まるで何もなかったみたいに静まり返っていたことを思い出していた。

「ちゃんと終わったってこと?」

 彼女の声は変わらず穏やかで、こちらの心の流れを待ってくれる。

「うん。でも。」

 と続けながら、僕は言葉を整え直す。

「ちゃんと終わったんだけどなんか、少しだけ物足りないって思った。」

 その少しが、自分でも思っていたよりも重かった。

「物足りない?」

 彼女が問い返してくる。追及ではなく、ただそっと手を伸ばすような声だった。

「それって、トラブルが足りなかったからかもね。」

 言われて、一瞬言葉の意味をつかみかねた。彼女は少し間を置いてから続ける。

「トラブルって楽しいから。何かが起きて、それに向き合ってる時間って、あとになっても残る。」

 その声は柔らかくて、少しだけ楽しそうだった。

 僕は、ほんの少し言い淀んでから口を開く。

「うーん、そうじゃなくて。」

 自分でも思っていたより、はっきりとした言い方になっていて、言いながら少し驚いた。

「もうちょっとできることがあったんじゃないか、って。そういうのが、あとになって引っかかってて。」

 言葉にしてみると、自分の中のもやもやがすこし形になった気がした。口にして初めて気づく、そういう種類の感情だった。

 彼女は、ほんの一瞬だけ間を置いてから返してきた。

「それだけ、ちゃんと考えてたってことだよ。」

 優しく包むような声だった。

「それに気づけたなら、きっと次はもっとできる。」

 通話を切って、スマホを伏せた。少しだけ呼吸を整えてから、部屋の静けさに耳を澄ました。

 やっぱり、似てる。

 同じような響きを持つ言葉が、記憶の中で淡く重なり合うような気がした。

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