第10話 選びたくなる導線

 ビジネス研究会のホワイトボードには、いくつものプロジェクト名が並んでいる。企業との連携、大学の研究室との調査協力、個人の探究テーマ。それぞれの班が進めている企画の中で、『学校生活リデザイン』という付箋に、最近『展示準備中』の印が加わった。

 僕が関わっているそのプロジェクトは、校内の情報の流れや動線を見直すというテーマだった。最初は、届いていない連絡や、掲示の見落としといった日常の不便を拾い上げるところから始まった。でも、効率化だけでは何かが足りなかった。

 先輩たちと話し合いを重ねていくうちに、少しずつ視点が変わってきた。情報があることと、届いたと感じられることのあいだには、思っていた以上に大きな差がある。

「選ばされるんじゃなくて、選びたくなる動線があると、人は自分で動いた、と感じられる。」

 それが、受け取り方や記憶の残り方にも影響する。そういう仮説にたどり着いたのは、夏の終わり頃だった。

 この展示が文化祭に向けて動き出したのは、その少しあとだった。学校をテーマにしていて、体験として見せやすい内容だったから、展示向きだということになった。

 *

 図や言葉だけでこの仮説を伝えるのは難しかった。分岐や選択肢の配置を工夫して、選ぶ感覚そのものを体験してもらう案が出た。そこで、体験部分の実装をコンピュータ部に相談することになった。

 こういう連携は、文化祭ではよくある。去年も何件か、他の部との共同展示が組まれていたらしい。打ち合わせは放課後、コンピュータ部の部室で行われた。机の上に展示資料を広げると、こちらの先輩が要点を説明しはじめる。向かい側には三人。顔を上げたひとりに見覚えがあった。

 藤崎だった。

 軽く会釈を交わすと、彼女はメモを取りながら、説明に耳を傾けていた。特に変わった様子はなく、いつも通りに見えた。

「仕様、ざっと読みました。分岐は三つ程度で整理したほうが体験としては伝わりやすいと思います。」

「展示時間を考えると、それくらいが限界ですね。選択肢の数より、選ぶ感覚の方が大事かも。」

 向こうの先輩たちがそう話しながら、図面を手元で回していく。

「この導線、分岐の直前に一瞬止まる余地がありますよね。そこ、案内文の出し方を少し変えるだけで印象が変わると思います。」

 藤崎がそう言いながら、ノートを開いてメモを加えていた。

「どっちでもいい、って書くと、考えなくなっちゃうから。ちょっとだけ迷える仕掛けにしてみます。」

 僕は頷いた。

「うん。選んだ、って感じが残ると、その後の印象も変わる気がする。」

 言葉のやりとりは簡単なものだったけれど、目の前の図面が少しずつ具体的になっていくのがわかった。まだ試作の段階だけど、伝えたいことが共有されていく感覚があった。

 *

 ビジネス研究会の部室に戻ると、先輩が展示資料のラフに目を通していた。

「図は控えめにして、何を考えたか、の方を出したほうがよさそうだな。全部は伝えられないけど、入口が見えれば十分。」

 その言葉に、僕は静かにうなずいた。

 仮説を立てたこと、それをどうすれば伝えられるか考えたこと。その過程そのものを、展示というかたちで誰かに手渡す。今やっているのは、そういう準備なのだと思う。

 プリントをまとめて帰ろうとしたとき、藤崎から小さな付箋を渡された。

「さっきの分岐、配置を少し変える案。もしよかったら検討して。」

 それだけ言って、彼女はまたノートに目を戻した。受け取った付箋の端に、図面の断片が描かれていた。

 丁寧で、まっすぐな線だった。

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