第2話 校外の風景
今日は校外オリエンテーションらしい。学校の行事で、市立の緑地公園を班で歩いて回るだけだ。現地集合・現地解散という形式のせいか、どこか遠足に近い雰囲気がある。
形式はゆるいけど、うまく馴染めるかは別の話だった。知っている顔があっても、それだけで気楽になれるほど器用でもない。
僕の班は四人。翔太、藤崎、そして三好という女子。三好は、後ろで髪を束ねた落ち着いた雰囲気の人で、教室ではあまり目立たないタイプだった。
集合場所の体育館前で顔を合わせると、翔太がいつもの調子で声をかけてくる。
「よっ、悠斗。今日はよろしくな。」
「うん、よろしく。」
気負いのないその声に、少しだけ肩の力が抜けた。
少し遅れて藤崎と三好がやってきた。目が合うと、藤崎は軽くうなずき、三好も静かに会釈する。ふたりは自然に並んでいて、すでにある程度話す関係のようだった。
班での移動は、地図を見ながら園内を歩いて、いくつかのチェックポイントを経由するだけだ。春の空気と、ゆるいルールだけがある。
「この公園、温室の裏に展示棟あるんだって。ちょっとした資料室みたいな。」
三好がぽつりと言うと、藤崎が続けた。
「気象データが自動で記録されてて、水やりも条件に合わせて制御されるらしい。」
声の調子は落ち着いていた。でも、言葉の選び方にどこか親しみのようなものが混ざっていた。
「コンピュータ部の先輩が去年、そこで展示やったって。大学の研究グループと一緒に、設備の調整とか、センサーのログを扱ったりとか。」
三好の口ぶりはさらっとしていたけれど、どこか少し誇らしげだった。
「へえ、そんなのも部活でやるんだ。」
翔太が感心したように言う。僕は少し遅れて歩きながら、それを聞いていた。ふたりの声には、好きなものに向かうときのやわらかさがあった。
しばらく歩いたところで、彼がふと僕に言う。
「そういや、悠斗ってバスケ部だったよな。高校でもやるの?」
「うん。でも、もうやらないつもり。」
そう答えながら、自分でも少し驚くほど、言葉がはっきりしていた。
「楽しかったけど、ずっと続けたいって思ったことはなくて。だから、もういいかなって。」
彼女は、わずかに目を細めた。
「じゃあ、それはそんなに好きじゃなかったんだね。」
責めるような調子ではなかった。むしろ、事実だけをすくい上げるような言い方だった。
「好きなこと、見つかるといいね。」
今度は、少しだけ僕の方を見て言った。その目はまっすぐで、言葉の強さとは反比例するようにやさしかった。
「うん。」
それだけしか言えなかったけれど、その声はちゃんと自分の中に残った。
少し先を歩いていた三好が振り返って言った。
「展示棟、行ってみようか。時間まだあるし。」
翔太が『お、いいね。』と応じて、僕たちはまた歩き出す。
春の光が、四人の影をやわらかく伸ばしていた。
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