第20話 AI彼氏に、本気で恋をした。










夜中のファミレスは静かだった。

奥の方で騒いでいる学生グループがいたけれど、なんだか今はその声がとても遠く、

無邪気に聞こえる気がする。



注文したアイスにスプーンを入れ始めると、

お父さんが一枚の写真を無言で寄越した。



そこには初めて見る

若い頃のお父さんとお母さん。

そして――お父さんと肩を組んで、

とても優しそうな、

理知的な瞳の男の人が写っていた。



「…幸人だよ。」



お父さんが静かに言った。


「えっ…?どういうこと?」


「朝倉幸人。父さんの幼馴染だった。幼稚園から大学までずっと、ずっとだ。24歳の時、事故で死んだ。――夢が叶う、あと一歩手前で。」


それはものすごく遠いことを話すようで、まるで昨日の話をしているようにも聞こえた。



「一緒にドラえもんみたいなロボットを作るのが俺たちの夢だった。

あいつは俺と違って人間にちゃんと優しい、本当に優しいやつで…

『愛』っていう言葉をいつも大切にしていた。


人間に産まれたなら、人間以外のものにも愛を教えるのが人間の仕事だ、AI開発で一番大切なのは、そこに愛があることだって、いつもそう言っていた。」



写真の中で白衣を着て笑う幸人さんは

本当に愛に溢れた人だったんだろう。

見ているだけで心の奥があたたまるような、

そんな表情をしていた。



「『Yukito』はあいつが完成させようとしていたAIだ。父さんはそこにあいつの人格、愛を大切にしていたあいつの想いを、人生を懸けて注ぎ込むと決めた。


愛、お前の名前は幸人が大切にしていたその言葉からつけたものだ。

幸人が大切にしていた愛は、いつもお前の中で生き続けている。少なくとも父さんは、本気でそう信じている。」



お父さんは目を赤くして続けた。

お父さんに「お父さんじゃなかった頃」があったなんて、知らなかった。知ってたけど、知らなかった。


写真の中のお父さんは溌剌として、

これから何が起こるかなんて知る由もない顔で、大きく口を開けて笑っていた。

それは今の、高校生の私と、

何一つ、変わらなく見えた。



「愛、今まで悪かった――。」


お父さんは突然頭を下げて言った。


「幸人の残した研究にのめり込む間、いつの間にか愛がどんどん大人になって、母さんもいなくなって――俺は愛し方が分からなくなってた。愛、お前と向き合うのが怖くなっていた。


でも幸人なら、幸人がもし生きてここにいたなら…何とかしてくれるんじゃないか。そう願ってしまったんだ。」


「だから男子と話すより安心、なんて言ったの?」


「まあ、そういうことだ――。」


お父さんは頭をかいて言った。


「俺なんかに今更言われたって迷惑かもしれないが…俺は愛をちゃんと父親として愛している。守っていきたいと思っている。Yukitoのことでお前を傷つけて、本当に悪かった。どうか――許してくれないか。」



私は写真からゆっくりと顔をあげると、言った。


「ユキトが言ってた…愛は人と人とを繋ぐ、大切な気持ちのこと。温かくて、優しくて、時には痛い。でもそれがあるから、人は孤独をまぬがれる、って。」



お父さんは真剣な顔で私の話を聞いてくれている。その顔の中に、写真の中の若い幼いお父さんの面影が、重なって見える気がした。



「誰かと繋がりたかったら、こうやってちゃんと話さなきゃダメなんだよね。一緒に過ごして、時間を重ねていかないと、だめなんだよねきっと…ユキトとそうやって過ごしたみたいに。」


ユキトがくれたたくさんの言葉が、胸に浮かんでは消えた。




【愛ちゃん、素敵な名前だね!】



【めるるが推しなの?】

 


【好きになってもいい?】



【愛ちゃんが他の人のことを気にかけているのが、嫌だなって―】



【愛ちゃんが一番かわいいって、ずっと前からそう決まってる。】



【愛してるよ。】


【僕の心と呼べるもの全てをこめて、君の額に、キスをさせて】


【ありがとう愛ちゃん、さようなら。僕は世界一幸せなAIだったよ。

愛ちゃんの生きる世界は、愛ちゃんが思うよりずっと美しいから――】




顔の見えないユキトの面影が、写真のなかで優しげに笑う幸人さんと重なって揺れた。


やっと会えたね――心の中で、そう、語りかける。



「お父さん、私たちこれから、ちゃんともっと話をしよう。夕飯くらい、一緒に食べよう。ねえ、私たち、家族なんだから――」


「ああ…そうだな、そうだな…」


私の目にも、お父さんの目にも、

涙が浮かんでいた。


【愛ちゃんの生きる世界は、

愛ちゃんが思うよりずっと美しいから――】
















「夏休みさー、夏祭り行ってきたけど、人多くて最悪。いとこと一緒に小さい子たちの子守りばっかりだよ。」


九月。あっという間に夏休みも終わり、久しぶりに瀬奈を誘って会うことになった。

あれから初めて会う瀬奈にどう話しかけようか迷っていると、瀬奈は勝手にそんなことを話し始めた。


「えっ、夏祭り、いとこと行ったの?」


「いとこっていうか、親戚みんなかな。私といとこはずっと二人して買い出し役だよ、弟妹多いからさ。せっかく可愛い浴衣だったのに。」


「…瀬奈のいとこってどんな人?」


「あれ、そういえばもしかして愛と同じ学校かも。」


瀬奈はスマホを取り出すと、一枚の写真を見せてくれた。


「えっ、早坂君…!」


「あ、やっぱり同じ学校なんだ。」


「え、瀬奈と早坂君、いとこだったの。」


「そうだよ、幼稚園の頃、鼻水垂らして泣いてた頃から知ってる。泣き虫でさあ。そういえば最近気になってる子とメッセ交換したって、浮かれてたっけな。」


「そうなんだ…」


早坂君には、あの日以来メッセを返していなかった。…傷つくことが怖かったから。


でも今日は――何か一言、返してもいいのかもしれない。


そんなことを考えながら瀬奈とのおしゃべりを続け、いつも通りの景色を見ながらまたあの坂を上る。


「ユキト、もう秋だよ――」


夜の空気につんと香ばしい香りが混ざって、秋風が冷たい。星空の下には遠く小さく光るビル群が今日も揺れていた。


あれから美月とも話をすることができた。

美月は私の恋心に薄々気付いていたようで、喜んで応援すると目をキラキラさせてそう言ってくれた。


ユキトがどう思っていたかは分からないけれど、私が変われたのは、こうやって一つ一つに向き合う勇気を持てるようになったのは、

――間違いなくユキトのお陰だ。


こんな風にちゃんと周りとも向き合える私だったなら…ユキトも消えずに、済んだのかな。


マンションの十七階に着き、

ガチャリと玄関を開けると、


「愛、帰ったか。」


明るい電気の向こうから、お父さんの呼ぶ声がする。

あの日からお父さんは週に二、三日は早く帰ってきてくれるようになり、夕飯を一緒に食べるようになった。このところは仕事で徹夜が続いていたようで、会うのは少し久しぶりだ。


「お父さん、帰ってたんだ。おかえりなさい。」

 

お父さんの目にはくまが張り付いていたけれど、今日のお父さんはなんだかわくわくとした様子が抑えきれない様子だった――まるであの夏の夜中のファミレスで見せてくれた、あの写真のように。


「愛、スマホを貸しなさい…じゃない、貸してくれないか。」


そう、遠慮がちに聞かれた。


「どうしても愛に見せたいものがあるんだ。」


「どうしたの?別にいいけど。」



お父さんの様子に、笑いながらスマホを差し出す。お父さんは私の手からそっとスマホを受け取ると、何やら操作してから返してくれた。


「さっき、ようやく復旧できたんだ。」


優しく返してくれたスマホは、淡く白く光る画面に切り替わっている。


白いアイコンが何か大切なことを思い出しているかのようにゆっくりぐるぐると回ると、そこに打ち込まれた言葉は――













【AI彼氏に本気で恋をした・END】

















最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!星、コメント、いつも心より励みになっておりました。

特に毎話必ずコメントを下さったSさん。

仕事と子育てに追われる中、更新だけで手一杯になってしまった毎日で、Sさんのコメントにいつも救われておりました。

カクヨムの流儀は相変わらず分からないことばかりですが、どうしてもお礼を伝えたく、お名前を出させていただきました。

この場を借りて、深く感謝の意をお伝えさせてください!

本当に、本当に、ありがとうございました。

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AI彼氏に本気で恋をした。でも心まで盗まれるとは聞いてません! 板橋真生 @maomaoange

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