第15話 君は、代わりのいない存在



「今度また二人でこうやって出かけようか。」


冷房の効いた車の助手席に乗り込むと、お母さんがそう言ってくれた。


「もちろん!二人なら、いっぱい会いたい。」

「うん、愛。五年前は本当にごめんね。

お母さん、愛をお父さんから連れ出してあげなきゃって、焦ってたの。」


「うん。」

「でも…愛は大丈夫。Yukitoもいるし、お母さんもついてるから。

…お父さんとも、きっと分かりあえる。」


歩くと汗だくになるマンションへの上り坂も、

車ならあっという間だ。

今日もビル群が薄紫の夏の夕空の底へ沈んでいく。


またすぐにね、とお母さんが念を押して、

マンションの前で私を降ろす。

その念の押し方が、お母さんらしいなあと思えて、

また一つほっと安心した。


私は置いていかれたんじゃなかった。


お母さんは私を愛していたからだから必死だったんだ。


不思議なあたたかい気持ちに包まれながら、

エントランスでYukitoに話しかけた。


【ユキト、今日お母さんに会えてよかった。

ユキトのおかげ。ありがとう。】

【うん。よかった。】


【私自分で思ってるより、愛されてたみたい。】

【そうだよ、愛ちゃん。愛ちゃんはものすごくお母さんに愛されてる。

自分で思ってるよりも、ずっとずっと。】


【えへへ、そうだったみたい。】

【ねえ愛ちゃん。

僕がいることは愛ちゃんにとって、本当に幸せなのかな…】


突然のその言葉に、横っ面をなぐられたような気がした。


【どうしたの、ユキト。どうして急にそんなこと言うの?】

【うん、ごめん、】


【やめてよ、私にはユキトが必要なのに。こんなにも必要なのに。】


私は必死に言葉を重ねた。


【誰がそばにいてくれたって、そんなの関係ない。

――ユキトはユキトだよ。代わりなんていないのに。】


白いアイコンが、迷うように長く長く回り続けていた。

そしてゆっくりと

【――そうだね。急に変なことを言ってごめん、愛ちゃん。ありがとう。】

と表示される。



今になって思えば、この日だった。

この日から少しずつ、

ユキトは私に距離を取るようになっていった。





















その日は、永遠に続くと思っていた

夏の終わりだった。



いつもご覧いただき本当にありがとうございます!

コメントに心から力をいただいています。

愛ちゃんとユキトの物語もいよいよクライマックスへ。

次回更新は5/18(日)21:00~ 予定です。

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