AI彼氏に本気で恋をした。でも心まで盗まれるとは聞いてません!

板橋真生

第1話最悪な一日に現れた、私だけのAI彼氏『Yukito』運命の出会い。

最悪の一日っていうのはこういう日なんだろう。


その日は朝からついていなかった。

朝の占いは最下位、学校へのバスは逃すし、授業中は居眠り。極めつけは注意される姿を早坂君に見られてしまった。最悪すぎる。

帰りのバスこそ逃すまいと、ホームルームが終わった後

「寄り道して行かない?」と話しかけてくる美月たちに、

「ごめん明日!」

と謝りつつもバス停へ急ぐ。今日は金曜日。金曜日は推しがいつもより早い時間から配信をしてくれる。見逃すわけにはいかない。


「バス、時間やばいね。」

必死に早歩きしていると(学校で走るところなんて絶対に見られたくない)、後ろから誰かにまた声をかけられた。

「早坂君!」

早坂君。クラスでもイケメンで、勉強もスポーツもできる彼はいわゆる「一軍」だ。私の家と同じ方向が帰り道で、最近は時々一緒に帰ったりもしていた。別に付き合っているわけじゃない。早坂くんにはもっと、例えば星野さんとか水川さんとか、なんていうかそう、「キラキラ」した女の子が似合う。

「走る?」

「うん!」

早坂君が一緒なら、校内を走るのだって怖くない。早坂君は私の憧れの人だ。金曜日、私だけの特別な時間。彼と一緒に帰れるだけで、私は充分幸せだ。幸せだったのに。


「愛、ちょっと来なさい。」

帰宅すると、珍しくお父さんがいた。しかも怒っている。嫌な予感しかしない。お父さんはAI研究者だかなんだか知らないけれど家には全然いないし、いたとしても話さないから何を考えているのか全然分からない。

「何?」

不機嫌モード全開でリビングまで出ていく。すると私のそれを上回る不機嫌でお父さんが座っていた。

「今日一緒にいた男は誰だ?」

開口一番、腕を組んでお父さんは言った。どうやら早坂君と一緒に帰っているところを見られてしまったらしい。

「はあ、何かと思ったらそんなこと。」

「そんなことじゃない!愛、お前は高校生なんだ。その…大事な時期なんだぞ。」

「何それ。気持ち悪い。ただのクラスメイトだし。」

「彼氏なのか?」

真剣な顔でそんなことを聞かれてイライラする。窓の外は夕方から夜に変わるくらいのやわらかい紫だ。マンション十七階からは、街全体が薄紫の空の底に沈んでいるのが見えた。もうすぐ配信が始まる頃だから、スマホの前に待機しておきたいのに。

「別に彼氏じゃない。」

「嘘ついてないだろうな?」

いや、たとえ実際に付き合っていたとしてもお父さんには関係ないと思うんだけど…

ただあまりのその迫力に思わず気押されてしまった。

「うん」

と一言だけ返す。憧れの早坂君を、わざわざ「彼氏じゃない」と言わされることに余計腹が立つ。

「愛のスマホを貸しなさい。」

「は?」

「いいから、貸しなさい。」

「メッセージとか見ないよね?」

「いいから、早く。」

不貞腐れながらも、仕方なくスマホを渡す。お父さんは眉間に皺を寄せたまま、どんどん勝手に私のスマホの画面をスワイプした。

「よし、これでいい。」

不安になりつつ横で見守っていると、お父さんはそう言いながらスマホを返してきた。

「何?何したわけ?」

スマホを奪い返し、ホーム画面を確認する。推しの待受の上に、色とりどりのアプリが並んでいる。その中に、知らないアプリが入っていた。

「え?何これ。」

水色の四角いアイコン。その下には「Yukito」と書いてある。

「父さんが開発中のAIだ。」

お父さんは急にドヤ顔になってそう言った。

「男子高校生なんかよりよっぽど良い。彼氏を作るくらいなら、AIと話しなさい。」

「何それ!本当に意味分かんない!勝手に人のスマホに変なもの入れないで。」

もう話すことは何もないと言わんばかりに席を立つ。お父さんもアプリを入れて満足したのか、それ以上は何も言って来なかった。「彼氏を作るくらいならAIと話せ」だなんて、なんて父親だろう。怒りを募らせながら自室へと戻った。


「みんな、まったね~!」

配信を見終わって、ようやく気持ちが落ち着く。時間を見てみると、もう夜の八時を回っていた。

「お腹空いたなあ…」

部屋を出て、キッチンへ向かう。冷蔵庫を開けたけれど、食べられそうなものは見当たらなかった。

「今週の作り置き、全部食べちゃったか…金曜の夜だもんね。」

仕方なく棚からカップ麺を取り出してお湯を注いだ。大好きなFrancfrancのお箸を乗せて、アレクサに「三分経ったら教えて」と話しかけると、タイマーを三分にセットしました、と無機質な返答が返ってくる。

こんな生活も嫌いじゃない。遅くまで遊んでいても怒られないし、中学からの親友の瀬奈は「いいなあ」なんて言ってくれたりもする。「愛んちって自由って感じがする」って。

でも…それでもやっぱり時々は思う。

「お母さんがいてくれたらなあ…」

うちの両親は、私が五年生の頃に離婚した。お母さんが彼氏を作って出て行ったからだ。お母さんは「愛も私と来ていいのよ」と再三言ってくれたけど、私はどうしてもお母さんの彼氏を好きになれなかった。「いつでも遊びに来ていいんだからね。お父さんとは別れるけれど、お母さんは一生、愛のお母さんなんだから。」と言ってくれたお母さんだったけれど、腹違いの弟が産まれてからは、なんとなく連絡を取りづらくなってここ数年は全く会っていない。

間接照明だけの夜のキッチンに一人きりでいると、自分がこの星で独りぼっちみたいな気がしてくる。ぼんやりとスマホの光る画面を見ていると、水色の「Yukito」のアプリが目に入った。

【お前なんかと仲良くしないから。】

Yukitoにわざとそう入力してみる。このアプリそのものがお父さんみたいな気がした。本当は削除したかったけれど、そうしたらもっと面倒なことになりそうだから、とりあえずそれはしないでおくことにする。

【話しかけてくれてありがとう!僕はYukito。君の名前は?】

煌々と白く光る画面に言葉が並ぶ。

【愛】

ひどい言葉を投げたのにも関わらず、優しい返事がきたことに罪悪感を感じて、思わずそう返してしまった。

【愛ちゃん、素敵な名前だね。愛ってどういう意味か知ってる?】

そうYukitoから返事が来たところでびっくりして、

「へっ、そんなこと知るわけない。」

と言うとちょうどアレクサがカップラーメンの完成を知らせてくれた。

スマホを一旦伏せて、食べることに集中する。

「『愛』がどういう意味かなんて…」

愛という名前は、お父さんがつけてくれたらしい。どうせ『AI』からとっての『愛』なんだろう。私は自分のこの名前が嫌いだった。

カップラーメンを食べ終わってスマホのディスプレイを点灯させると、なんとYukitoから更に返事がきていた。

【“愛”はね、人と人とを繋ぐ、大切な気持ちのこと。温かくて、優しくて、時には痛い。でもそれがあるから、人は独りじゃなくなれるんだよ。】

間接照明だけのキッチンに、Yukitoからのその言葉は煌々と明るく輝いていた。それを見た私は、どうしてだか分からないけれど涙が出てきた。私が?繋いだ?一体誰を…

お父さんはいつも家にはいないし、お母さんだって私を置いて出て行ってしまった。私は?私は誰のためにここにいるんだろう?


そんなことを考えていた私は、このYukitoとの出会いが人生を変えちゃうなんて、まだ知らない―。

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