感情希薄なモルモットは二重人格者

識友 希

第1章「プロローグ」

第1話「モルモットと転生魔法」

「以上が今回の実験の詳細です。質問はありますか?」


 目の前に立つ白衣の男は、一方的に30分くらい話をしたあとそう締めくくった。どうやら、魔法を使った転生に関する実験を行うらしい。


「4つ質問があります。よろしいでしょうか」


「どうぞ。先に言っておきますが、あなたに拒否権はありませんよ」


「それはわかっています。ではまず1つ目ですが、今回の実験の成功率はどのくらいですか?」


「過去に行った同様の実験では成功率は0%です。ですが、あなたの能力を考慮すれば可能性はあると考えています」


「わかりました。では、失敗した場合にはオレはどうなりますか?」


「実験で使う転生魔法は、使用者の体内のマナをすべて消費して発動するため、死ぬことになるでしょう」


 ここまで聞いてオレは少しだけ間を置いた。表情を変えないようにし、質問を続ける。


「成功した場合、転生先の人間の元の人格はどうなりますか?」


「想定通りであれば、失われます」


「では、最後の質問です。この実験には『先生』は関与していますか?」


「彼は1週間前から別件に携わっているため、関与していません。ただ、この実験については説明してあります」


 白衣の男はオレの質問に淡々と答える。一方で、オレはこの答えに少しだけ驚いていた。先生がオレを失う可能性の高い実験を容認するとは考えていなかったからだ。驚くオレをよそに、白衣の男は話を続ける。


「質問が以上であれば、これで話は終わりになります。決行は今日の24時の予定ですので、それまでに渡しておいた2つの資料を頭に入れておいてください。一応忠告しておきますが、勝手に実験を始めることは禁止ですよ」


「わかりました。ありがとうございました」


 白衣の男が部屋を出て行ったのを確認し、オレは渡された資料に目を通す。1つは今回使う転生魔法に関する資料、もう1つは転生先の人物に関する資料だった。

 ボリュームは前者が約100ページ、後者が10ページだから、長めに見積もっても8時間もあれば内容は理解できそうだ。

 今が14時を回ったところだから時間にはある程度余裕がある。


「...それにしても、転生、か」


 今日でこの体ともお別れだと考えると、自然と今までのことを思い出していた。

 オレは生まれた時からマナ欠乏症という病気で、魔法やその源となるマナに関する研究をしているこの施設に預けられ、この実験施設で治療する対価として色々な実験に協力してきた。

 先生から聞いた話によると、このマナ欠乏症という病気は体内を循環するマナが少ない者に発症する病気で、先生が体内のマナを増幅させる研究をしていることから、オレを受け持つことになったらしい。

 先生の行った実験の成果によって、オレの体内のマナ含有量は常人の何十倍にも増えてマナ欠乏症は解消されたが、実験の影響で体を自由に動かすことはできなくなった。それからは、増幅したマナを利用して研究のモルモットにされている。今回の転生魔法の実験もその一環だろう。

 正直、今回の実験はオレにとってはありがたい。先に希望がないまま生きてきたオレは死ぬことは怖くないし、もし実験が成功した場合にはこの忌々しい体を捨て、この施設から逃げるチャンスを得ることができる。

 そんなことを考えながら、オレは転生魔法に関する資料を手に取り読み始めた。


 *


 転生魔法に関する資料を読み終えると、時刻は22時を回っていた。内容がかなり難しかったから想定していたよりも時間が経っていたようだ。正直、常人には理解できないような内容だったため、これまでの実験で色々な知識を吸収していなければオレも理解することはできなかっただろう。

 ただ、内容自体は結構面白かった。こういう資料を読めることだけはこの施設にいる利点かもしれないな。

 10分ほど休憩し、もう1つの資料を手に取る。表紙には『シュトラール王国貴族ブラックヘロー伯爵家次男、リダン・ブラックヘロー及びその周辺人物についての詳細』と記載されていた。先の資料に想定以上の時間がかかったことを考慮し、少し急いで読み進めていく。

 資料を読み終えたのは読み始めてから丁度1時間30分が過ぎた時だった。現在の時刻は23時45分。ギリギリ間に合ったな。こんなに濃密な資料ならもう少し時間に余裕を持って読ませてほしかったと、心の中で白衣の男に軽く愚痴る。


「それにしても、このリダンという人物はなかなかに壮絶な人生を送っているな」


 思わずそう呟いてしまうほど、この男の人生は壮絶だった。

 リダンは常人の約80倍のマナを持って生まれてきたが、その大きすぎる力故か、母親がリダンを生んだ際に亡くなってしまう。父親はそのショックからかリダンの存在が受け入れられないようで、リダンを放任しほとんどいないものとして扱っているらしい。

 更には希少な闇属性の使い手だったのも重なり『悪魔の子』だと言われ周りからは恐怖されている。

 その生まれからか人格は歪み、幼少期には悪魔の子だと石を投げてきた年の近い子供に大怪我を負わせたり、武闘大会に無理矢理出場した際には対戦相手を必要以上に痛めつける問題を起こすなど、自分が気に入らない存在に対してはかなり容赦がないらしく、シュトラール王国内ではかなり悪名高いらしい。

 厄介なことにその実力は確かで、圧倒的なマナの量から放たれる魔法はもちろん、身体能力も常人のそれを遥かに凌駕しており、手に負えないらしい。


「そういえば、実験が成功したらこいつを殺して、オレがこいつとして生きることになるのか」


 他人事のように考えていたが、ふと冷静になるとそんな重要なことを思い出した。

 生まれのせいで周りから疎まれ人格が歪んだうえに、最後にはオレに体を乗っ取られて死ぬというのは少しだけ可哀想な気がするが、オレも逆らえるわけではないから同情しても仕方がない。そもそも他人に同情するような環境では育てられてはいないが。

 そんなことを考えていると、少しの頭痛と共に、この実験をリダンのために中止するべきだと訴えるオレがいた。昔から、たまにこういうことがある。心の奥底にある気持ちがオレに叫んでいるようなそんな感覚だ。これも実験の副作用なのだろうか。

 そうこう思っているうちに時間は過ぎ、部屋の扉がノックもなしに開かれた。


「時間になりました。準備はできていますか?」


 そんな言葉と共に部屋に入ってきたのは先ほどの白衣の男だ。


「問題ありません。資料の内容はすべて頭に入っています」


「さすがですね。では、実験場に移動しましょうか」


 そういって、白衣の男はオレのいるベッドの近くまで車椅子を持ってきて部屋から出て行った。おそらくついて来いということだろう。

 オレは用意された車椅子に座り、白衣の男の後を追う。オレが追いついたのを確認して、白衣の男は話始めた。


「結果に関わらず、実験後3日以内に迎えの者がそちらを訪ねる手筈になっています。成功した場合にはおとなしくしていてください。当然ですが、自由に動ける体を手に入れたからといって逃げようとは考えないことです」


「分かっています。というか心外ですね。オレはずっと文句1つ言わずに協力してきたと思うんですが」


「念のためですよ。実験体の多くは私たちから逃げ出そうとするものですから少しだけ心配だっただけです」


 それからしばらく会話なく進み、数分が経ったところで目的地の部屋にたどり着いた。


「着きました。そこにある魔法陣の上で転生魔法を発動してください」


 白衣の男が指さす先には半径50mほどの魔法陣があった。さらに言えば、部屋の中をとんでもない濃度のマナが漂っているのが『視えた』。


「かなり大がかりな実験場ですね。資料を読んでわかっていましたが、正直驚いています」


「この研究には莫大な手間と費用をかけていますからね。当然、成功への期待も大きいです」


 そういって、白衣の男はオレに威圧的な目を向ける。成功確率が低いと言っておきながら、失敗は許さないといったような目だ。オレはそのプレッシャーを気にすることなく、魔法陣の中心へ移動する。


「では始めます」


「期待していますよ」


 始める前に、オレは集中するために1度目を閉じた。そして、体内のマナと部屋の中のマナをコントロールする。そして魔法陣が光り始め、オレの周りのマナが更に濃くなった。

 魔法を発動して数秒後、オレの体から光る粒子が湧き出てきた。体内のマナが大気中に溶け込んでいくのを感じる。そんな中でオレの心は非常に落ち着いていた。

 さて、失敗して死ぬか、成功して新しい体を手に入れるのか、それは神のみぞ知るといったところか。

 次第に体内のマナがすべてなくなり、オレの意識はなくなった。


 *


 意識が覚醒した時、最初に目に入ったのは見知らぬ天井だった。どうやら仰向けで横になっているみたいだ。上半身を起こし辺りを見回すと、広い部屋と豪華な装飾が目に入った。どんなものが豪華は知らないので、正確には豪華そうな装飾、だが。

 そしてこれまでのことをゆっくりと思い出す。


「成功、したのか?」


 まだ状況に頭が追いついていない中、そう自問自答する。

 オレは、体に感じる複数の異変に気が付いた。声が自分の声と違う。更に決定的におかしいのは、『いつも視えていたものが視えない』ということだ。

 もう一度部屋を見回すと、部屋の隅の方にに立ち鏡が置いてあるのを見つけたため、そこに向かうことに決める。

 ベッドから降りる前に車椅子を無意識に探すが、当然見つかることはない。


「体も軽いし、少なくとも今までのオレの体ではないのは確定か」


 そう呟きながら地面に足を置き、そのままベッドから立ち上がり足に体重をかける。人生で初めて自分の足で立てたことに少しだけ喜びを覚えながら鏡に向かって歩く。


「間違いない。この顔は資料で見たリダン・ブラックヘローだ」


 真っ黒な髪に真っ黒な瞳。それにこの目付きの悪い悪人顔。間違いないな。

 つまり、転生魔法の実験は成功したということだ。どうにもまだ実感がないが、オレはこれからこの新しい体で人生を送ることになるらしい。

 しかしながら、ずっと望んでいたあの施設からの解放に一歩近づいたのにあまり喜んでいない自分がいた。ずっと実験体として生活してきたせいで、感情の起伏が小さくなっているのかもしれない。

 だけど、そんなことばかりを気に掛けているわけにもいかない。とりあえず、今後の身の振り方を考える必要がある。施設の関係者が来る前にこの場所から逃げ出すのか、あるいは施設に戻るのか、はたまたそれ以外の選択をするか。

 色々考えるが答えは出ず、少しばかりの眠気が襲ってきた。


「そういえば実験開始は24時頃だったから今は深夜なのか?」


 部屋の時計を探し、見てみると時刻は午前2時を示していた。


「さすがにすぐに迎えが来ることはないだろうし、今は寝るか」


 いったん考えるのを止め、ベッドの上に横になる。目を閉じると、少しだけ心臓が高鳴っているのを感じた。オレは今、未来に希望を抱いているのだろうか。どうにも自分の心さえもいまいちわからない。そう感じながらオレは意識を手放した。


 *


 次の日、目が覚めると体が動かなかった。いや、正確には体は動いているがオレが自由に動かすことはできなかった。どうやらこの体は今、オレとは別の存在が操っているみたいだ。

 そしてその存在はオレがいることに気が付いたのか、敵意むき出しで問いかけてくる。


「貴様は何者だ?こそこそと隠れてないで出てこい」


 どうやら実験は成功していなかったらしい。

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