13-2 二年生・一月(7)

 あたしはラルヴァ撃沈へのシナリオを説明した。サーバーをDDoS攻撃で落とした後、復旧のために現われるであろう管理者を見つけ出し、交渉してラルヴァの管理権限を明け渡してもらって、信頼のおける情報メディア部の有志の手で封印する。

 なんとか説明し終わった後に「質問、いい?」と手が上がったので、「もちろん」と促したところ、それを皮切りに次々と質問が出てきた。

「この程度の人数でサーバーは落ちるのか」「位置が不明なのにどうやって管理者を発見するのか」「相手がわからないのに交渉の余地はないのでは」「圧倒的な負荷をかけて物理的に破壊する方が早いのでは」「第二第三のラルヴァが出現するのでは」……。

 さすがこの辺は高偏差値なだけあって、危うい会社の株主総会かよってくらい質問が手厳しい。麻路代ってぇ……と思いながら、言える範囲で返事をしていく。

 サーバーは最悪、バットでボコボコにしてもいいけど、健翔的には情報収集のために回収したいとのこと。もったいない精神だ。第二第三のラルヴァについては、ここにいないラルヴァ民も大多数が「ラルヴァはない方が良い」と思っているはずだから普及しないと思う。

「サーバーが校内にあるってことは確定してるから、人海戦術で捜査網を作ればなんとかなるんじゃないかなーって見込み。そのための人手はいくらでも欲しいから、友達とか誘って参加を呼びかけてもらえると……って、冴えないバンドのライブのお誘いかって感じだけど」

 共犯者たちの中から笑いが漏れる。いいな、この連帯感。具体的な計画が出てきて、弾みがついてきた。

「よし、今日話したいろいろは特設サイト作ってあるから、これから配るQRコードから見て。閲覧制限はパスワード443119、『しじみの消防車』で解除できる。URLのシェアはしていいけど、絶対にラルヴァに書かないように。えーと、ほかに何か確認しときたいことある?」

「は、はい!」

 勢いの良い挙手。見ると、一番最初に「ラルヴァはいらない」と主張してくれた、多分一年生の女子だった。

「はい、なに?」

「あの、兎褄先輩と朝烏先輩って……その、本当のところはどうなんですか?」

「え」

 ごくり、という音がめちゃくちゃ大きく聞こえた。その場にいる全員が、一斉に唾を呑み込んだ音らしい。そんなシンクロニシティある……? と思った時、あたしは自分が今、どういう立場にいるのかを悟った。

 あ、そうか──今まで、あたしに詮索が届かなかったのは、ラルヴァの抑止力があったからで……そのくびきから放たれた今、旺盛な好奇心を止めるものはなくなった。

 そしてここにいる連中は、あたしと麻路のキスを見んがために集まった精鋭たち。全員がものすごい目付きをしてあたしの返事を待っている。

 想定外の展開に、心臓がバクバク言い始めた。え、どうしよう。なんて言えばいいんだ。フリです、って言っちゃう? でも、それはあたしの感情に嘘をつくことになる。実際、あたしは麻路が好きだ。愛沙先輩にキレてしまった手前、あたしがそれを破るのはあり得ない。

 嘘、嘘でしょ? ここで、言っちゃうの、あたし?

 口元がわわわわわわとわなないた。そこから言葉がぽろぽろと勝手に漏れ落ちていく。

「あたし……は……」

 視線が怖いくらいにあたしに集まって、猛烈な集中線となってあたしに突き刺さる。どんだけだよ、必死すぎるだろ、とちょっと面白くなる。そうしたら、少しだけ心に余裕ができた。

 ああ、もう……ここまでこいつらを巻き込んだ以上、今更か。

 観念して、あたしは打ち明けた。

「麻路は営業のつもりだと思うけど……あたしはあいつのこと──好き……っ」

 ぶわっと顔が熱くなって、思わず手で覆ってしまった。もう、何も考えられない。言っちゃった。さっきまで嫌いだった連中に言っちゃった。あたしの気持ち。もう、何? 何してんの、あたしは、こんな乙女みたいに恥ずかしがって、今日日こんなのどこの少女漫画でもやらないよ。でも、ダメだ。恥ずかしすぎる。死ぬ。死にたい。穴に入りたい、ドーナツを揚げる時の型に空いてる穴から飛び込んで、からっと揚げて欲しい。

「あ……ありがとうございます」

 なんてあたしが悶えてる間に、質問者の女の子がお礼を言って座った。ちら、と顔を覆った指の間から共犯者たちの様子を窺ってみると、なんか、異様な雰囲気が漂っている。感動的な映画を見終わった後みたいな、さめざめとした、感じ入るような顔が並んでいた。

 何これ──あたしは呆然としつつも、ぶんぶん首を振って熱さを振り払って言った。

「じゃあ、今日はこれにて解散ってことで……」

 早く終わって欲しくてそう告げると、みんなぞろぞろと立ち上がり、どうしてかわざわざあたしの前を通って、口々に声をかけてきた。

「頑張れ」「頑張って」「応援してるぞ」「頑張ってくれ」「きっと届くよ」「ファイト!」……。

「あ……うん……どうも」

 何、この激励タイムは。もしかしてあんたら、割とピュアな心であたしたちの仲直りを見届けようとしてたの……なんだろう、複雑な気持ちだけど、どちらかというと心の温かさの方が勝って、心強いような気持ちになった。なんだ、実際話してみたらいいヤツらじゃん……。

 同時に、あたしは申し訳なくなった。実はもう──終わっちゃってるんだけどね、って。


 ともあれ、これで準備段階でのあたしの役割は終わった。成果はヤバいくらいの上々。

「……協力者の人数が凄まじい。一〇〇人に上る見込みだ」

 計画実行前夜の会議通話で、健翔はそんなことを言った。

「そんなに……」と麻路が絶句している。あたしは鼻が高かった。学食に集いし四〇人が仲間を増やしてくれたのだ。

「それ、あたしと麻路のファンクラブの人数だから」

「一体何をどう演説したららそこまでいくの」

「……それは企業秘密」

「あなたは個人でしょ」

「この数なら捜索にも交渉にも十分だ。あとは全部こっちに任せてくれ」

 健翔の喋る裏ではカチャカチャとひっきりなしにキーボードを叩く音がする。何をしているのか知らないけど、めちゃくちゃ頼りがいがあるな。お言葉に甘えてあたしは眠っていよう。

「……すごい。ラルヴァ、どうにかできちゃいそう」

 愛沙先輩がぽつりと言った。

「あんな大きくて、どうしようもなくて、わたしなんかが何かやっても絶対にかなわないし、何も変わらない、耐えるしかないものだと思ってたのに……みんな、すごいよ」

 その上向いた声色にあたしは安心する。先輩が希望を持ってくれることが一番嬉しい。

「えへへ、どうってことないすよ。それより、もしうまくいったらここのメンバーで次の夏休み、また同じお祭り行きましょ! 去年もなんだかんだ、ここのメンツ揃ってたわけだし、高校最後の思い出に!」

「あ、行きたい行きたい」と愛沙先輩がはしゃぐのに、「全員受験なのに暇あるのか」と健翔が呆れたように言う。受験? ……ああ、あたしの。考えたくなさ過ぎて完璧に忘れていた。

「そうね……」

 控えめな麻路の声が、心持ち遠く聞こえた。

「あれ、麻路、眠たいの?」

「……少しだけ」

「そっか。じゃあ、今日はお開きにして明日に備えよう」

 あたしが言うと各々了解して、続々と通話から去っていった。完全に静かになった後、あたしは深く息を吐く。と、気が抜けた途端、あたしの脳裏に自分の言葉が蘇ってきた。

 あたしはあいつのこと──好き……っ。

 恥ずかしいーっ! あたしはベッドで大暴れした。それからすんと静止して物思いに耽る。

「……これからどうなっちゃうんだろ」

 わからないけど、麻路の愛沙先輩への気持ちと同じように、あたしの気持ちも宙ぶらりんのまま、どこまでも時の流れに任せていってしまいそうな気がした。

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