12-1 二年生・一月(6)

 あたしと麻路はフルネス屋上駐車場のベンチに並んで座っていた。

 ずっと張り詰めていた気が抜けたからか、麻路は美術館の彫像みたいに綺麗な姿勢で目を閉じて眠っていた。あたしは起こさないように、その銀髪をハーフツインに結ってあげる。

 うん……そう。これでこそ、朝烏麻路だ。あたしは満足すると隣で縮こまった。


 フルネスまでの道中で、麻路から愛沙先輩を連れてくるまでの一部始終を聞いていた。

 愛沙先輩はラルヴァに自分自身のことが根掘り葉掘り、掘り返されたことにショックを受けて、ベッドの中から動けなくなった。毎日、綱渡りのように細い気力でやりくりしてきたものが一気に切れて、全てのやる気──いや、「やる気」というと、なんだか心持ち次第でどうにでもなる気がしちゃうから、「活力」と言った方が良いけど、それがなくなってしまって、起き上がれなくなった。あたしたちが怖れた通りの状態だった。

 麻路が家に向かうと愛沙先輩のお母さんと、連れ子という小さな兄弟がいて、最初は丁寧な態度で追い返された。「そのうちやる気出して、ちゃんと行くと思うから大丈夫。いつもそうだから」。食い下がって留年の危機であることを告げると「なら尚更、ちゃんと行くと思う。しっかりした子だから」。更に粘って部屋に入れて欲しい、と懇願すると「あの子のことはちゃんと理解してる。だからお構いなく」と少し強い口調で言われた。

 それから健翔と合流して、先輩へ鬼のようにしつこい電話を繰り返したけど、無反応。時間を置いてもう一度訪問するも、再び母親に「平気だから」と門前払い。人の家の事情に首を突っ込むな、といわんばかりのつっけんどんな態度。「守ろうとしてるな」と健翔は分析した。

「愛沙を?」

「いや、母親である自分を」

「欺瞞ね。全然、愛沙のことを見てあげてないじゃない……」

「同意するが、正論は無意味だ。もう愛沙さんを信じるしかない」

 結局、愛沙先輩が現われたのは昼を大きく過ぎてからだった。すぐに健翔が呼んだタクシーで三人は学校に向かった。この世の終わりみたいな空気だったという。

「ごめんなさい……ごめんなさい……頑張れなくて……ごめんなさい……」

 後部座席、凍り付いたような無表情で虚空を見つめる愛沙先輩の頭を抱き寄せて、麻路は「大丈夫」と繰り返し伝えた。

「大丈夫……誰も愛沙のことは見てないから……誰も気にしてない……あなたは誰にも縛られない……だから、大丈夫……」

「ううん、大丈夫じゃ……ないよ……わたし……もう……終わるしかないよ……」

 他校のことは知らないけど、少なくとも世曜高校の留年生の中退率は高い。ラルヴァに見られながら、愛沙先輩がもう一年、あの母親と一緒に重圧を耐えていけるのか、怪しい。

「大丈夫……大丈夫……」

 麻路の声は虚ろに響く。車が学校へ近づいていた時点で補習の始まる時間になっていた。

「まあ、元気出してさ、生きてりゃなんとかなるよ」

 タクシーの運転手さんはそんな頼りないことを告げると、運賃を割り引くとかせず額面通りにきっちり受け取って去って行ったとか。普通の大人だ。費用は健翔が全額持った。

 その後、補習室まで行って堀川に事情を説明したけど、今まで制度的なギリギリまで温情をかけてきたこと、ここで新しい例を作ってしまうと今までの留年者たちに対してフェアじゃなくなってしまう、という理由を高圧的に告げられる。

 愛沙先輩は卒業要件を満たせないことが確定した。

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