蛇足・後
私、砂屋花ユミは漫画研究会の会長である。
しかし、校内ではその肩書きよりも
『前橋レンのハーレムメンバーの1人』
の方が知られている。
なんたる屈辱。
だが、私がこの状況に身を置いているのには理由がある。
とても深刻な、私の将来を左右しかねない重要かつ、重大なり「『描いてる漫画のネタに困って、取材のために入り込んだら抜け出すタイミングを見失った』って素直に言いましょうよぉ~」……。
私の目の前で、外見だけはド級に優れているクセに、ハラワタが腐りきっている女がニッコリと微笑んでいる。
同じクラスの引船カレン。
前橋レンの幼馴染みにして、ハーレムの中核と言われている女だ。
しかし、本人は前橋の事が昔から嫌いだったと言う。
妙な事を言う。
嫌いな奴ならば関わらなければ良い。
顔を見た瞬間に横っ面を 引っ叩いて『昔から嫌いだったの、もう二度と私に近付かないで』とでも言ってや「それやっちゃうとお隣さん処か私のお家の中までギスギスしちゃうんですよぉ~」……。
「私のお母さん、初対面の頃からレン君を気に入ってましてぇ、私の事よりもレン君の事ばっかり気に掛けるんですよぉ~?」
ヒドイですよねぇ~?
引船カレンが同意を求めてくる。
それに応える前に、私にはどうしても言わなければいけない事がある。
「? なんですかぁ?」
「人のモノローグを侵略するんじゃないよぉ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
砂屋花さんに怒られてしまいました。
けれど、今までの貴女の考え事、全部口に出てましたよ?
そう言ったら、本人は『またやってしまった……』と落ち込んでいました。
どうやら癖だったようです。
「まぁ、私の事はどうでも良いのよ」
そう言って、砂屋花さんは平静を装います。
正直、色々と茶々を入れたい気分ではあるのですが、これ以上はヘソを曲げられることになるので、受け入れることにしました。
「……」
何故か不信感を宿した目で睨まれます。
勘の良い人ですね。
「……、まぁ、良いわ」
「それで、どうして私にだけ、貴女自身の事を打ち明けたの?」
「正直、貴女と信頼関係を築いてきた記憶なんて、全く無いんだけど?」
砂屋花さんは、私の目を見て言いました。
オブラートに包むということを知らないのでしょうか?
まぁ、信頼関係なんか全く無いっていうのは、その通りなんですが。
「砂屋花さんの目的を知ってぇ、善意でお手伝いをしたいなぁって言ったら信じますぅ?」
「答えの解りきってる質問して楽しい?」
「はいぃ~、相手の時間を奪い取ってるぅって瞬間が特にぃ」
笑顔で応じる私に、砂屋花さんは苦虫を噛み潰したような顔をします。
ああ楽しいけない、いけない、話を進めないと。
「実はぁ、砂屋花さんに協力してほしいと思いましてぇ」
「私に?」
砂屋花さんは眉をひそめます。
「えぇ、私の進路、将来について」
「貴女の将来に、私の力が必要になるとは思えないんだけど?」
テーブルに片肘をついて、憮然とした顔をします。
「学年2位の学力の才媛が、今年の卒業も危うい留年生に何を頼むってのよ」
長い足を組み替え、砂屋花さんはどこか遠くを見つめます。
ヨレヨレの制服に包まれたスレンダーで高い身長に、ボサボサの髪と濃い隈に隠れているけれど、目鼻立ちのハッキリした顔、ちゃんとオシャレをすれば、周りが放っておかないと思うんですけどねぇ。
「……? 何よ、人の顔ジロジロ眺めて」
「いえ、本当に『残念美人』って居るんだなぁ、って思ってぇ」
「喧嘩売ってる?」
「バカにはしてます」
キェーーーーーー!
砂屋花さんが襲い掛かってきました。
「それでぇ、話の続きなんですけどぉ」
少々ごたついたりはしましたが、本来の話を進めるべく私は口を開きます。
砂屋花さんを床に組み敷いた体勢で。
「何ナチュラルに話進めようとしてんの!?」
私に腕を拘束され、馬乗りになられた砂屋花さんが叫びます。
あまり大きい声を出さないでほしいです。
誰か来たらどうするんですか?
「私たちぃ、3年生で今年卒業じゃないですかぁ~」
「マジで話を進めるの!?」
何よコイツ!? 怖っ!!
砂屋花さんがいちいち五月蝿いです。
「ねぇ~、砂屋花さん?」
私は砂屋花さんの耳元に顔を近付けて、囁きます。
「あんまり騒ぐと、破っちゃいますよ?」
『膜』
砂屋花さんの顔色が真っ青になりました。
「わ、わわわ私がそそそんな脅しに、くっ、屈するとでも!?」
意外と負けん気の強い人だったようで、砂屋花さんは、震えながらですが言い返してきます。
まぁ、私もソッチの気は無いので、実行したりはしませんけど……。
「じゃあ、砂屋花さんの描いた漫画を生徒会で朗読します」
「マジでナマ言ってスイマセンでした」
それだけは勘弁してください。
砂屋花さんは真顔で答えました。
「別に協力するのは良いんだけどさぁ?」
「よく考えたら、生徒会室でエロ同人の朗読なんかしたら、ダメージ受けるのアンタもじゃない?」
自分はエロ同人しか描いていないと自白した砂屋花さんは、己のミスにも気付かずに私に問いかけます。
「別に構いませんよぉ?」
「どうせ卒業したら出て行くんですから、どんな悪評が立った所で、大した痛手にはなりませんよぉ」
「……そのニュアンスさぁ、出て行くのは学校だけじゃないって言ってる?」
砂屋花さんが、私の言葉の裏を言い当てました。
やっと本題に入れそうです。
「えぇ、私は卒業後この町、と言うよりこの土地から出ていくつもりです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「このままここに居続けたら、私は一生不愉快な思いをし続ける可能性が高いです」
「そんなのまっぴらゴメンなんですよ」
「だから私は出ていきたい、過去の私と関係の無い場所で暮らしたいんです」
間延びした口調を止めた引船カレンは、よどみ無く自信の願いを口にする。
「砂屋花さん、貴女も卒業後、ここを出て行くつもりなんでしょう?」
「だから、協力しましょう」
「二人で、この土地から、何の憂いもなく出て行くために」
その様は、私には懇願に見えた。
……私が馬乗りになられている状態でなければ。
「別に協力って言ってもさぁ」
「私が何かしなくても、貴女ならどこの大学でも余裕で行けるでしょ?」
「私が必要としているのは、能力では無く理由です」
引船は私の言葉にそう答える。
「母は、私に対して過干渉するタイプではありませんが、無関心という訳でもありません」
「理由がいるんです、私が遠く離れた土地に行くことを、母が納得できる理由が」
「その理由付けに私が必要、と?」
「その通りです」
私の適当な問いに、引船は真顔で答える。
「私が1人でその大学に入るより、友人と一緒に入学する方が、母は納得するんですよ」
誰が友人だ。
父親はどうした。
どこの大学を目指す気だ。
色々と難癖を付けることはできるだろうが、恐らく無駄だろう。
この女は、全ての問いに答えるだろう。
そして私は進退窮まり、服従以外の答えが無くなる。
そんな確信が、私にはある。
「色々と言いたいことはあるけど、一旦全部横に置いといてあげる」
「だから1つだけ答えてほしい」
「なんで、私なの?」
たしかに私はこの土地を出たいと思っている。
ここは私の趣味にとって、不便が多すぎる。
だけど、そう考えているのは私だけでは無い筈だ。
なぜ引船カレンは、私に協力を請う?
私の問いに、引船カレンはキョトンとした顔をして、
「貴女が一番、都合が良いからですけど?」
「都会へのアクセスが悪いこの土地を出たくて」
「趣味に没頭できる独り暮らしがしたくて」
「何より留年のせいで色々と後がない貴女が」
「私にとってぇ、最も都合の良い立場に居るんですぅ~」
ぶん殴りてぇ…。
数分前の、私に懇願するような姿を見て、ちょっと絆されかけた自分が恥ずかしいわ。
やっぱりこんな女の頼みなんて聞く必要もない。
「あのさ「貴女にだって、メリットはあるんですよ?」詳しく聞こうか」
「まず第一に、貴女もこの土地を出ていけます」
「別に土地を出なくたって、休みの日に遠出すれば」
「貴女が一番行きたい場所に行く場合、ここからだと移動だけで1日潰れますね?」
「……」
「第二に、大学に入学することで、大手を振って遊ぶ時間が確保できます」
「それは確かに魅力的だけどさぁ、生憎と私の学力じゃあねぇ」
「貴女の目の前に居るのは、掛け算、割り算すら怪しいバカを無事に高校へ進学させた家庭教師ですよ?」
「そこまでバカだったのか、アイツ……」
「そして、第三に」
「……(ごくり)」
「向こうに引っ越したら、時々貴女の漫画のアシスタントを「よろしくお願いいたします!」……欲望に素直すぎませんか?」
なんとでも言え。
私にはこの趣味こそが生きる理由なんだ。
それを満喫することが叶うなら、悪魔との契約だって結んでやるさ!
「では、契約成立ということで」
明日から、勉強地獄の始まりですよぉ~?
目の前で、悪魔が笑った。
……。
「所で、いい加減この体勢から解放してくれない?」
「いやぁ~、砂屋花さんの漫画の資料になるかなぁって思って、ずっとこの体勢だったんですけどぉ~」
「こういうのって、外から見ないと資料の意味ないからね!?」
ガラリ
「いかんいかん、忘れ物って……何やってんの!?」
「あらぁ、剣条さん」
「引船に、マモー!?」
「「マモー!?」」
「え、アンタらそういう関係だったの!?」
「いえこれは漫画の資料的な」
「それよりマモーって何!? なんでそんなあだ名付けられてんの私!?」
「え、『マニア向けの喪女』」
「テメェ! 一回ぶっ飛ばしてやるからそこを動く……いい加減離せや引船えぇぇぇ!」
「あ、剣条さん一回この姿勢カメラで撮って貰えますぅ? 漫画の資料にしたいのでぇ」
「OK!」
「なんでこんな時だけ仲良いんだよお前らぁぁぁぁ!!」
こうして、私と引船カレンは、自分の将来のために行動を開始することになった。
……正直、早まったかもしれん。
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