別れた元カレが喫茶店のマスターをやってた

梅竹松

第1話 街はずれの喫茶店で

 私は今年30歳になるOLだ。平日は小さな会社で事務の仕事をしている。


 だけど今週は残っていた有休を一気に消化したため、土日を含めて七連休だ。

 これだけ休みがあれば普段忙しくてできなかったことがいろいろとできるだろう。


 とりあえず連休初日は朝から近所を散歩することにした。

 今日は比較的気温が高い。薄手のブラウスに丈の長いフレアスカートというラフな服装で問題ないだろう。


 朝食後、さっそく私は家を出て散歩を始めた。

 天気も良く風も心地よいので、ただ歩いているだけでもかなりリフレッシュできているような気がする。

 それに、近所とはいえ周囲に気を配りながら歩くと今まで気づかなかったことに気づけて、なんだかすごく楽しかった。


 たとえば、自宅から徒歩三分ほどの場所に小さな神社があるなんて知らなかったし、その神社のそばに可愛い雑貨屋があることも今日初めて知った。

 他にも近所の公園にきれいな花が咲いていることや、少し歩いた場所に釣りのできる池があること、そこからさらに進んだところに小規模な牧場があってプリンやソフトクリームなどが購入できることなどなど新しい発見はたくさんあった。

 近所でも知らない場所は意外とたくさん存在するようだ。


 普段暮らしている街の新たな魅力を知ることができるのは純粋に嬉しい。

 何だか今日は有意義な一日になるような気がした。


 そんなふうに近所の魅力を探しながら普段歩かない道を歩いていると、やがて街はずれに差しかかり、前方に喫茶店らしき店が見えてきた。


「こんなところに喫茶店なんてあったんだ……」


 私は店の前で足を止める。

 

 かなりレトロな喫茶店だ。

 おそらく昭和の頃の店をそのまま残しているのだろう。

 

 ちょうどお腹も空いてきたし、せっかくなので入店してみることにした。


「すみませ〜ん……」


 ドアを開け、店内に足を踏み入れる。


 すぐにマスターらしき男性店員が私のもとにやって来た。


「いらっしゃいませ……って、ええっ!?」


 男性店員が私の姿を見て叫び声を上げる。


 その不審な様子が気になり反射的に店員の顔を覗き込むが、次の瞬間には私まで叫び声を上げてしまった。


「あの……どうかしましたか……って、あなたは!」


 なんとこの店員の正体は5年ほど前に別れた元カレだったのだ。


 偶然再会してしまったことで気まずい沈黙が流れる。


 だが、しばらくすると彼は店員の仕事を始めた。


「えっと……お好きなお席にどうぞ」


「あ……はい」


 いつまでも店の入り口付近に立っているわけにはいかなかったので、とりあえず窓際の席に座ることにする。

 平日の昼前だからか、他に客の姿は見当たらなかった。


 着席した私のもとに、元カレがお冷を運んでくる。


「あ、ありがとう……でも、意外だったわ。あなたが喫茶店で働いているなんて……」


「この店はもともとオレの祖父が経営してたんだ。オレはそのあとを継いだってわけ」


「そうだったんだ……」


 再び沈黙が流れた。

 こんなところで再会するなんて思っていなかったから、心の準備なんてできているわけがない。

 もちろんそれは彼も同じらしく、押し黙ってしまっている。


 だけど、この気まずい空気を打破するためか、彼はすぐに口を開いた。


「あの……今さらだけど、あの時はごめん……」


「いいわよ。もう気にしてないから」


 何に対する謝罪なのかは言われなくてもわかる。

 おそらく5年前に別れた時のことを話しているのだろう。

 彼の浮気が原因で別れたことを今さら謝りたくなったようだ。


 当時は本気で怒りを覚えたものだが、今は本当に気にしていないため、私は彼を許すことにした。


「……それより注文いいかしら? コーヒーとサンドイッチをお願いします」


「あ、はい……少々お待ちください」


 彼が厨房の方へと引き返してゆく。


 私は窓の外の景色を見つめながら、物思いにふけることにした。


「まさかここでマスターをやってるなんてね……」


 お金持ちの家の一人息子だということは知っていたが、祖父が喫茶店を経営していたのは初耳だ。

 元カレがそんな祖父のあとを継いで喫茶店のマスターになったことも当然知らなかったし、ここがその元カレの経営する店だなんて夢にも思わなかった。

 本当に偶然とは恐ろしい。


 だけど、彼が元気に過ごしていることを知れてよかったとも感じている。

 彼にはいろいろと言いたいこともあるが、それでも楽しい時間をともに過ごした人でもあるので、元気にしているなら素直に嬉しいのだ。


 そんなことを考えていると、注文したコーヒーとサンドイッチが運ばれてきた。


 さっそくコーヒーをブラックのまま味わう。

 砂糖もミルクも入れていないので苦みが口の中に広がるが、今の複雑な心境にはピッタリの味のように感じられた。


「今日は意外な発見や出会いばかりだな……元カレの近況も知れたし、たまには近所を散歩するのも悪くないかも……」


 予想していた通り有意義な時間になったことを喜びつつ、私はサンドイッチに手を伸ばすのだった。



 


 

 


 

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