第18話 サポート係の試練と疑惑の視線
球技大会の練習が始まって二日目。
俺は、だいぶサポート係の仕事にも慣れてきた……と言いたいところだが、精神的な疲労はむしろ増している気がした。
体育館の隅で、ドリンクの準備をしたり、タオルを畳んだりしながら、コートで躍動する女子バレー部員たちを眺める。
西村会長は、今日もキレのある動きを見せていた。昨日の練習で俺の視線に気づいてミスをして以来、今日は意識的に俺の方を見ないようにしている気がする。そのおかげか、プレー自体は安定しており、時折見せる鋭いスパイクには、チームメイトからも「ナイス、あかり!」と声援が飛んでいる。
(うん、やっぱり運動神経は抜群なんだよ
な……俺と違って)
俺は自分の運動能力のなさを棚に上げ、少しだけ感心していた。だが、平穏な時間は長くは続かない。
「はい、休憩!」
キャプテンの声がかかり、選手たちが一斉にベンチの方へ引き上げてくる。俺の出番だ。
「お疲れ様です。ドリンクどうぞ」
俺は、準備していたスポーツドリンクのボトルとタオルを、順番に選手たちに手渡していく。「ありがとう」「助かるー」と声をかけられ、少しだけむず痒い気分になる。
そして、ついに俺の目の前に西村会長が来た。
彼女は、俺から数歩手前で足を止め、わずかに躊躇うような素振りを見せる。顔には「できれば他の人からもらいたい」と書いてあるようだ。残念ながら、今、ボトルを持っているのは俺だけだ。
「……西村会長、どうぞ」
俺は、努めて平静を装い、ボトルとタオルを差し出した。
会長は、ビクッと体を震わせ、それから、意を決したように手を伸ばしてきた。
その手は、かすかに震えている。
俺の手からボトルとタオルを受け取る瞬間、彼女の指先が、ほんのわずかに俺の手に触れた。
「ひゃっ……!」
会長は、またしても小さな悲鳴のような息を呑み、慌てて手を引っ込めた。受け取ったボトルが、危うく手から滑り落ちそうになるのを、必死で押さえている。
「あ……あ、ありが……とう……」
蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、会長は顔を真っ赤にして俯き、足早に輪から離れて、体育館の壁際で小さくなって飲み物を飲み始めた。
俺との接触時間は、わずか数秒。
それでも、彼女にとっては、とてつもない精神的負荷がかかっているのだろう。
(……毎度、この反応……疲れる……)
俺が内心で溜息をついていると、近くでドリンクを受け取っていた他のチームメイトの女子二人が、ヒソヒソと話しているのが聞こえてしまった。
「ねえ、今の見た?」
「うん……会長、佐藤くん相手だと、なんか変じゃない?」
「だよね? 昨日も、佐藤くんが見てたら急にサーブミスったし……」
「もしかして、苦手なのかな? 佐藤くんのこと」
(……やっぱり、気づかれ始めてる……!)
俺は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。そりゃ、毎日こんな不自然なやり取りを繰り返していれば、勘の良い奴なら気づきもするだろう。だが、「苦手」だと思われているのは、それはそれで心外だ。いや、むしろ、ある意味では当たっているのか……?
そんな俺の心境をさらにかき乱すように、体育館の入り口から、元気な声が響いた。
「やっほー! バレー部、練習お疲れー! 健司、ちゃんと仕事してるー?」
結衣だ。バスケの練習が終わったのだろう。
タオルで汗を拭きながら、こちらへやってくる。そして、壁際で一人だけポツンといる会長と、微妙な顔で立ち尽くす俺の姿を認めると、ニヤリと笑みを深めた。
「お、会長もお疲れ様です! ちゃんと水分補給しないとダメですよー? ほら、健司が会長のために特別に冷やしておいたドリンク、しっかり飲んでくださいね!」
結衣は、わざと大きな声でそう言った。
ちなみに会長のために冷やしたなどというのは、真っ赤な嘘である。
会長は「びくぅっ!!」と、今日一番の反応を見せ、手に持っていたボトルをガシャン!と床に落としそうになった。
幸い、ギリギリで持ち直したが、その顔は羞恥と混乱で、もはや爆発寸前だ。
「ゆ、結衣! 余計なこと言うな!」
俺は慌てて結衣を制止する。
「えー? だって、本当のことじゃん?」
結衣は、悪びれる様子もなくケラケラと笑っている。
(……こいつ……!)
休憩時間が終わり、練習が再開される。
俺は、チームメイトたちの疑惑の視線と、結衣のからかい、そして相変わらず挙動不審な会長という、三重苦の中で、サポート係としての責務を全うしなければならないのだった。
球技大会本番まで、あと一週間以上ある。
俺の精神は、果たして持ちこたえられるのだろうか……。
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