第17話 エースの弱点?とサポート係の役得?

球技大会の練習が始まった。


放課後の体育館は、バスケ、バレー、それぞれの練習に励む生徒たちの熱気に包まれている。俺は、その片隅で、女子バレー部のサポート係としての初日を迎えていた。


(……場違い感、半端ないな)


ネットを立てたり、ボールを磨いたり、ドリンクを用意したり。仕事自体は単純だが、運動部特有の活気あふれる雰囲気に、どうにも馴染めない。俺は、黙々と自分の役割をこなすことに集中した。


練習が始まり、俺はコートの隅で、選手たちの邪魔にならないように気を配りながら、その様子を眺めていた。


「ナイスキー!」


「ドンマイ、次!」


活気のある声が飛び交う。特に目を引くのは、やはり西村会長だ。しなやかな身のこなしから放たれるサーブは鋭く、レシーブも正確無比。スパイクを打つ時の、真剣で、少しだけ険しい表情は、普段の彼女からは想像もできないほど、クールで格好良かった。


(すごいな……。本当に何でもできるんだな、この人)


完璧生徒会長は、バレーボールでも完璧だった。チームメイトからの信頼も厚いようで、自然と彼女を中心にフォーメーションが組まれている。俺が知っている、俺の前でだけポンコツになる姿とは、まるで別人だった。


練習が進み、会長がサーブを打つ番になった。

彼女は、深く息を吸い込み、ボールを高くトスする。美しいフォーム。誰もが、強烈なサーブが放たれるのを確信した、その瞬間。

ふと、彼女の視線が、ボールから一瞬だけ外れ、コートの隅にいる俺の方へと向けられた気がした。


目が合ったわけじゃない。

本当に、ほんの一瞬の、気のせいのようなものだったかもしれない。


だが、次の瞬間。


ポコンッ。


「「「…………え?」」」


体育館に、間の抜けた音が響いた。

西村会長が放ったサーブは、力なくネットにかかり、そのままコートの内側にポトリと落ちたのだ。さっきまでの鋭いサーブとは、似ても似つかない、初心者以下のミス。


チームメイトたちが、一瞬、何が起こったのか分からない、という顔で固まる。


会長本人は、さらに固まっていた。

サーブを打った姿勢のまま、動かない。その顔が、耳まで、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「ご、ごめんなさいっ! 今のは、ちょっと……手が、滑って……!」


会長は、慌ててそう言い訳すると、俯いて自分のポジションへと戻っていった。

その声は、明らかに動揺していた。


(……いや、今の、絶対に……)


俺は確信した。

間違いなく、俺のせいだ。俺が、彼女を見ていたから。俺の存在に気づいた瞬間に、あの完璧なプレーが崩壊したのだ。


図書館での勉強会と同じ。俺という存在が、彼女の「完璧」を解除してしまうスイッチになっている。それは、この体育館という場所でも、バレーボールという得意分野でも、例外ではないらしい。


その後も、練習は続いた。

会長は、なんとか立て直そうと必死になっているようだったが、時折、俺の存在を意識してしまうのか、普段ならありえないような細かなミスを繰り返していた。その度に、顔を赤くして俯く。


チームメイトたちも、「あかり、今日どうしたんだろ?」「ちょっと疲れてるのかな?」と不思議そうにしているが、まさか原因がコートの隅にいる地味なサポート係にあるとは、夢にも思っていないだろう。


(……なんか、申し訳なくなってきた)


俺は、自分の役得?なのか災難なのか分からない状況に、複雑な心境だった。彼女の完璧じゃない部分を、また一つ知ってしまった。

そして、その原因が自分にあるという事実。


練習終了のホイッスルが鳴る。


俺は、選手たちが使ったボールやネットの後片付けを手伝いながら、一人、深く溜息をついた。サポート係、前途多難である。

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