第4話 観察と図書館でのニアミス

翌日、俺は自分でも柄にもないと思いつつ、西村会長の様子を少しだけ観察してみることにした。

結衣が言うように、本当に「俺の前でだけ」ポンコツなのか、確かめてみたかった。


朝の教室。会長はクラスメイトたちと談笑している。時折、上品な笑い声も聞こえる。完璧だ。ポンコツの「ポ」の字も感じられない。


廊下ですれ違う時。他の生徒に丁寧に挨拶を返し、先生とはハキハキと受け答えをしている。やはり完璧。


俺が昨日見た、あたふたする姿はどこにもない。


(……やっぱり、気のせいだったのか? いや、でもクッキーは……)


俺が悶々としていると、結衣が横から肘で突いてきた。


「どしたの健司? 会長のこと、そんなにジロジロ見て」


「べ、別に見てねーよ!」


「嘘つけー。顔に『気になってます』って書いてあるぞ」


「書いてない!」


まったく、こいつは鋭すぎる。


放課後。俺は課題レポートに必要な資料を探すため、図書館へ向かった。学校の図書館は、古いけれど蔵書はそれなりに充実している。

静かな館内を歩き、目的の本棚へ向かう。歴史書のコーナーだ。

すると、その一角に、見慣れた……いや、見慣れたくはないが、気になって仕方ない後ろ姿を見つけた。


(西村会長……?)


彼女は、一番上の棚にある分厚い本に手を伸ばそうとしているところだった。背伸びをして、指先でなんとか本の背を捉えようとしている。その真剣な横顔は、やはり綺麗で見惚れてしまうほどだ。


(……別に、普通だな。ポンコツじゃない)


俺は少し拍子抜けしながらも、自分の探している本を探し始めた。会長のすぐ近くの本棚だ。

俺が本棚に近づき、背表紙を眺め始めた、その時だった。


「……あっ!」


小さな悲鳴が聞こえた。

見ると、西村会長が体勢を崩し、掴みかけていた数冊の分厚い本が、ガラガラと音を立てて床に落ちたのだ。


(で、出た……!)


思わず心の中で叫んでしまった。まただ。また俺がいる時に限って、会長がドジを踏んでいる。


「だ、大丈夫ですか!?」


俺は咄嗟に駆け寄り、散らばった本を拾おうとした。会長は床に手をついて、呆然とその様子を見ている。


「……さ、佐藤……くん?」


俺の顔を見て、会長の顔がみるみるうちに赤くなっていく。まただ。この反応。


「な、なんで、ここに……?」


「いや、俺も本を探しに……。それより、怪我は?」


「だ、大丈夫……! ちょっと、バランスを崩しただけ、だから……!」


会長は慌てて立ち上がり、俺の手から本を受け取ろうとする。しかし、その手がわずかに震えていて、うまく本を掴めない。


「あ、あの……」


俺が本を渡そうと一歩近づくと、会長は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて一歩後ずさった。まるで、俺が何か危害を加えるかのように。


(いやいやいや、俺は何もしてないだろ!?)


心の中でツッコミを入れるが、声には出せない。


会長は、拾い集めた本をぎこちなく抱え直すと、早口でまくし立てた。


「ご、ごめん! ありがとう! じゃ、私、これで……!」


そして、またしても脱兎のごとく、図書館の出口へと走り去ってしまった。静かな館内に、バタバタという足音が響く。

残された俺は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。床には、会長が落としたと思われる、生徒手帳がポツンと転がっている。


(……生徒手帳、落としてるし)


完璧なはずの生徒会長が見せる、あまりにも不自然な行動。そして、それは決まって俺が近くにいる時に起こる。


偶然? いや、ここまで来ると、偶然では片付けられない。


西村会長は、間違いなく、俺、佐藤健司を異常に意識している。

そのせいで「ポンコツ」になっている。


なぜ?


その理由を突き止めなければ、俺の日常は、この奇妙なラブコメ?展開に振り回され続けることになるだろう。俺は床に落ちている生徒手帳を拾い上げ、固く決意した。


(よし……こうなったら、直接聞いてみるしか……ないのか?)


いや、待て。今の会長の様子を見る限り、まともに話ができる気がしない。


どうすれば……? 俺は拾った生徒手帳を握りしめ、深く溜息をついた。

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