太会『優しいとか、言わないで』
あのとき彼は、「おまえって地雷っぽいけど、優しいとこあるよな」って言った。
そりゃそうだろうよ、地雷だって笑ってほしいんだもん。でも彼がそう言ったとき、たぶん私は笑えてなかったと思う。褒められるのって、だいたい冗談か罰ゲームだから。
——とか言ってたら、本当に笑えない方向に進んじゃったんだけどね。
今貴方、え?どこで?って顔してる? うーん、たぶん、あのコンビニの前の喧嘩。
アイスが溶けてて、私もちょっと溶けてた。あのときは、夜でも蒸し暑くて、アイスを2個買ってた。私はチョコミント、彼はガリガリ君。
別に、そんな大事件じゃないよ。ただ、 「好き」って言われることに慣れてなかった私が、「それって本気?」って聞き返したのは、その、彼が「おまえって地雷っぽいけど優しいとこあるよな」って笑ったあとだった。
あ、でもこれエッセイじゃなくて、“創作”だから。
なんかの女がなんかの男に振られる話ってことで、流してもらって大丈夫。
まあ、話を戻すけど、彼は全然わかってなかった。私がどれほど「優しい私」ではなく「地雷な私」をやっているのか、そしてそれを毎回ちょっとずつ調整してるのか、わかっていない。でも、それでよかったんだよね。よかったのに、彼が自らちゃぶ台をひっくり返すようなことを言うから、私笑っちゃった。
「本気だよって言ったじゃん」と、彼はなんだか雑な返答をした。心臓に少し温めた30度のチョコレートを垂らされたみたいな気持ちになった。どろぉ、って。
ちょっとして、彼はまた雑なフォローをいれた。
「地雷って言っても、爆発しない地雷でしょ」
「そりゃただの石だろ」
高く、なんとも無さそうな声を意識してツッコんだ。
「踏んだら痛いって意味だよ」
「……じゃあ、痛がってるの、私の方なんだけど」
そのあとは、カラスの鳴き声だけがしてて、私のアイスはもう袋の中でぐにゃってなってた。
たぶん彼、気づいてなかったと思う。私が、笑いながら涙出てたこと。
そういうのって、たぶん、見ないようにする方がやさしいんだろうね。
*
彼は私の誕生日プレゼントに、文庫本をくれた。レシートつきで。「返品可能です」って。どうせ私、めんどくさい女って思われてるし、これも“クレームつけてきそうだからレシートつけとくか”ってことだよね。でも……ちょっと、気を遣ってくれたのも、わかる。
彼は私のことがわかっていない。好きな本とか、好きな映画の傾向とか。でも、そんな彼が好きだった。
私はそのまま、彼の腕の中で「私が泣いてるの、誰にもバレてないね」って言ったら、彼はちょっと嬉しそうだった。そう、世界中の誰も、私が泣くような女であることを知っているようで知らない。
私の“歪んだ在り方”に、彼は引いてもいなかった。むしろ、彼もそこにちょっと酔ってた。だから、あのときだけは、“こんなやつでも愛される”って錯覚できたんだ。
*
別れは、LINEの一言だった。通知音が軽くて、なんか笑っちゃった。あっけないなあ、って。
数分後、彼のアカウントのアイコンが変わった。私と一緒に行った旅行での夕日から、ネットで拾ってきたであろう猫の写真になっていた。その瞬間とか、私だけが、関係の中にいたんじゃないかって錯覚する。でもそのあと、レシートがまだ机にあって、「あ、これだけは残ってんだ」って思った。
『優しいよな』って言われて、そのまま「ありがとう」って言えたら、何か変わったのかな。
でも、あのときの私は、「それって本気?」しか言えなかった。たぶん、「ありがとう」って言ったら、もう一人の私が泣くから。
いや、ほんと、それだけの話。大した話じゃないでしょ。でも我ながら矛盾しているのは、「これって物語にならないよね」とか「ネタにもならない」と言いつつ、こうして書いていること。
しかしこれ、エッセイじゃないです。創作です。
マジもんのエッセイだったら、もっと絢爛豪華な物語にしますよ、私は。
じゃ、これで終わり。
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