第50話
菜々美は複雑な思いを抱えていた。まさか、あの高橋香織が…派遣先で、あれほど陰湿ないじめを繰り返してきた相手が、これほどの才能を秘めていたとは。
派遣時代、香織はことあるごとに菜々美を馬鹿にした。些細なミスを大げさに責め立て、陰で悪口を言いふらし、仕事の邪魔をした。当時の香織は、菜々美に向かって「あんたなんか、才能もないくせに、親の七光りだけで甘やかされてるだけ」と吐き捨てたこともあった。
当時の菜々美は、必死に耐えるしかなかった。反論すれば火に油を注ぐだけだと分かっていたからだ。ただ、心の中では「いつか見返してやる」と強く誓っていた。
しかし、今、目の前にいるのは、かつての嫌がらせを繰り返していた香織とは別人だった。自信に満ち溢れ、才能を爆発させている香織を見て、菜々美は正直、圧倒されていた。
(嫉妬…妬み、か…)
香織が過去に言っていた言葉が、脳裏をよぎる。当時の菜々美は、それを単なる嫌がらせだと思っていた。しかし、今になって考えると、香織の言葉には、確かに嫉妬や妬みが込められていたのかもしれない。
才能がありながら、なかなか芽が出ない香織にとって、親のコネで簡単にチャンスを掴んでいるように見える菜々美は、目の上のたんこぶだったのだろう。だからこそ、あれほど執拗に菜々美を貶めようとしたのだ。
菜々美は、香織の才能を認めざるを得なかった。同時に、過去の嫌がらせを完全に水に流すことはできなかった。それでも、アトリエの未来のためには、香織の力を借りるしかない。
(今は…利用させてもらうしかないわね)
菜々美は心の中でそう呟いた。過去の恨みは、胸の奥にしまい込んだ。今は、新社長として、アトリエを立て直すことが最優先だ。
「高橋さん」
菜々美は、改めて香織に向き直った。「『in.heaven』、本当に素晴らしい名前だと思います。これからのブランド展開、ぜひ力を貸してください」
香織は、ニヤリと笑った。「もちろんです。私にとって、最高の舞台ですから」
二人の間には、まだ拭いきれない緊張感が漂っていた。しかし、過去の因縁を乗り越え、共に未来へと進んでいく覚悟を決めたのも事実だった。
アトリエ・シノハラ、そして『in.heaven』。二人の女性を中心に、新たな物語が始まろうとしていた。嫉妬、妬み、そして才能…様々な感情が渦巻く中で、彼女たちは一体どんな未来を切り開いていくのだろうか。
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