第29話
デザイン室のドアを開け、こずえは深呼吸をした。部屋の中は、アシスタントたちが忙しそうに作業をしており、活気に満ち溢れていた。こずえは、その様子を見て、少しだけ心が軽くなった。
(過去に囚われている暇はない。私は、デザイナーとして、もっと素晴らしい作品を生み出さなければならない。)
こずえは、自分のデスクに座り、新しいデザイン画を描き始めた。しかし、どうしても集中することができない。頭の中には、週刊誌の記事、菜々美の悲しそうな顔、そして、八重子の厳しい言葉が、次々と浮かんでくる。
(私は、一体、これからどうすればいいのだろう…。)
こずえが、頭を抱えていると、秘書の高井まどかが、部屋に入ってきた。
「先生、お電話です。」高井は、いつものように冷静な口調で言った。
「誰から?」こずえは、少しうんざりした気持ちで尋ねた。今日は、週刊誌の件で、色々な人から電話がかかってきている。もう、誰とも話したくなかった。
「片岡菜々美さんからです。」高井は、少し間を置いてから、言った。
こずえは、息を呑んだ。「菜々美…?」
「はい。先生と話したいとおっしゃっています。」
こずえは、迷った。菜々美と話すべきかどうか。昨日、あんな別れ方をしたばかりだ。今、話したところで、事態が悪化するだけかもしれない。
しかし、母親として、菜々美の気持ちを受け止めなければならない。そう思ったこずえは、決意を固めた。
「電話、変わって。」こずえは、高井に言った。
高井は、無言で電話をこずえに渡した。こずえは、深呼吸をしてから、電話を耳に当てた。
「…もしもし、菜々美?」こずえは、震える声で言った。
電話の向こうから、すすり泣く声が聞こえてきた。「…お母さん…?」
こずえは、胸が締め付けられるような思いがした。「菜々美、ごめんね。辛い思いをさせて…。」
「…記事、読みました。あんなこと、書かれるなんて…。」菜々美は、泣きながら言った。
「私も、びっくりしたわ。あんな風に書かれるなんて、思ってもみなかった。」こずえは、できるだけ優しい声で言った。
「…お母さん、私のこと、嫌いだったの…?」菜々美は、震える声で尋ねた。
こずえは、必死で否定した。「そんなことないわ!菜々美のこと、ずっと愛していた。ただ、どうしていいかわからなかっただけなの。若かったし、自信もなかった。それに、お母さん…八重子さんが、菜々美のことを大切に育ててくれていると思っていたから…。」
「…おばあちゃんは、私のことを、とても大切にしてくれた。でも…、本当のお母さんのこと、ずっと知りたかった…。」菜々美は、涙声で言った。
こずえは、言葉を失った。菜々美は、ずっと自分のことを思っていたのだ。それなのに、自分は、菜々美を傷つけてばかりだった。
「菜々美、これから、私ができることがあれば、何でも言って。私は、あなたの母親として、あなたを支えていきたい。」こずえは、真剣な声で言った。
「…お母さん…、私…、どうすればいいかわからない…。頭の中が、ぐちゃぐちゃなの…。」菜々美は、泣きじゃくった。
「菜々美、落ち着いて。まずは、ゆっくり休んで。そして、本当にやりたいことを、見つけて。」こずえは、励ますように言った。
「…うん…。」菜々美は、小さく頷いた。
「菜々美、また、いつでも電話してきて。私は、いつもあなたのそばにいるから。」こずえは、優しく言った。
「…ありがとう…、お母さん…。」菜々美は、小さく呟いた。
こずえは、電話を切った。そして、大きく息を吐き出した。
(やっと、菜々美と、少しだけ心が通じ合えたかもしれない…。)
こずえは、そう思った。しかし、まだまだ乗り越えなければならない壁は、たくさんある。過去の罪、八重子との関係、そして、菜々美の未来。
それでも、こずえは、諦めなかった。母親として、菜々美を支え、過去の罪を償うために、前を向いて進んでいくことを決意した。
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