第24話


(菜々美から差し出されたポートフォリオを受け取ったこずえシノハラは、最初のページを開いた。)


ポートフォリオには、菜々美がこれまでに手掛けたデザイン画や作品の写真が並んでいた。こずえシノハラは、一つ一つの作品を丁寧に見ていき、時折、小さく頷いたり、眉をひそめたりしていた。


菜々美は、こずえシノハラの表情をじっと見つめ、緊張で胸が張り裂けそうだった。彼女は、自分のデザインが、こずえシノハラの目にどう映っているのか、知りたくてたまらなかった。


数分後、こずえシノハラは、あるページで手を止めた。それは、菜々美が初めてデザインしたドレスの写真だった。


そのドレスは、シンプルなデザインでありながらも、独特のシルエットと繊細な刺繍が施されており、菜々美の才能の片鱗を強く感じさせるものだった。


こずえシノハラは、そのドレスの刺繍を食い入るように見つめた。そして、その瞬間、彼女の目に、驚愕の色が浮かんだ。


(こずえシノハラの心境)


(この縫い方…!まさか…!)


こずえシノハラは、目を凝らして刺繍の細部を観察した。そして、確信した。この縫い方は、青森に住む自分の母親、八重子の独特の縫い方だと。


(こずえシノハラの心境)


(母さんの縫い方と、全く同じだ…!こんな偶然、ありえるはずがない…!まさか…、菜々美は…、私の娘…?)


こずえシノハラの心臓は、激しく鼓動した。彼女は、自分の心臓の音が、オフィス全体に響き渡るのではないかと思った。


こずえシノハラは、顔を上げ、菜々美の顔をじっと見つめた。菜々美の顔には、緊張と不安が入り混じった表情が浮かんでいた。


(こずえシノハラの心境)


(菜々美の顔をよく見ると、どこか私に似ているような気がする…。特に、目のあたりが…。でも、まさか…。そんなこと、ありえるはずがない…。)


こずえシノハラは、自分の考えを打ち消そうとした。彼女は、自分が疲れているだけだと思った。


しかし、こずえシノハラの心は、激しく揺さぶられていた。彼女は、どうしても、菜々美が自分の娘ではないかという考えを捨てきれなかった。


こずえシノハラは、深呼吸をして、菜々美に尋ねた。


「あの…、片岡さん。少し、個人的なことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」


菜々美は、戸惑いながらも、頷いた。


「はい、構いません。私で答えられることでしたら…。」


こずえシノハラは、少し躊躇した後、意を決して尋ねた。


「片岡さんのご両親は…、今、どちらにいらっしゃいますか?」


菜々美は、こずえシノハラの質問に、少し驚いた様子を見せた。しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、答えた。


「私の両親は…、私が幼い頃に、事故で亡くなりました。」


その言葉を聞いた瞬間、こずえシノハラの全身に、衝撃が走った。彼女は、まるで雷に打たれたかのように、体が震えた。


(こずえシノハラの心境)


(両親は、幼い頃に亡くなった…?そんな…!まさか、本当に…!)


こずえシノハラは、自分の過去を思い出した。彼女は、若い頃、ある男性と恋に落ち、妊娠した。しかし、当時の彼女は、デザイナーとして駆け出しであり、子供を育てる余裕がなかった。


苦悩の末、こずえシノハラは、子供を産んですぐに、青森に住む自分の母親、八重子に預けた。そして、八重子に、子供の父親のことは、絶対に誰にも言わないように頼んだ。


その後、こずえシノハラは、デザイナーとして成功を収めた。しかし、心の奥底には、常に、娘に対する罪悪感が残っていた。


(こずえシノハラの心境)


(まさか、あの時の子供が…、菜々美だったなんて…!そんなこと、ありえるの…!?)


こずえシノハラは、涙が溢れてくるのを必死にこらえた。彼女は、今すぐにでも、菜々美に真実を打ち明けたいと思った。


しかし、こずえシノハラは、躊躇した。彼女は、自分が母親であることを明かすことで、菜々美の人生を狂わせてしまうのではないかと恐れた。


こずえシノハラは、葛藤の中で、苦悶の表情を浮かべた。彼女は、自分がどうするべきか、わからなかった。


(菜々美が両親を亡くしたことを告げた後、こずえシノハラは激しく動揺していた。しかし、彼女は必死に平静を装い、プロのデザイナーとしての顔を取り繕った。)


こずえシノハラは、深呼吸をして、菜々美のポートフォリオから目を離した。そして、少し落ち着いた声で、言った。


「片岡さんのデザイン、確かに才能を感じます。独創的な発想や、繊細な表現力は、素晴らしいと思います。」


菜々美は、こずえシノハラの言葉に、少しだけ安堵した。彼女は、自分の才能が、こずえシノハラに認められたことを嬉しく思った。


しかし、こずえシノハラは、言葉を続けた。


「ただ、デザイン画だけでは、本当に素晴らしい作品かどうか、判断しにくい部分もあります。デザインは、実際に形にして初めて、その真価がわかるものだから。」


菜々美は、こずえシノハラの言葉に、少し戸惑った。彼女は、自分のデザイン画が、まだ完璧ではないと言われているように感じた。


こずえシノハラは、菜々美の表情を察し、優しく微笑みかけた。


「誤解しないでください。あなたの才能は、素晴らしいと思います。ただ、本当に素晴らしいデザイナーになるためには、デザイン画だけでなく、裁断や縫製などの技術も磨く必要があります。」


こずえシノハラは、そう言うと、少し間を置いて、続けた。


「もしよろしければ、あなたのデザインを、実際に裁断、縫製して、仕上げてみませんか?そして、完成した作品を、もう一度、私に見せていただきたいのです。」


菜々美は、こずえシノハラの提案に、驚きと喜びを覚えた。彼女は、こずえシノハラが、自分の才能を伸ばそうとしてくれていることを理解した。


「はい!ぜひ、やらせてください!裁断や縫製は、まだまだ未熟ですが、一生懸命頑張ります!」


菜々美は、興奮した様子で答えた。彼女は、こずえシノハラから与えられたチャンスを、絶対に無駄にしたくなかった。


こずえシノハラは、菜々美の熱意に、満足そうに頷いた。


「わかりました。では、この中から、一番自信のあるデザインを選んで、裁断、縫製に取り掛かってください。そして、完成したら、また、私のオフィスに来てください。」


こずえシノハラは、菜々美にそう指示した。


菜々美は、ポートフォリオの中から、一番自信のあるデザインを選んだ。それは、先ほどこずえシノハラが目を留めた、初めてデザインしたドレスだった。


菜々美は、そのドレスのデザイン画を手に取り、こずえシノハラに、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます!必ず、素晴らしい作品に仕上げて、また、お見せいたします!」


菜々美は、決意を込めてそう言った。


こずえシノハラは、菜々美の成長を期待しながら、優しく微笑んだ。


「楽しみにしています。頑張ってください。」


こずえシノハラは、菜々美を励ました。


菜々美は、こずえシノハラに別れを告げ、デザインオフィスを後にした。彼女は、こずえシノハラから与えられた課題を胸に、新たな挑戦へと向かっていく。


(こずえシノハラの心境)


(菜々美…。本当に、私の娘なのだろうか…。もし、そうなら…、私は、一体どうすればいいのだろうか…。)


菜々美の姿が見えなくなると、こずえシノハラは、再び葛藤に苛まれた。彼女は、自分の過去と向き合い、菜々美との関係について、真剣に考えなければならなかった。


こずえシノハラは、窓の外に広がる東京の街並みを眺めながら、深くため息をついた。彼女の心は、嵐のように激しく揺れ動いていた。

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