第9話偽りの煌めき
小説「針と糸と夢」
第八章:偽りの煌めき
数日後、菜々美は、悩んだ末に、スカウトされたバークラブでアルバイトを始めることを決めた。東京での生活費を稼ぐためには、背に腹は代えられない、という思いだった。デザイナーになる夢を諦めたわけではないが、今は、現実的な問題に向き合わなければならなかった。
「とりあえず、少しの間だけ…」
菜々美は、自分に言い聞かせた。
初めての出勤日、菜々美は、緊張と不安で胸がいっぱいだった。店の扉を開けると、煌びやかな内装と、賑やかな音楽が菜々美を包み込んだ。
「いらっしゃいませ!」
店のスタッフたちが、笑顔で菜々美を迎えた。
「今日から、ここで働くことになった、片岡菜々美です。よろしくお願いします」
菜々美は、緊張しながらも、挨拶をした。
先輩ホステスたちは、菜々美に、接客の基本や、お酒の作り方などを教えてくれた。しかし、菜々美にとって、それは、まるで別世界のことのようだった。
そして、いよいよ、お客様の前に立つ時間になった。
「頑張ってね!」
先輩ホステスに励まされ、菜々美は、席についた。
「初めまして、片岡菜々美です。今日は、よろしくお願いします」
菜々美は、ぎこちない笑顔で挨拶をした。
お客様は、中年男性だった。菜々美のことを、興味深そうに見ていた。
「可愛いね。初めて?緊張してる?」
お客様は、優しく話しかけてきた。
菜々美は、正直に答えた。
「はい、初めてなんです。まだ、何もわからなくて…」
「大丈夫だよ。ゆっくり慣れていけばいいんだ。君は、明るくて可愛いから、きっと人気者になるよ」
お客様の言葉に、菜々美は、少しだけ安心した。
しかし、問題は、ここからだった。菜々美は、何を話せばいいのか、わからなかった。
「えっと…何か、面白い話でも…」
菜々美は、必死に話題を探した。しかし、何も思いつかない。
「あ…そういえば、実家が漁師なんです(笑)」
菜々美は、以前、スカウトに話したことを思い出し、話してみた。
お客様は、少し驚いた顔をした。
「漁師の娘?珍しいね(笑)」
「はい(笑)だから、魚のことなら、何でも知ってますよ!(笑)」
菜々美は、必死に笑顔を作った。
しかし、その笑顔は、どこかぎこちなかった。子供が化粧をしたような、似合わない派手な化粧も、菜々美の不器用さを際立たせていた。
お客様は、そんな菜々美を見て、笑い出した。
「ぷぷっ、面白いね、君(笑)本当に、漁師の娘なんだね(笑)」
菜々美は、お客様が笑ってくれたことに、安堵した。
「えへへ(笑)そうでしょ?(笑)」
菜々美は、笑顔を絶やさずに、話続けた。
しかし、その笑顔は、どこか空虚だった。それは、まるで、仮面を被っているかのようだった。
その夜、菜々美は、精一杯、笑顔を振りまいた。お客様を笑わせ、お酒を注ぎ、愛想を振りまいた。しかし、心の中は、空っぽだった。
「私は、一体、何をしているんだろう…」
菜々美は、心の中で呟いた。
それは、夢を追いかけるための、ほんの少しの我慢だった。しかし、菜々美は、その我慢が、いつまで続くのか、わからなかった。
(第九章へ続く)
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