第5話:断ち切れる糸
小説「針と糸と夢」
第四章:断ち切れる糸
「返してください!それは私の、大切なものなんです!」
菜々美は、香織からお守りを奪い返そうと、必死に手を伸ばした。香織は、それを嘲笑うかのように、お守りを掲げた。
「あら、そんなに必死になるなんて。ただのガラクタじゃないの」
香織は、菜々美の手が届かないように、身をかわした。菜々美は、怒りと悲しみで、我を忘れていた。
「返してください!お願いです!」
菜々美は、香織の腕に掴みかかった。香織は、バランスを崩し、よろめいた。
「きゃっ!」
香織は、必死に抵抗した。菜々美も、必死にしがみついた。二人は、もみくちゃになりながら、お守りを奪い合った。
「離しなさい!汚い手で触らないで!」
「返してください!これは、私の、心なんです!」
激しい揉み合いの中、お守りは、徐々に限界を迎えていた。古びた巾着袋は、綻び、裂け始めた。
その時、香織が、勢いよく菜々美の手を振り払った。菜々美は、バランスを崩し、床に倒れ込んだ。
香織は、その勢いで、お守りを床に叩きつけた。
「これで、どうだ!」
お守りは、床に叩きつけられた衝撃で、完全に破壊された。巾着袋は破れ、中に入っていた小さな水晶は、粉々に砕け散った。
「あ…」
菜々美は、目の前の光景に、息を呑んだ。頭の中が真っ白になった。
粉々に砕け散った水晶の破片が、床に散らばっていた。それは、まるで、菜々美の心を象徴しているかのようだった。
香織は、勝ち誇ったような表情で、菜々美を見下ろした。
「どう?効果はあったかしら?やっぱり、無意味だったわね」
香織の言葉は、菜々美の心に、深く突き刺さった。しかし、その時、菜々美の心の中に、今まで感じたことのない感情が芽生え始めた。
それは、絶望でも、悲しみでもなかった。それは、怒りだった。そして、決意だった。
菜々美は、ゆっくりと立ち上がった。顔を上げ、香織を睨みつけた。その目は、今までとは全く違っていた。
「…あなたを、絶対に許さない」
菜々美の声は、低く、静かだった。しかし、その言葉には、強い意志が込められていた。
香織は、一瞬、たじろいだ。しかし、すぐに嘲笑を浮かべた。
「あら、強気になったの?でも、あなたには、何もできないわ」
菜々美は、何も言わずに、香織に近づいた。そして、香織の頬を、思い切り殴りつけた。
「!」
香織は、予想外の出来事に、驚きを隠せなかった。
「…何をするの!」
香織は、怒り狂って、菜々美に掴みかかろうとした。しかし、その時、美咲や優子をはじめとする女性社員たちが、香織を押し止めた。
「高橋さん、もうやめてください!」
「あなたのしていることは、犯罪です!」
女性社員たちは、香織を強く非難した。
菜々美は、その場に立ち尽くしていた。頬には、香織に殴られた跡が残っていた。しかし、その顔には、清々しいほどの決意が宿っていた。
お守りは壊れてしまった。しかし、菜々美の心は、壊れていなかった。むしろ、強くなっていた。
今まで、菜々美を縛り付けていた糸は、ついに断ち切られた。そして、菜々美は、自分の夢に向かって、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
(第五章へ続く)
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