恋愛敗北者と残念なヒロインでラブコメをしようと頑張りました

サドガワイツキ

第1話 振られた先の出会いは体臭と共に



「たまに感動してウルッとしたし、騙して悪いなぁとも思ったよ。けどアンタと彼を比べたら絶対彼の方が格上だし、別れるならアンタの方しかないでしょ?これからは幼馴染だからって気安く話しかけないでよね。それじゃ、チャオ♪」


 ―――物語の中のような青春なんて、あくまで創作物の中にしかない。現実は非常である。


 高校生になれば青春ドラマや物語の中にあるような高校生活が始まるかと思ったら、そんな事は全然まったくもって1ミリもなく、中学生と大して変わらない毎日が待っていた。

 それどころか、中学まで付き合っていた幼馴染の彼女は高校に入ってあっさりと運動部の男子と浮気を始めていたことがゴールデンウィーク直前に発覚して別れる事になり、俺は虚無の心でバイト漬けの黄金週間を送った。幼稚園の頃から一緒だった幼馴染には重ねた年月分の愛情もあったのでその分の喪失感も多く、俺は以前のような明るさ元気さを失い、その代わりに達観と脱力で出来た低燃費人間になったけれども、疲れる事もなくこれはこれで良いかなと思う程度にはそんな自分を受け入れつつあった。


 そして今はテストが近づいたので図書館で至極真面目に勉強に励み帰る途中、階段を下りて下駄箱に向かおうとしたところで背後の頭上、自分が降りて来た階段の上から“きゃあっ!”なんて間の抜けた声が聞こえたので咄嗟に振り返り見上げてみると、荷物を抱えた女子が足を踏み外して落っこちてくるところだった。階段の半ば程からとはいえ落ちれば怪我をするかもしれないし頭でもうったら大変だ。親方、空から女の子が……じゃ、ないんだよなぁ……!!


 咄嗟に鞄を放り捨て、落っこちてくる女子を受け止めるが荷物を抱えて転落したからかその勢いは強く、俺自身も尻もちを搗くような形になった。


「こ、怖~っ!危なかった~」


 転落の恐怖からか、どきどきばくばくと激しく鳴る臓の鼓動を感じる距離で女子の声が聞こえる。だが、生憎と俺の視界は塞がれており見えない。たとえばこれが胸に挟まれるtoでラブるなラッキースケベな展開だったら良かったのだけれど、そんな都合のよい展開ではなかった。

 少しだけあわてん坊の蝉がミンミンと鳴く音が聞こえる以外、他の音は聞こえず時間が止まったかのような空間。

 尻もちをついた俺に抱えられる形だったその女子が、密着していたお互いの身体を離しいそいそと居住まいを治しながら俺の顔を見て「あれ、兼先けんざき君?!助かったよ~、ありがとう!」等と言っていて、肩程まで伸ばしたミディアムヘアの毛先を内側にはねさせた髪形と、目頭と目尻の位置が揃った綺麗な瞳から、その女子が同じクラスの和木香乃わきかのであることだとか、クラスでもそこそこ人気がある女子だとかを理解したけれど、そんな考えは一瞬遅れてきた衝撃ですべて消し飛び思考は真っ白になった。


 ―――今の今まで全身で感じていたのは蒸せかえるような汗の湿度。丁度脇を顔で受け止める形になっていたから、鼻に感じた物理的な衝突の痛みすら裸足で逃げ出すそれ以上の衝撃。シャツに染みた酸味の効いた体臭が初夏の暑さによって蒸れた濃厚な暴力となり、俺の鼻腔を殴りつけていたのだ。

 

「あれ?どうしたの兼先くん?おーい、もしもーし?」


「エフッエフッエフッ、アハッ」


「兼先くん?!地上最強の生物みたいな声あげてるけど大丈夫?!」


「す」


「す??」


「……酸っぱアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!」


「ちょ、おま、ウェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ?!?!」


 俺は遠のきそうになる意識を繋ぎ止めながら断末魔のように叫んだ。

 こいつは酸っぺぇーっ!レモン以上の酸味がプンプンするぜぇーっ!!……なんてアホなツッコみを心の中でいれていると、ぐらりと視界が暗転した。落下を受け止めた時の衝撃がきいていたのだろうか?だめだ、意識が持たない。


「もっと……ゆっくり……した、かった……」


「兼先くん?ちょっ、兼先くーん?!」


 今わの際のようなに呟きを絞り出した後、俺はゆっくりと意識を失った。




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