通い路

冷凍あいすくりん

全文

「ママ、行ってくるね」

 そう告げて学校へ向かう。今日の体育は水泳だっけ、水着忘れてないかな……と時折カバンを探りながら歩く。大事なものって忘れたら面倒になるからどうしても確認しちゃう。巷ではこれを強迫症とか言うんだっけ。ネットで見た。私はそんな治療が必要なほど重くないよね。日常に支障はきたしてない。大丈夫。ママにも昨日確認してもらったんだしバッチリだって言い聞かせる。

「お! ユミじゃん、おはよ〜」

「みっちゃん、おはよ〜」

 一瞬だけみっちゃんの顔が固まった気がする。すぐ話題のドラマの話で盛り上がって、忘れちゃったけど。色々話してたら、すぐ学校に着いた。あっという間だ。それじゃまた、と別れる。みっちゃんとはクラスが違うんだよね、悲しい。階段を登り、教室に入る。……なんだか一瞬静かにならなかった? それに席についてもちょっと遠巻きに視線を感じる。なんでだろ、久々の登校だから? それならわかるかも。可愛いって罪だよね。しばらく会わなかっただけでみんなをドギマギさせちゃう。変わらないのはみっちゃんだけだよ〜〜。

 2時間目、体育。水着になるため更衣室に移動する。む、あやかっちスタイル良〜〜。無駄なお肉一切ないです、みたいなすらっとした身体にはいつもつい視線をやってしまう。そして無意識に自分のお腹のあたりを摘んでいた。お、あんまりついてないな。この体型を維持しないと。というか、痩せたなこりゃ。そろそろサイズ変えようか悩んでた水着だったのに、ぴったりかちょっと大きいかもってくらいのサイズになってる。休んでた間は健康的な食事だったもんなぁ、食事ってすごいや。

 着替えを終えて、授業が始まる。男どもの視線は人気投票のように私たちに向けられている。欲に正直なこと。呆れつつも、自信をつける。おずおずと私を見る目が多いのだ。やっぱり可愛いは正義! ただ……胸で選ぶ男も多いなぁ。ちっちゃいのに大きい詩織ちゃんなんてだいぶ見られてる。無か巨大か、どっちかに振り切ってほしかったよ。私のもさ。

 午前の授業が終わり、学食へ。今日の日替わりメニューはなんだろな〜。ハンバーグのトマト煮! いいねぇ。確認して、入り口で少し待つ。お昼はみっちゃんと食べるのだ。

「ユミごめ〜ん、ちょっと授業長引いちゃって」

「全然いいよ、早く並んで一緒に食べよ!」

早くも行列ができ混み始めた学食でなんとか席を確保して、私たちも列に並ぶ。その間、みっちゃんと今日の学校の話題で盛り上がる。こういうなんでもない幸せが愛おしい。5分ほどして食堂のおばちゃんにオーダーを伝え、受け取る。席に向かったのだが——

「ごめんなさいぶつかっちゃっ……て……?」

「ぁ……あ……ああああああああぁぁぁぁ……い……ぃゃ……」


〜〜〜〜〜〜


 絶望しきったような叫び声。心臓が跳ね上がる。

「ユミっ!」

 身体を揺すっても反応がない。人形のようにそこにあるだけ。ユミからの情報は諦め、周囲を見る。白い服にトマトソースが付着した男が一人、理解が追いつかないと立ち尽くしている。そして遠巻きに眺める群衆。私は事の経緯を察した。

「だから……退院はまだ早かったのよ……」


 ユミとみきと私は3人で一緒にいることが常だった。高校に入って初めて出会ったのに、びっくりするほど気が合って、放課後に互いの家へお邪魔することも多かった。気の置けない友達ってこんなに楽しいんだって、幸せを謳歌してた。でも、ユミのお母さんの夭逝から歯車が狂いはじめた。元気を出してもらうために、よくユミの家に行って話したり遊んだりした。それが悲しみを和らげる手立てだと、日常に帰る手立てだと信じて。2週間が経った頃から、少しずつみきがやつれていった。少しずつ元気を取り戻していくユミとは対照的に。おかしさに気づいていたのに、気のせいだと押し込んで3人でユミの家に通い続けた。

 1ヶ月が経ったある土曜日、忘れ物に気付いた私は朝からユミの家に向かった。びっくりさせようと思って連絡はしなかった。インターホンを鳴らす。電気がついているのに反応がない。不思議に思って扉に手をかけると、鍵はかかっていなかった。

「おじゃましまーす、はるかでーす」

と入った瞬間、異臭が鼻を突いた。咄嗟にユミの部屋へ駆け出す。そこには服を赤く染めて首を吊るユミがいた。恐る恐る触れるとまだ温かい。一縷の望みをかけて必死に下ろし、救急車を呼び、警察に通報した。

その後の記憶はぼんやりとしている。しかし、めった刺しにされたユミの父と虚ろな目をした裸のみきの姿がこびりついて離れない。吐き気が込み上げてくるが、2人の辛さを想い、耐える。3人でまた笑い合えるように、少しでも贖えるように、私は今日も2人の病室へ足を運ぶ。

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