第2話 シンとシノブ




「あ、お目覚めですか」


ムクロが目を開くと目の前には、あの小人ハーフリングの女が顔を覗き込んでいた


「ここはどこだ。フェイの奴は?奴は俺が斬るんだ・・・、いてて」


額に痛みが走る


「あの女、手加減なしに殴りやがって」


俺は額を抑えながら周囲を見回した


水車が動く音が聞こえる


ここは森にある水車小屋のようだ。


ムクロは水車小屋の中に敷かれた茣蓙ゴザの上に寝かされていた


「フェイ殿ならば、何処へと去っていった。愚弟をよろしくとな」


威厳のある男の声が向こうからした


水車小屋にはもう一人、男がいた


小綺麗な袴を着た旗本風の若侍で背が高く、目鼻立ちが整ったかなりの美男子である


若侍は微笑みながらムクロの方を見ていた


「あー?てめえは誰だよ」


「お前はではありません!ほらほら、頭をお下げなさい!」


女はムクロの頭を無理やり下げさせる


「いてて、何すんだよ!」


暴れてその手を振り解こうとするが、意外に腕力が強い


「このお方こそはこの日本を統べる8代将軍徳川吉宗公です。驚きましたか?驚いたでしょ!?」


なんだ、そんなことか


ムクロは鼻で笑いとばした


「ハッ!それがどうした、人間たちの大将のことなんて俺が知ったことかよ!」


ムクロは頭を押さえつけるシノブを無理やり引き離す


吉宗をそんなこと呼ばわりされて女は怒る


「無礼です!非常識です!今すぐ上様に謝ってください!」


「良いのだ。シノブ」


若侍は微笑みながら小人族ハーフリングのシノブを制する


「この姿の俺は徳川吉宗ではなく松平シンだ。貧乏旗本のシンを前に無礼も何もないだろう?」


「しかし、上様」


「あ?てめえ、将軍なのに名前を偽ってんのか?」


将軍を前に傍若無人にムクロは尋ねた


しかし、『シン』は腹を立てるわけでもなく、ただ静かに微笑んでいた


「そうだ。俺の趣味でな。時折、城を抜け出し、貧乏旗本の松平シンを名乗って世間を見て回っているのさ。お前も俺のことはシンと呼んでくれ」


貧乏旗本のシンは会釈をする


「あたしはシノブって言います。行商人の格好をしていますけど、これでもシン様に仕える忍びのものなんですよ。先ほどは危ういところをお助けいただきありがとうございました」


忍び・・・?らしいシノブも会釈をする


「忍び?鈍臭そうで、とてもそうは見えねーな」


ムクロはジト目でシノブを睨みつける


「余計なお世話です〜」


シノブは頬を膨らませる


「で、将軍と忍びが俺になんのようだ」


「知っての通り、俺は将軍家の剣術指南役であったムソウの弟子でね。殺された師の仇が討ちたいのだ。そこで師の息子である貴殿に協力をしてもらいたいというわけだ」


何をいうかと思えば死んだ親父の仇討ちの協力だ?


ムクロは鼻で笑い飛ばした


奴の仇を討つなんて気持ちは自分には毛頭ない


半妖は忌子だからという理由で『赫き獅子王のギルセリオン』を持たせて、子供のムクロをエルフの都『エルダール』から追放したのは父であるムソウその人だった


あの日、以来、自分の力と剣だけを頼りに裏世界で生き抜いてきたのだ


恨みこそあれ、親子の情などとうにない


「へっ、俺はあいつに親の情は感じてねえよ。ガキの頃に俺を追放しやがった奴だぜ。奴だって、忌み嫌う俺なんかに仇討ちなんてしてほしくねーだろうが」


「それはどうかな?」


シンは俺の剣を指差した


「その剣、エルフの宝である『赫き獅子王のギルセリオン』をお前の父は託して追放した。それは離れていてもお前に強く生きてほしいという親の情からではないのか?」


「うるせえ。てめえに何がわかる」


ムクロはシンを睨みつける


「無論、ただとは言わぬ。俺の権限でムソウの持っていた『紫の滅びのマゴルダグニア』を協力してもらった報酬としてお前に与えよう。悪くない話だと思うが」


その言葉を聞いてムクロは瞳を見開いた


天下七魔剣は人間、ドラゴン、オーク、ドワーフはそれぞれ一本ずつ、所持しているが、例外的にエルフは三本の魔剣を所持している


俺の赫き獅子王のギルセリオン


フェイの蒼き獅子王のエクセリオン


そして、父『ムソウ』の紫の滅びのマゴルダグニア


特に紫の滅びのマゴルダグニアは他の剣を圧倒する能力を持っているとムクロは聞いたことがある


ムクロはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた


ーー悪くねえ。俺は親父の『紫の滅びのマゴルダグニア』を手にしてさらに強くなる


「その話に嘘はねえな」


「無論だ。将軍である俺がそんなつまらぬ嘘をつくと思うか?」


「いいぜ。乗ってやらあ。で、下手人の目星はついているのか?」


ああ


シンは頷いた


「我々は天下七魔剣のいずれかの魔剣士が下手人と見ている。彼らに会ってそれを確かめるのだ」


「もし下手人ならば斬り合いになるかも知れねえな。面白え、上等だ。天下七魔剣、相手にとって不足はねえな。だが、その前に、てめえの刀。そいつも魔剣だな?」


「ほう、刀の目利きができるのか」


「これでも元盗賊でね。その刀からは力をギンギンに感じるぜ」


シンはニヤリと笑い刀を手に取った


白い柄に龍の装飾が刻まれた金の鍔がついた刀である


シンは黒塗りの鞘から銀色に輝く刀を抜いた


夜なのに昼のように銀色に光り輝く刀身が姿を見せる


美しい波紋が浮かび上がる刀身からは神聖なオーラが放たれているのをムクロは感じた


「いかにも、将軍家に伝わる天下七魔剣の一振り『幻想正宗』である」


「だったら、てめえが親父を殺した下手人の可能性もあるわけだ」


ムクロの言葉にシノブは顔を青くする


この男は元盗賊の賞金稼ぎとは聞いていた


だがいくらなんでも、上様を、征夷大将軍を下手人扱いするなんていくらなんでも常識が無さすぎる!


もはや、常識知らずや、不敬なんて言葉では済まされない。狂っているのだ、この男は


「ムクロさん!いくらなんでも!」


「良い」


ニヤリと口元を歪めて笑うシンは取り乱すシノブを制する


「確かにその通りだ。俺も『幻想正宗』の使い手となれば、当然、下手人の疑いが掛けられよう。さて、どうすれば、疑いが晴れる?」


ムクロは自らの愛剣『赫き獅子王のギルセリオン』を手に取ると鯉口を切った


チャキっと音が鳴る


「表に出な。白か黒かは、俺の剣で聞いてやる」

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