練習問題④ 問2【死体を埋める話】
昏い穴に重い音を立てて土が落ちていく。僕はシャベルを一旦止め、覗き込んだ。クラスメイトの体はもう土の下に見えなくなっている。男子高校生というのは体格だけ見ればもう大人と同じで、山の上まで運ぶのは大変だった。石や木の根がゴロゴロしている山ではキャリーケースがたびたび突っかかるし、夜中なので視界もきかないし。気の早い秋の虫は僕が現れると声を殺したが、作業を初めて二時間経った今では気配に慣れたのか、再び涼やかな声で鳴き始めていた。
「よし」
僕は汗をぬぐうとまた手を動かし始めた。ショベルカーになったつもりで、頭を空っぽにして土を穴に落とし続ける。どさどさ、どさどさ、どさどさどさ。
彼と僕とは親友で。
だけどふとした衝動で階段の上に立つ親友の背中を押してみたくなる瞬間が、誰にでもあると思う。
翌日学校へ行くと彼の行方不明はもう噂になっていて、僕は大人たちに行き先の心当たりがないか聞かれたが知らないと答えた。事実、知らない。死んだ人がどこへ行くのか。天国なのか地獄なのか、それ以外か。
ぱたん、と本を閉じる音が隣の席から聞こえて僕は目を開けた。
教室は夕暮れ色に染まっていて、僕と隣の席のクラスメイトの二人しか残っていなかった。彼女は眼鏡をかけた女子生徒で、薄暮の教室で差しこむ日光を頼りに本を読んでいたらしい。なんでまたろくに話したこともないクラスメイトを起こしもせず、自分が立ち去りもせず、一緒に教室に留まり続けたのかは不明だが。僕は寝汗をかいて喉が渇いていたので、机の上に置きっぱなしにしていた自分の水筒から麦茶を一口含んだ。
「知ってる?」
クラスメイトが誰にともなく尋ねたが、ここには僕しかいないので僕に言ったのだろう。
「殺人って感染するんだよ」
麦茶はまずかった。毒でも入ってるみたいに苦い。
昏い穴に僕が放り込まれた。土が降ってくる。初めに顔を隠すように。土が口に入り、じゃりっという触感が舌の上に乗った。掘ってしばらく空気にさらされた土は冷たくなっていて、胸に、腹に、手足にかかるたび夏の夜の熱が遠ざかっていった。クラスメイトは一旦手を止めて僕を眺め下ろすと、小さく息をついて作業を再開した。どさどさ、どさどさ、どさどさどさ。
声を静めていた秋の虫たちが再び鳴き声を奏でていた。
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