猫と僕と不機嫌な彼女

七洸軍

猫と僕と不機嫌な彼女


「じゃあね! さようならっ!」


 いよいよ強くなってきた雨よりも乱暴に、その声はその彼を打ちのめした。叫ぶだけ叫んで、カノジョは踵を返すと雨から逃げるように足早に……いや雨音と張り合うように水たまりを踏みつけながら離れていった。

 夜に灯されていく看板と人混みの中へ紛れていくその姿を、彼はじっと見ていた。見ているしかできなかった。カノジョと自分との間に何が起きたのかを理解するのと、そうして分かって来た現状を必死に否定するので頭は一杯だった。

 やがてカノジョの後ろ姿が見えなくなり、雨が降っていた事に気が付く頃になってようやく、その事実を受け入れるだけの冷静さが戻ってきた。

(要するに、僕はふられたのか)

 しかしもう遅い。追いかけようにもカノジョの姿は見えず、走って探し出そうにも、己の身体は中が空っぽになってしまったかのように動こうとしない。

 空が悪いじゃないが、降り続く空を見上げる。冷たい雨が彼の顔を打ちのめし、体を芯から冷やしていく。なんだか自分の心の内を映しているようで、笑えた。笑ったら、雨は少しだけ穏やかになった。……これは長雨になりそうだ。

 彼は溜息をついた。通りのあちこちには色とりどりのパラソルが咲いている。その中に立つびしょ濡れお化けの自分は、世界で一番惨めな存在に違いなかった。

 勿論、傘は持ってきていない。しかし濡れすぎてコンビニに入る気にもなれない。

 ……仕方なく、彼は打たれながら帰ることにした。


 そうして、振り返ろうとした時、宝石のように光る二つの瞳と目が合った。公園の暗がりに紛れ、じっと自分を見ていた。目が慣れてくると、それが猫である事が分かる。

 雨の降り続く公園で、降る雨に濡れるのにも構わず、ソイツはじっとそこに居て僕を見つめていた。

 自分と似ているのだと思ったのはほんの一瞬だけ。その黒猫が先ほどの様子を見ていたのだろうか。おそらく、彼女がイライラを募らせてから去っていくまで、さらには彼がずぶ濡れになるまでの一部始終を見ていたのならば、……

 ……つまりなんだ、自分がフラれる様というのは、猫に雨を忘れさせるほどに面白いものらしい。

「……なんだよ。そんなに情けないかな、僕……」

 苛立つよりも情けなくて力が抜けた。いよいよ体が冷えてきているのかもしれない。あるいは、自分と同じ濡れるに任せている猫にどことなくシンパシーを感じたのかもしれない。同族意識と言うか。コイツも自分と同じなのかもしれない、と。

「お前だって、情けない姿してるんだぞ? びしょ濡れじゃないか」

 猫がこんなにも濡れている姿は珍しい。それを気にしない猫は、さらに珍しいだろう。しかし、このままじゃ猫も彼も風邪を引きそうだ。

 彼はその猫を連れて行こうと思った。その変わりものの猫を、なんとなく放ってはおけなかった。

 手を伸ばすと猫は一瞬身を引こうとしたが、彼が手を止めたのを見ると逃げるのを止めた。宝石の瞳がじっと彼の内面を探っている。

「大丈夫だよ。濡れたままは嫌だろう?」

 手を伸ばせば一瞬驚いたような仕種を見せたが、抱き上げてやれば嫌がる素振りは見せなかった。今は可哀そうな程に濡れてしまっているが、毛並みが乾いてブラシをかけてあげたら気品を感じさせるほどに綺麗になるだろうなと思った。確かめたわけではないが、きっと雌に違いないとも。

 胸の内でゴロゴロと喉を鳴らす様に口元を緩めると、猫に雨が当たらないよう身体を丸めながら、彼は家までの道のりを走った。



 猫もまた弱っていたのか、体を拭いてあげている間も観念したようにおとなしかった。

 彼は猫の世話などしたことがなく、飼う為の知識も聞き齧りでしかなかったが、それでも猫が食べられるものをと考え、ツナ缶を湯にくぐらせて塩分を落としたものを与えたりした。小さな体の割に勢いよく食べ始めたのを見て、ようやく人心地ついたような気がした。翌日はちゃんと猫用の餌を買って来なければなるまい。

 食べ終えるとすぐ疲れたように身体を丸めてしまった猫を撫でながら、また少し不安が湧き上がって来た。猫は「ンー」と唸りながら耳をぴくぴくと奮わせた。

 翌日は仕事終わりに必要なものを買い揃え、大家さんに許可を貰った。二、三注意を貰った以外は案外すんなり許可は貰えた。猫も少しずつ慣れてきたのか、彼がじっとしていると撫でろと言いたげに寄って来るようになった。撫で方がしつこすぎると文句を言いたげに声を上げたが、一旦手を離してやればまた居心地良さそうに体を寄せてきた。

 そうして猫が落ち着いて来ると、彼の心は別れたカノジョの方へと飛んだ。

 仕事が終われば、足は自然と彼女に振られたあの公園へと向かう。ひょっとしたら、カノジョもまた自分と同じように後悔や未練を抱えているのではないかと期待して。もしそうなら、また縒りを戻せるかもしれない。勿論そんなドラマのような再会がある筈も無く、「何が悪かったのだろう」と一層落ち込みながら帰宅するだけ。そんな彼を、猫は気にした風でも無く出迎え、ただそっと寄り添ってくれるのだった。

 そうして未練たらしく雨の夜が明けた。



 ニャァ、と鳴き声が聞こえた気がして顔を上げた。

「――――ねぇってば」

 それは猫の声ではなく、よく通る澄んだ女の声だった。

 フラれたあの雨の日、猫が佇んでいたその場所に、少女が立っていた。若さを体現したような少しサイケな雰囲気の恰好。年はそこまで離れているとは思わないが、仕事帰りでスーツの自分とはひどく対称的だ。

「昨日もここにいたよね?」

「うん、まぁ……」

 雨が上がり夜が明ければ、また彼女と会って仲直りできるかもしれないと思い、なんとなくここに足が向いたのだが、どうやらその姿を見られていたらしい。

「一昨日も。彼女にフラれてた」

 ……この少女は知ってて声を掛けてきたのか。

「……君は僕をからかいに来たのか?」

「ううん。慰めてあげようかと思って」

 そう言って、少女は彼の隣に腰を下ろした。その距離が近くて、彼は席を空けるように位置をずらしたが、それが分かっているのかいないのか、少女もまた距離を詰め、何故かさっきよりも近い位置に腰を落とした。

「……一体何だっていうんだ?」

「ねぇ、デートしよ」

「はぁ??」意味が分からなかった。

「言ったでしょう? 悲しそうにしてるから、慰めてあげるよ」

「僕にカノジョがいるのを知っていて言ってるんだよな?」

「フラれてたじゃん。こっぴどく」

「うぐ……」

 それはその通りだ。この子にはカノジョと別れる場面を見られていたのなら、「自分にはカノジョがいるから」という断り文句は通じない。

 しかしそれでも罪悪感は消せない。こうして別の女の子と話しているだけでも、心の奥がチリチリする。

 そんな苦々しい想いが顔に出たのだろう。それを読み取ってか、少女は勢いよく彼の腕に抱き着いてきた。

「いいんだよ。酷い言葉を投げつけられてこんなに落ち込んでるのに、そんな女のことなんか思い出さなくてもさ」

 その温もりに戸惑う。振り払うことに違う罪悪感を覚えそうな程に。

「逆ナンにしても強引過ぎる。遊びたいなら他を当たればいいだろう。そもそも君は誰なんだ?」

 まだ名前すら知らないのに馴れ馴れしい。彼がそう言うと、少女の表情に迷いが見えた。目を逸らしつつ「うーん…」と考え込むと、「ナイショ」とおどけて見せた。

「はぁ??」

「本当に知りたいなら教えてあげてもいいんだけどさ、どうせカノジョさんのことが忘れられないんでしょう?」

 感じている罪悪感まで見透かされているような気がして、彼は言葉を詰まらせた。

「だったら、お互いに知らないままでいよ。あたしも聞かない」

「それだと不便じゃないか。君は……」

「そう、『君』。目の前にいる『君』」

 彼を指さし少女は微笑む。

「あたし、二人称って好きだよ。今目の前の人と話してる。この人は今あたしを見ているんだって気がして。今はそれで充分。だからもし、カノジョさんの事を忘れて、あたしのことだけ見てくれるなら、その時は名前で呼んで」

 それを期待しているのは明らかだったが、彼にはそれに応えることはできない。ただ黙り込むだけだ。

「とりあえずは野良猫と遊ぶようなものだって、そう思っておけばいいよ」

「お、おい!」

 まだデートするだなんて言っていない。だけど少女はそんな彼の腕をぐいぐいと引っ張って行き、彼もまた呆れながらも、少女の他愛のない遊びに付き合ってやるくらいは構わないか、と思い始めていた。



 それからのデートは、ずっと少女に振り回されっぱなしだった。街を歩き、少女が興味を示すたびにひきずられるようについて行っただけ。不思議な形の樹や通ったことのない小道、その陰にひっそり佇む祠、珍しい色の小鳥や公園の遊具に興味を示したりもした。そのたびに彼は自分の知っている範囲で教えようとしたが、少女はそんな話に耳を傾けるよりも先に彼の手を引っ張って行き、「ねぇねぇ」「見て見て」と少女の感想を聞くことになる。果たしてそれでデートと言えるのか、彼としては甚だ疑問ではあったが、少女の方はただひたすら楽しそうではあった。

 そんなデートとも言えないようなデートだったので、不思議なほどお金は使わなかった。店に入る事も無くウィンドウショッピングだけで済んだし、少女が商店街の屋台の匂いに興味を示した時も結局は食べずに通り過ぎた。缶ジュースでも買ってこようかと尋ねたこともあったが、はぐらかされた挙句に結局公園の給水で済ませた。

 気を使われているのかもしれない。……そうやってこの名前も知らない少女の意図を、彼はデートの間じゅうずっと考えていたが、結局は分からなかった。こんなデートで果たして少女が楽しかったのかどうかさえも。

 「またね」と手を振る彼女はどんな表情だったろうか。夕日の逆光でよく見えなかった。


 少女と別れ、家に戻れば猫が出迎えてくれた。ソファーに座りぐったりする彼を、猫は様子を窺うように見上げていた。お互いに食事を終え、夜の時間がゆったりし始めてくると、考えてしまうのはあの少女の事、そしてデート中に怒らせてしまったカノジョのこと。……女は何を考えているのか分からない。ため息を零せば、膝の上の猫が一声鳴き、己の居場所を確保するようにくるくると丸く寝そべる。気楽でいいなと、少しシニカルに羨ましくなった。

「君は今、何を考えているのかな」

 尋ねても猫は答えてはくれない。彼の方から推測するしかないのだが、当然猫の考えていることなんて分からない。彼からはせいぜい、撫でながら何処が気持ちいいのかを観察するだけ。ただ、そうして過ごす時間は思いの外心地よかった。



 次の日からも、彼が公園に行くと決まって少女が現れた。その年頃なら友人達と遊びたいのではないかと思ったが、出会えば少女はまた彼を何処かへと誘った。そしてまた日が暮れる頃に別れる。そんな日をさらに何度か繰り返した。積み重なればそれだけ、名前も知らないままの関係も徐々に居心地が悪くなる。


 ―――もし、カノジョさんの事を忘れて、あたしのことだけ見てくれるなら、その時は名前で呼んで。


 少女のそんな言葉のせいで結局名前を聞けていない。名前を聞くことがカノジョへの裏切りのような気がして……彼自身未だにカノジョのことを引きずったままなのだろう。

 その一方で、この少女のことは少しずつ分かって来た。意外と賑やかなのは苦手そうだったり、知らない道を歩くのが好きだったり、……案外我慢強く、距離感に気を付けていたり。

 一度だけ、少女がお腹を鳴らすのを聞いたことがあった。

「何か買ってこようか?」と尋ねても少女は遠慮するばかり。「もしかしてダイエット中とか?」

 首を振りつつも少女は少し困ったような笑みを浮かべた。

「頼っちゃうのは悪い気がして」

 少女もまた名前を知らないままでの距離感を計り損ねているのかもしれない。なんとなくそう思った。

「これくらいは遠慮することない。むしろ頼ってくれた方が僕も嬉しい」

「そう……じゃあ」

 少し考え、少女は遠慮がちに一件のお店を指し示した。それがレストランでもクレープ屋でもファストフード店でもなく、子供が出入りするレトロな雰囲気の駄菓子屋だったことに、彼は少なからず落胆する。まだ遠慮しているのか、自分はそんなに頼りなさそうに見えるだろうか、と。

「あたしは一緒に選びたいのよ。好きなものを選んで、一緒に座って食べるの」

「ちゃんとしたレストランでもできるじゃないか」

 そう言おうとした彼の口元に、少女は人差し指を掲げて黙らせた。

「いずれ、ね」

 まだお互い名前も知らない関係だ。確かに一緒にお店に入るのは早かったかもしれない。

 ……そうだろうか? 名前も知らないのはお互いに課した遊びのようなもの。自己紹介もしないまま「君」とか「ねぇ」とかで意思疎通すること自体が普通ではない。

 自分がせっかちだったのも違いない。そもそも、お互いにデートするような洒落た服でもなければ、デートらしい場所に行ったわけでもない。この不思議な関係においては、レストランなんかよりも、駄菓子を外で食べるくらいで丁度いいのかもしれない。

「……まったく、君は」

 言葉にならなかったそんな呟きを聞いて、少女は何故だか嬉しそうに微笑んだ。



 思えば、カノジョとのデートでは見栄を張る余りに急ぎ過ぎていたのかもしれない。頼りになるところを見せたくて、カノジョの声を聞いているようで、カノジョのことを考えていなかったように思う。

 ……どんどん過去のやらかしが見えてくる。家のソファーの上で身悶え頭を抱える程に。

 そんな彼を見て、猫は小さく鳴いた。呆れているようにも、そっと慰めているようにも、あるいは遠慮がちな「構って」という声のようにも聞こえて、……よく分からなかった。

「君は今、何を考えているのかな」

 分かりっこないのにそんな時間は増えたのは、探るような触れ合いを猫は何処か心地よさそうにしていたからだろう。彼もまたそんな様子を観察する時間が好きだった。

 ……カノジョともそんな風にできれば良かったのだ。名前も知らない少女に連れまわされた時のように、「ねぇ」「君」とお互いだけを呼び合えていたなら。あるいは、猫と触れ合うようにお互いの気持ちを探り合えていたなら。勿論、カノジョは猫ではないのだから、こうして触れ合うことまでは出来はしないのだけど。


 ――――突然、スマホが鳴った。

 その画面に出た表示を見て、彼は息が止まる程に驚いた。困惑と、それ以上の期待と喜び、それらをどうにか落ち着かせてから、カノジョからの電話に出た。

 お互い探るような応答の後、『ごめんなさい。わたし、言い過ぎたわ』という謝罪の声。その頃には彼自身の気持ちも大分凪いでいた。

「……いや、僕の方こそ。見栄を張るあまりに肝心の君のことを見ていなかったんだなって、今になって気付いたよ」

『わたしも欲張りすぎたから』

「頼ってくれるのは嬉しいよ。でも……そうだな、一緒に悩んだり怒ったり笑ったりできたら、良かったんだよな」

 フフというカノジョの笑い声が聞こえて来て、彼はほっと胸を撫で下ろした。一方で猫が「かまえ」とばかりに体を昇ってこようとしてくる。

『ねぇ』とカノジョが躊躇いがちに声を掛ける。『わたしたち、もう一度やり直せるかな』

 一瞬にして心が跳ね上がるような気分になった。

 その隣で猫が「ニャアァ」と鳴き、スマホを持つ彼の右手に手を伸ばしてきた。それをかわしながら彼は電話の声に応える。

「勿論だよ。……ずっと、君の声を聞けないのが寂しかっ…………あっ!!」

 じゃれつく猫の手がスマホを叩いた。彼はスマホを拾うと同時に、猫の身体を抑えるように抱き締めた。猫はなおも彼の腕の中で不満そうに暴れている。

『……誰かいるの?』訝しむカノジョの声。

「ああ猫だよ」と彼は答える。抗議するように猫が「ニャアアア」と鳴いた。

『猫なんて飼ってたの?』その声が聞こえたのだろう、カノジョは責めるでもなくおかしそうに笑った。

「寂しかったのと、あとはちょっとした縁かな………痛っ!?」

 片手間にあやそうとするその手に、猫が思いきり噛みついた。甘噛みではない本気の痛みに思わずその手を離した。その一瞬の隙を付いて、猫が部屋の外に駆け出していく。追いかけようか迷ったが、スマホからのカノジョの声で冷静になった。

『どうしたの?大丈夫?』

「噛まれた。痛た……結構本気だったなこれ」

 血がとめどなく溢れてくる。跡が残るかもしれない。

『きっとヤキモチ焼いちゃったのね』

 楽しそうに笑う彼女の声。

 ――――それと同時に、我が家の玄関の扉が開く音が聞こえたような気がした。

 まさかと思った。……けれど、猫は玄関の扉を開けられないだろう。その筈だ。しかし……


 彼がその愛くるしい姿を見ることは二度となく、その後戻って来る事も無かった。




  ==============================




 雨が降り出した。あの日と同じように、少女の肩を冷たく濡らしていく。

「――――ふん……だ」

 優しい人だったけれど、結局あの人は、最後まで前のカノジョさんのことを忘れることはできなかったのだろう。少女と一緒に居てもなお、ずっとカノジョさんのことが忘れられなかったようだ。そんな中で復縁を請われては、……出会ったばかりの少女に勝ち目はない。

 何がいけなかったのだろう? せっかちだったつもりも欲張りだったつもりもない。少女自身それで痛い目を見ているから慎重だった。雨から庇ってくれるような人でも直ぐに信じきることはできない。……あるいはそれがいけなかったのだろうか……? 人の愛を得るのは難しい。


 雨の中を歩む少女は、誰にもその姿を気に留められないまま、その姿を失う。敷石の上を一匹の猫が通り過ぎて行った。


 ……猫のまま愛されるのなら簡単だ。それで満足できるのなら、こんなに悔しく思う事も無かっただろう。

 けれど、それでは本当に猫になってしまう。気紛れに撫でられ、飽きてはそっぽを向かれ、他の誰かに愛する人を奪われ、そしていずれ忘れられてしまうだろう。あるいは、今回のように最初から口直しの添え物か、ただの遊び相手としか見られないまま、飼われるだけの一生で終わる。

 少女は人になりたかった。人として愛し愛されることで、今度こそ人になることができたなら。欲張りはしない。たった一人、自分の愛するたった一人の男性から、一人の女として認められその愛を得る事が出来たなら、その時ようやく猫は人になれる。

 たとえ幾度も恋と失恋を繰り返しつつも、最後には運命の相手と巡り合い、そのあとずっと平穏に、幸せに、寄り添って暮らせたらと願うが………心の底からそう願うも、なかなかにそれは難しい。人を真似、人の姿となってもなお難しいのだ。


 雨が猫の身体を冷たく濡らす。ため息がかすかな鳴き声に変わる。

 誰か。今度こそ、誰か。優しい人に。

 駆け足で街を抜ける猫の、尻尾が寂し気に揺れた。

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