「こども」という未知、予測不能の弾道
- ★★★ Excellent!!!
「こども」という言葉に何を思い描きますか?
可愛らしさ。純朴さ。無垢な笑顔。
愛くるしい、生き物。
しかしながら「こども」というものは、何と言っても未熟であり、未完成で、
「未来のあるいきもの」であるということ。
私は実は、子供が主人公の話がかなり苦手です。
子供らしいあどけない子供の思考が苦手なので、合う合わないをかなり選ぶのですが、
ただ「こども」という言葉には非常に広角な意味があり、
可愛いだけが子供では無いのです。
ある意味で大人より忠誠心があり、夢の為に犠牲を問わず、
損得勘定で行動を決定しないようなところもあり、予測不能なのです。
こどもの「自我」はいつ、形成されるのでしょうか?
大人や親が善悪を教え、躾け、社会で他人と共存出来るように導いて行きながら、徐々に形成されるのが普通ではあるでしょうが、
では教えや躾や導きを得る前や、そういうものを誰からも与えられなかった子供たち。
彼らは一体、「何者」なのでしょう?
子供のあどけない思考があまり得意でない私がこの話を読めたのは、ここに登場して来る子供たちが子供らしい愛らしい姿をしながらも、どこか得体が知れないところがあるからなのです。
子供は大人を見ています。
そして与えられた環境に適応するのです。
導きの星が無いならば、彼らだけで行くべき道を定め、歩き出します。
「こども」という生物が持つ、
得体の知れないシンプルさ、
不気味な純粋さ。
しかし彼らが彼らの全身で「戦おう」と思った時の迷いの無さは、
本来人の手の届かない領域に燦然と輝く月や星の在り様に、妙に馴染む気がします。