魔法のiらんどに愛と敬意を込めて

ゆりかもめ

結婚25周年

「斑鳩くん、わたしたち結婚25周年だよ」


明日香が朝のコーヒーを準備しながら、ぽつりと告げた。


そうだ、今日は僕と明日香の結婚記念日。


僕と明日香が秘密の学生結婚として、親を説得して大学時代はふたりとも実家暮らし、清いお付き合いを続けて社会人になったら一緒に住むと約束して婚姻届を出したのが25年前。


ふたりとも高校生だったから、妊娠もしてないのになんで結婚なんか、まだ早い、て言う親に辟易しながらゴールインしたんったね。


シンデレラに巡り合うタイミングなんて、もしかしたら保育園とか小学生のときだってあるかもしれないのだし、僕と明日香はそれが高校生のときだった、それだけのことだと思っているけれど。


大学時代に結婚してるから、って友だちに言うと、かなりびっくりされることも多かったなあ。大学入学に、結婚していないことは条件としてないけれど。常識っていうのは子どもでも若者でもあるものなんだなあ、て感慨深くもなった。


「25周年かあ。いろいろあったね」

「そうだよ、本当にねえ。はい、斑鳩くん、コーヒー」


明日香がテーブルにコーヒーカップをふたつ、並べてくれる。


「ありがとう」


僕は毎日の朝の、この瞬間が大好きだ。明日香がコーヒーを準備する間に、僕はトーストを焼いて、会社勤めの合間に自分で作ったブルーベリージャムを冷蔵庫から取り出して、たっぷり塗る。


サラダはスーパーで半額になっていたカット済みの野菜だったり、最近は卵も鳥インフルエンザの影響で入手困難、地元のうずら卵にチャレンジして小さな卵焼きになったりだけど。


ふたりで用意した朝食を取りながら、ぽつぽつっと話をする、この瞬間が。


「魔法のiらんど、カクヨムに合併だって」


明日香が話題を振ってきた。


「魔法のiらんどが? 昔は書籍も出て、面白かった時もあったけれど……確かに今はカクヨムみたいな無料小説を読んだりしているなあ」

「TikTokとかインスタとか、LINEまで動画機能もついちゃって全盛期だから、わたしたち化石みたいなものかもね」

「じっくり活字を読む時間は嫌いではないよ。会社に行くまでの電車はスマホを見てるひとたちも多いけど、最近は本を読んでる人たちも前よりは復活してる気はする」

「本を読むっていう、はじめからおわりまできちんとストーリーを完結したものをしっかり読む行為と、スマホの短文とかコメントとかを読むのとは違う、って思うのも化石だからかもしれないね。わたし、好きな本を読むのは、スマホに向かってるときより好きかも」


確かに。休みの日、本を開く時間は何物にも代えがたい幸せを感じるときがある。


その感覚をともに持てるシンデレラが25年いてくれて、本当に僕はラッキーだと思うよ。携帯電話からスマホに変わり、娯楽コンテンツも飽和状態、この先また、何が新しくできて、何が新しく起きていくかは分からない時代だけれど。


明日香がずっといっしょにいてくれた25年は変わることのない大事な思い出だし、これからもいい思い出を、また25年……その先もずっと続けていけたら、わりと幸せな人生なんじゃないのかなあ。僕はそう思っている。


「25周年おつかれさまとありがとうだね。これからも本好きどうし、よろしくね」

「うん、斑鳩くん」


すでに僕の苗字になっているのに、出会ったころから変わらない呼び名を続けてくれる明日香。


……大好きだよ。と、こころのなかでそっと言っておいた。


今日の会社帰りのお土産は、何かいいものを考えてみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法のiらんどに愛と敬意を込めて ゆりかもめ @su202102

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ