第3話 エミリーと長い廊下 2
頭を抱えたあたしに、あっけにとられている事務員さん。
「どうしました?」
それは自分の影だった。
天井の丸いライトを通り過ぎると同時に、背後からやってきた自分の影にあっという間に追い抜かされる。
きょろきょろする事務員さん。
「自分の影でした。すみません、ちょっとびっくりしてしまって」
「影?」
なんだびっくりしましたと、笑う事務員さん。
あたしはもう一度丁寧に謝罪をして、二人でまた歩き出す。
「これね」
事務員さんもそう言って廊下に現れる影を指さす。話しながらも、次々と影に追いつかれては抜かされる。
「確かに追いかけられてるみたいだなぁ」
事務員さんは変に感心していた。影はまるで生きているように、あたしを追いかけてくる。抜かされるたびになんだか少しイラッとしてしまう。その影も自分なのに……。
あたしは意外と負けず嫌いな性格だったなと思った。
天井にいくつも並ぶ小さな丸いライト。影との追いかけっこは永遠に続くように感じる。
「気にしたことなんてありませんでしたよ」
「……そうですよね」
そりゃ大人の男の人だもの、たくさんの影が追いかけてきて怖いなんて言ったら、それはそれで怖い。
「申し訳ないです。夜に手続きになってしまったので」
「いえいえ、それはこちらの家の都合ですから。母が入院しちゃって、入寮を早めてもらって本当に助かりました」
あたしが十四歳にしてはかしこまった言い方をしたからか、事務員さんは眉をひそめ、いたたまれない顔をした。
「エミリーさん、本当に大変でしたね」
「ええ。でも、なんとか落ち着きました」
もう知っている話を繰り返しながら長い廊下を歩く。
事務員さんに気を使わせていることに心を痛めつつ、おもしろい話題を探してもなにも浮かばない。
するとそれも感じ取ったのか、事務員さんが会話の糸口を探してくれた。
「昼間は全然違う雰囲気ですよ。人もたくさんいて賑やかですし」
「えっ、あっ、ええ……」
「本当ですって、ふふふ。信じてください」
事務員さんは私のぎくしゃくとした反応を気にして、さらに主張してきた。でもそんな自分がおかしいのか、半笑いになってしまう。つられてあたしも笑った。
「ここは職員室と事務室ですよ」
事務員さんは長い廊下の右側を指さす。
ああ、なるほどとあたしは感心してうなずいてみせた。
「入寮するとここはあまり……いや、ほとんど通らないと思います」
「そうなんですね……」
そしてまた沈黙。
「夜の学校って、やはり怖いですよね」
「はい」
即答して、こくこくとうなずくあたしを見て、事務員さんはまた笑った。笑うと結構若く見える。前髪も真ん中で分けているのだけど、それも似合っている。
長い廊下が終わろうとしていた。目の前には真っ暗な大きな窓が迫っていた。
そこに映る事務員さんとあたし。窓を見るまでわからなかったけど、男の事務員さんはあたしよりずいぶん背が高かった。
こんなに違いがあるんだ……なんて窓を鏡代わりにしていたら、あたしを追い抜いていく影に異変があった。
影が違う動きをした。
あたしは手を下ろして歩いているので、次々と現れる影はもちろん手は下ろしている。なのに廊下を曲がるそのとき、影が両手を上げて追いかけてきた。
あっと思ったときには、あたしは息ができなくなった。首が徐々に絞められていく感覚。
苦しい--
くぐもったうめき声しか出ず、とっさに助けを求め、事務員さんの腕を掴んだ。
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