第38話


 身体の奥底で、何かが爆ぜた。

 それはただの脈動でも、単なる痛みでもない。熱だ。魂の芯に火がついたような、全身を焼き尽くすほどの灼熱が、俺の内側から吹き上がる。


 怒りとも違う、恐怖とも違う──けど、確かに知ってる感覚。

 ああ、そうだ。あの時と同じだ。

 初めて狂化を手に入れた、あの瞬間。ステラエネルギーが、俺の中を駆けたときの感覚。


「……ッぐ……ああああああッ!!」


 膝が崩れる。拳を地面に叩きつけた。

 全身を駆け巡る熱が、まるで体内から皮膚を焼き破ろうとしている。筋肉が軋み、骨が軋み、血流が鼓膜を打つ。けど、これは苦痛じゃねえ。


 ──これは、進化だ。


 俺の中にある新しい星が、今この瞬間、目を覚ましたんだ。


 視界がかすむ。だが、その中心には強烈な光がある。

 俺の胸の奥。そこから、溢れ出すようにステラエネルギーが暴れ始める。

 細胞一つ一つが暴れ出す。骨の構造が変わり、皮膚の下に新しい何かが生まれていく感覚。


 ──ゴウッ!!


 次の瞬間、全身から“硬質な音”が響いた。

 皮膚の上に浮かび上がる、黒鉄のような質感。鉱石のようにきらめくその層は、まるで内側から形成された鎧のように、俺の肉体を包み込んでいく。


 手の甲から肘へ、肩へ、胸へ──そして全身へと伝っていくその感覚。


 重くない。硬いのに、身軽だ。

 動きの一つひとつに無駄がなく、筋肉の動きと完全に連動してる。まるで自分の皮膚そのものが鋼になったような、一体化された感覚。


 さっきまで異形種の猛攻に悲鳴を上げていた身体が、今じゃなんとも感じねえ。


 視線を落とせば、拳に浮かぶ黒い輝き。

 星の光が、鋼殻になって現れてる。


 これが──俺の新たな力。


「……《狂鋼》……」


 自然と、その名が口を突いて出た。


 防ぐだけの殻じゃねぇ。

 これは、壊すための攻めの殻でもあるんだ。

 攻防一体。暴力と意志の結晶。


 異形種たちが唸り声を上げる。進化前の連中が、一斉に俺に向かって襲いかかってくる。


 だが──もう遅え。


「──来いよ。まとめてぶっ潰してやる」


 地を踏み鳴らす。その一歩で、コンクリートに亀裂が走る。

 硬質化した脚が発する衝撃は、ただの踏み込みじゃねぇ。地面ごと圧す破壊の力だ。


 襲い来る三体を、一瞬で視認。

 拳を構える。思考より速く──本能で動く。


 一体目に拳を叩き込む。

 ──バジャン!!

 勢いよく水風船を投げつけたかの如く、異形種の身体が壁に叩きつけられ爆ぜる。


 二体目が横から迫る。回転、踵を叩きつける。

 重力と慣性と《狂鋼》の硬度が合わさったその一撃で、頭部が捻れ、床にめり込んだ。


 三体目が、触手を飛ばしてくる。


「そんなもん効かねえ……!」


 構えた肩で受け止める。ゴギンッという鈍い音が鳴るが、痛みはない。

 全身が鉄より硬くなってる。この程度、かすり傷以下だ。


 そのまま触手を掴み、振り回して──床に叩きつける。

 瓦礫が爆ぜ、化け物の身体が潰れる音が響く。


「……ははッ、すげえじゃねぇか」


 拳を見下ろし、思わず笑いがこぼれる。

 全身が盾だ。全身が武器だ。

 そのすべてが、俺の戦闘に最適化されている。


 けど、満足してるヒマなんかねえ。

 目的はまだ──終わっちゃいねぇ。


 ──アイラを、取り戻す。


 そう思った瞬間、気配が揺れた。

 あの、10メートルを超える異形種。青白い光を背負いながら、ゆっくりとこちらに向き直る。


 ──ドンッ!!


 地を裂く音とともに、巨大な触手が飛来する。


「おせぇよ……!」


 瞬間、拳が閃く。

 《狂鋼》を纏った右の拳が、一直線に振り抜かれる。


 ──バギィン!!


 甲殻のように硬かった触手が、“砕けた”。

 裂け、崩れ、光の粉塵とともに四散していく。


 そのまま前進。異形種が慌てて触手を複数伸ばしてくるが、全部、叩き落とす。

 一撃、二撃、三撃。打つたびに爆風のような衝撃が走り、空気が弾ける。


「返せよ……アイラは、俺のもんだ!!」


 跳躍。

 巨体の懐に潜り込み、アッパーを叩き込む。


 ──ドゴォッ!!


 異形種の巨体が浮く。

 10メートル級の化け物が、拳一発で宙に舞う。

 青白い光の粒が爆ぜて、宙に舞った。


「失せろ、デカブツッ……!」


 宙で無防備なその身体へ回し蹴り。化け物は勢いよく吹き飛んでいくが、トドメを差した感覚はない。

 チッ、仕留め損なったか。

 異形種は、身体をひしゃげさせながら、放物線を描くことなく一直線に闇の中へ消えていく。


「……っし、今だ……!」


 その隙を逃さず、俺は奥に見えたつぼみへと走った。


 脈動する青白い光。その表皮は半透明になっていて、中に眠るアイラの姿が、ぼんやりと透けて見える。

 薄っすらと青白い粘液の中、うずくまるように浮かんでいる。


 目は閉じてるが、鼓動は……かすかに、ある。


「……よかった……生きてる」


 拳に力が入る。こんなもんに、これ以上触らせてたまるかよ。


「おらァッ!!」


 《狂鋼》を纏った拳を振り抜く。


──ガシィン!!


 鋼鉄の塊を叩き割ったような音とともに、つぼみの表皮に亀裂が走る。すぐさま、もう一撃。殻がバリバリと割れて、粘液が溢れ出す。


中の空間が開き、アイラの身体が、ふわりと宙へ押し出されるように崩れ落ちてきた。


「アイラッ!」


 慌てて抱きとめる。身体はしっとりと濡れていて、冷たい。


「……おい、アイラ。聞こえるか?」


 声をかけても、反応はない。頬に手を添えたけど、まぶたはぴくりとも動かねえ。


「……っくそ」


 焦りが喉の奥を締め上げる。でも、鼓動は感じる。生きてる。


なら、今やるべきことは──ここから運ぶことだ。


 周囲を見渡す。空間の隅、崩れた構造物の陰に、瓦礫がせり出してできた自然のくぼみのような場所がある。視界が通りにくく、敵の目を避けるにはちょうどいい。


「よし……一時退避だ」


 アイラの身体を胸元に抱え、慎重に足を進める。


 《狂鋼》の効果で足場の悪さもものともしねえ。ぬめった床も、割れたコンクリも、すべて踏みしめて進む。彼女の頭を揺らさねえように、腕の中でしっかりと支える。その顔は、いつものように穏やかで──だからこそ、余計に胸が締めつけられる。


……ごめんな、守りきれなくて


 心の中で呟いた。無事でよかった。だけど、本当は、こんな目にあわせたくなかった。彼女が巻き込まれたのは、俺が弱かったからだ。


 だから──

 絶対に、これ以上は譲らねぇ。この先、誰にも触れさせねえ。


 隅の陰にたどり着く。慎重に、できる限り安全そうな場所を選んで、アイラをゆっくりと横たえる。瓦礫が直に当たらねえように、周囲の布くずや、崩れた金属片をどけてスペースを確保する。


 額にかかる髪を、そっと指先で払った。

 ──その時だった。


「……う……」


 耳に届いた、かすかな声。直後、アイラのまぶたが、ぴくりと震えた。


「……アイラ……!?」


 呼びかけると、彼女はゆっくりと目を開けた。その瞳はまだぼんやりとしていて、焦点も定まっていない。


けれど──確かに、俺を見ていた。その瞬間、全身から力が抜けそうになった。


「……ナオ、くん……?」


 かすれた声。息も細い。でも、それは確かな生の証だった。

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