第15話

「……あら、意外と早かったのね」


 セレンが俺を一瞥すると、薄く笑った。


「まぁな。ちょっと遊んでたら、すぐ終わっちまったわ」


 俺が肩をすくめると、アイラさんが少しだけ目を丸くして、それからクスリと微笑む。


「ここは荒っぽい人も多いので気を付けてくださいね」

「うっす」


 思ったよりも普通な対応に、俺は心の中で首を傾げた。昨日のあの感じはなんだったんだろうか。


 アイラさんの昨日の態度を思い出す。あの妙に硬い表情と、セレンが俺を庇った時の微妙な反応。けど、今の彼女は柔らかい雰囲気で、むしろ優しげにすら見える。


 ……やっぱ、俺が気にしすぎか? ……ま、深く考えても仕方ねぇか。女心ってやつは、俺にはまだまだ理解できそうにねぇ。


「それで、今日はどうしたの?」


 アイラさんの問いに、セレンが顔を向ける。


「バルザックの件の報告よ。ついでに、今後の依頼についても聞きたくて」


 アイラさんは小さく頷くと、端末を操作し始めた。


「……セレンが受けたバルザック討伐依頼よね。それに関して、バルザックの討伐は羽瀬さんが行ったということで間違いはないのね?」


 アイラさんが端末から目を上げて確認してくる。


「ええ、そうよ」


 セレンがあっさりと頷くと、アイラさんは少し考え込むような仕草を見せた。


「にわかには信じがたいけど……でも、体内ステラエネルギーの上昇量を見ても、間違っては無さそうだね」


 バルザックとの戦いを思い出す。あの巨体にあの膂力。今になって振り返ると、俺はよくあんなのと正面からぶつかったもんだと思う。


 まあ、楽しかったし、力も手に入ったし。結果オーライってことで。


「わかりました。それでは、バルザック討伐は羽瀬さんが行ったということで報告させていただきます」


 アイラさんは端末に何かを入力しながら言う。


「うっす、よろしくお願いします」

「……あと、おそらくですが、Ⅲ級セリオンを倒せるとなったら、本部からランクアップの要請が近々来ると思います」

「それは願ったりかなったりですね」

「はい。ただ、正式な審査には少し時間がかかると思われます。それまでは、受けられる依頼はⅤ級までのものですのでご注意ください」

「まあ、それはしょうがねぇか……」


 俺は少し肩を落とす。せっかくデカブツを倒したってのに、すぐにはランクが上がらねぇのか。実力だけで上がれるもんじゃないってのは、分かっちゃいるけどな。


「——少しでも早く上げたいなら、実績を積むのが一番よ。討伐依頼をいくつかこなしておけば、審査もスムーズに進むはず」


 隣からセレンが口を挟む。


「ふむ……」


 ランクアップがすぐにはできない現状、とりあえずⅤ級までの依頼をいくつかこなすしかねぇか。でも、どれくらいやりゃあいいんだろうな? いちいち時間かかってたら、ランクアップまでに飽きちまいそうだ。


「さっきアイラと話してたんだけど、旧東京内で最近セリオンの活動が活発になってるってことで討伐依頼が増えているそうよ」


 セレンが俺に視線を向けながら言う。


「今なら低ランクの依頼でも、そこそこ稼げるかもしれないわ」

「稼ぐったって、バルザックのノヴァを売れば結構もらえるんじゃねえのか?」

「ノヴァも審査に回されるから、お金を受け取れるのは数週間後よ? それまで今の財布の中身で持つ?」

「依頼、受けさせていただきます」


 飯を食うくらいの金は必要だから仕方ねえ。うまい飯とうまい酒は大事だ。

俺がそう言うと、セレンが腕を組んで考え込む。


「というわけでそうね……どうせなら、効率よくこなしましょう」

「……と、言いますと?」

「一気に数件受けて稼ぎつつ、さっさとランクも上げるのよ」


 セレンがニヤリと笑った。さすが、まだ出会って数日だが、俺のことよくわかってらっしゃる。


「いいじゃねえか、受けれるだけ受けようぜッ!」

「ふふ、ナオならそう言うと思ったわ。じゃあ、さっそく依頼を確認しましょうか。アイラ、お願いできる?」

「ええ、ちょっと待ってね」


 アイラさんが端末に一覧を表示し、俺たちに見せる。


「それなら、このあたりの討伐依頼が適していると思いますよ。範囲もまとまっていますし、効率よくこなせるかと」


 画面には、いくつかのⅤ級討伐依頼が並んでいた。


『旧東京立川エリアの廃工場にて、大型の"甲殻型セリオン"が発生』

『八王子駅跡周辺に、小型の"飛行型セリオン"が集結』

『市街地の地下排水施設で"獣型セリオン"の群れを確認』


「おお、なかなかバリエーションあるな」

「群れで動くタイプもいれば、単体で厄介なやつもいるわね。どう? 楽しそうじゃない?」

「ああ、ワクワクしてきた……!」

「でしょ? だから言ったのよ」


 セレンが得意げに笑う。


「ちゃっちゃとやって、ランク上げてやるよ」

「その意気よ。早くアタシのところまで上がってきなさい」

「追いつくどころか、すぐに追い越してやるよ」


 俺はニヤリと笑い、画面の依頼を指で選択した。

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