第14話


 翌朝、俺たちは八王子支部の前に立っていた。


「朝っぱらから思ったより人がいるんだな」


 俺は目の前の光景を眺めながら呟いた。

 支部の入口には武器を携えた救星者たちが行き交い、威勢のいい掛け声や、武具の擦れる音が響いている。まるで戦場の準備風景みてぇだ。


「当たり前じゃない。稼ぎの良い依頼なんかは争奪戦なんだから」


 セレンが横目で俺を見ながら、少し得意気に言う。


「それに、ここは関東でも最前線の拠点だからね。救星者の数も相当よ」

「そういうもんなのか」


 俺は腕を組みながら頷いた。まぁ、確かにセリオンが多い場所なら、それを討伐して稼ごうとする連中も増えるわな。


「ええ。とは言っても、こんな光景が見られるのは八王子……というか、旧東京周辺くらいかしらね」

「へえ? それはまたどうして?」


 俺の問いに、セレンは視線を遠くに向けた。


「他の地域の救星者は基本的にダンジョンに潜るのよ。ダンジョン内は階層ごとにセリオンの強さが変わるし、救星者たちは自分に合った階層でセリオンを倒すことができるわ。そうして手に入ったノヴァを売って生計を立ててるのがほとんどね」

「なるほどな。じゃあ、ここみたいに地上でバンバン戦うのは普通じゃねぇのか」

「そういうこと」


 セレンは軽く息を吐いた。


「誰かが倒さなきゃ、どんどん数は増えるし、溢れたのがどこかに逃げてしまうかもしれないからね。ほら、それこそナオと会った時のバルザックがそうよ」

「ああ、あのデカブツか」


 確かに、あんなのが野放しになってたら、そのうちどっかの街で暴れるに決まってる。


「そういう、他の地域に被害を与えそうなセリオンや、数が増えそうなセリオンは、討伐依頼として救星協会から依頼が出されて、別で討伐報酬がもらえるわけ」

「へぇ……じゃあ、依頼を受けずに、討伐依頼になってる奴を倒したらどうなるんだ?」


 俺の素朴な疑問に、セレンは「ふんっ」と小さく鼻を鳴らした。


「まさしくあの時のバルザックがそうよね。その場合は依頼が無効になるわ。だから、倒した人も、依頼を受けた人も追加の報酬はなし。ただ、倒した側にはノヴァがあるけどね」

「ああ、だから横取りってわけか……」

「まあ、そんなとこ。いざこざを避けたいなら、討伐依頼の一覧はデバイスで確認できるから、そこで確認するといいわ」

「めんどくさ……」


 俺は思わず顔をしかめる。戦うだけならいいが、いちいちデバイスでそんなことを確認しなきゃいけねぇってのがなぁ……。


「自分だけが自由にできるわけじゃないんだから、文句言わないの」


 セレンは呆れたようにため息をつく。


「……というか、それなら旧東京周辺じゃなくてダンジョンに行けばいいんじゃない? それなら何を倒そうが誰にも文句言われないわよ?」

「いや、アイラさんと仲良くなるまでは絶対移動したくない」


 俺が即答すると、セレンは呆れた表情を浮かべる。


「アンタね……昨日のあの感じでまだ希望を持てるとこがすごいわ」

「諦めなければなんでもできるがモットーなんでな」

「……はぁ。まぁ、勝手にしなさい。ほら、そろそろ行くわよ?」

「へーい」


 俺たちが支部の門をくぐると、中はさらに人で溢れかえっていた。

 天井の高い広間に響くのは、荒っぽい笑い声と金属が擦れる音。屈強な救星者たちが行き交い、壁際の大画面モニターの前には人だかりができている。どうやら、あそこに依頼がまとめて映し出されているようだ。


 他にも、武器のメンテナンスをしている奴、仲間と談笑する奴、依頼の詳細を吟味している奴——どこを見ても、闘志に満ちた目をした猛者ばかりといった印象だ。


「……活気があるのはいいけど、なんか荒っぽい奴らが多いな?」


 俺が小声で言うと、セレンは肩をすくめた。


「そりゃ荒くれものが多く集まるんだから仕方ないわ」

「そんなもんか」


 そう納得しつつも、やけに視線を感じる。俺だけでなく、セレンに対するものもある。中には、じろじろと値踏みするような目つきの奴もいた。


「——おっ、なんだァ?」


 ふいに、野太く嫌味な声が響いた。


「へぇ、珍しいじゃねえか。あの“鬼姫”様が男連れとは。それも、こんなガキとはなぁ?」


 声の方を向くと、腕組みをした大柄な男がニヤつきながらこちらを見ていた。背は俺より少し低いが、肩幅が広く、腕の筋肉も分厚い。頭を坊主に刈り込んだその顔には、縦に裂けた傷跡が一本走っている。


「……知り合いか?」


 俺がセレンに聞くと、彼女は呆れたように小さく溜息をついた。


「こんなの知らないわよ」

「……アァ? なんだそりゃ、寂しいこと言ってくれるじゃねぇか」


 男は嘲るように笑いながら、俺たちの進路を塞ぐように立ちふさがる。


「だ、そうだが?」

「いいからほっときなさい。ほら行くわよ」


 セレンは肩をすくめ、適当に流すような態度をとる。だが、それが相手の神経を逆撫でしたらしい。


「オイ、無視すんじゃねえッ!」


 男が舌打ちしながら、拳を振り上げた瞬間——


「はあ……うるさいわね」


 セレンがピシャリと冷めた声を落とす。


 男が一瞬だけひるんだのを確認すると、彼女はすぐさま俺の方を向いた。


「よし。ナオ、こいつの相手しといて。アタシは先にアイラのとこ行ってるから」

「……はあ? って、ちょ、おいッ!」


 俺が慌てて呼び止めるも、セレンは既に背を向けてスタスタと歩き出していた。


「……ったく、面倒ごとを押し付けて行きやがったな」


 俺がため息をつくと、目の前の男がギロリと俺を睨みつけた。


「チッ……テメェ、ガキのくせに調子乗ってんじゃねえぞ!?」

「いや、俺別になんもしてな――」

「うるせぇ!」


 男がいきなり拳を振るってくる。


「おっと……」


 俺は軽く首を傾け、拳を紙一重で避けた。


「テメェ、避けんじゃねえよッ!!」

「いや、そんな鈍間な拳、避けるなって方がむずいだろ」

「ッ、テメェ……!」


 男の顔が真っ赤に染まる。

 すると、それを見ていた周りの救星者たちも面白そうに囃し立てる。


「おいおい、これ新入りか? やるじゃねぇか」

「どっちが勝つか賭けるか?」

「いやいや、ガイの奴もああ見えてⅣ級だし、さすがにあのガキじゃ相手にならねぇだろ」

「いや、わからんぞ? あの動き、只者じゃなさそうだったし」


 やかましい連中だ。


「ったく……もういいや。手っ取り早く終わらせるか」


 俺は軽く肩を回し、構えを取る。


「へっ、いいぜ。その生意気な態度、あとで後悔させてやるよ!」

「あー、そういうのいいから。ほら、とっとと来いよ」

「テメェ……ッ! 殺してやるッ」


 男の拳が唸りを上げて突き出される。


——が、それはあまりにも遅すぎた。


「……おっせぇな」


 俺は余裕でその一撃を避けると、反撃とばかりに男の顎めがけて拳を突き上げた。


「ッ……!」


 カウンター気味のアッパーがクリーンヒット。男の体がわずかに浮き、その巨体がドスンと地面に崩れ落ちる。


「なっ……!?」

「おいおい、マジかよ!?」

「お、おい……あのガキ、一発で沈めたぞ」

「マジかよ、信じらんねぇ……!」


 周囲で見ていた救星者たちが驚きの声を上げる。男は今の一撃だけで完全に伸びたようだ。白目をむき、起き上がって来る気配はない。


「……あっけねぇな」


 拳を軽く振り、肩を回す。ま、あんなもんか。俺はすぐに気を取り直してセレンの後を追った。

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