第12話

「思ったより廃墟が多いな」


 俺は周囲の建物を見渡しながら呟く。


「ここら辺はもう何十年も前から放置されてるからね。何回か補修工事の案が出たらしいけど、すぐにセリオンの襲撃があって白紙になったそうよ」


 セレンが腕を組みながら答える。


「でも、救星教会の周辺地区はしっかり整備されてるから、生活には問題ないわ。人口も数万人はいるしね」

「なるほどな……」


 確かに、遠くに見える八王子の中心地は、まだ人の気配がしっかりと感じられる。

 それでも、ジジイが話していたかつての活気に比べたら、寂れてるのは間違いねぇ。


「あと、裏道は救星者崩れもいるから気を付けて……って言おうとしたけど、アンタには余計な心配だったわね」

「おうよ。そんな輩は俺の拳で返り討ちにしてやるからな」

「調子に乗らないの。まぁ、アンタの拳がどれだけ通じるかは、これから試せばいいわ」

「へっ、いいねぇ」


 俺は拳を鳴らしながら、八王子の救星協会の建物を目指した。



 ★  ★  ★



「さ、着いたわよ」


 先頭を歩いていたセレンが立ち止まり、背後の俺を振り返る。


「おぉ、なんか雰囲気あるな!」


 目の前にそびえるのは、無駄にデカいドーム状の天井を備えた施設。重厚感のある正面ゲートが、いかにも「ここが八王子の中心です」って感じを醸し出している。

 ここまで歩いてきた荒廃した街並みとは違い、この周辺区画一帯はきちんと整備されていて、救星者たちの拠点としての役割を果たしているのが一目でわかる。


「さて、登録の確認と、拠点の手続きってとこか」

「それと、八王子で活動するためのデータ登録もね」


 俺たちは自動ドアをくぐり、受付カウンターへと向かう。

 中に入ると、そこには黒髪のロングヘアが美しく揺れる受付嬢の姿があった。


 涼しげな瞳、知的な雰囲気。入学式のときにいたあの人が、目の前にいる。気持ちを落ち着けようとするも、内心ではテンションが跳ね上がっているのが自分でもわかった。


「——あ、おかえり、セレン。今回は随分時間がかかったみたいだけど、何かあったの?」

「ただいま、アイラ。そうね……まあ、色々あったわ、ほんっとに」


 彼女——アイラさんの声掛けにセレンが肩をすくめながら苦笑する。


「バルザックは簡単に見つかったんだけどね……」

「あれ、そうなの?」

「まあね、さすがにⅢ級だと図体もでかいし目立ってたわ。で、戦い始めたんだけど……戦ってる最中に途中で横取りされたのよ」

「……横取り?」

「そう、こいつ——ナオに」


 セレンが俺の肩をポンと叩く。


「おう、悪いな。美味しいところ持ってっちまったみたいだ」


 俺は軽く肩をすくめて応じる。

 同時にアイラさんから訝し気な視線が向けられるが、すぐに何かに気づいたように眉を上げた。


「——え、ちょっと待って。君……入学式の時にいた子ですよね?」

「おおっ! 覚えててくれたんですか!?」


 思わず頬が緩んでしまう。内心ではめちゃくちゃ嬉しい。


「まあ、あれだけ熱心に見られていたら印象に残ります」

「……うっ」


 バレてたか……アイラさん、意外と鋭いな。


「まあ、いろいろと聞きたいことはありますが……まず、どうして救星高校の生徒がこんなところに?」

「え? まあ、その……救星者になったんで、八王子に拠点を置こうと思いまして」

「……え?」


 アイラさんの顔色が、すっと変わる。


「救星高校に通いながら、じゃなくて?」

「いや、もう行く気はないっすね」  

「……戻る気は?」

「それもないっす」


 カウンター越しのアイラさんの目が、わずかに鋭くなる。

 そのまま、じっと俺を見据えてくる。

 さっきまでの柔らかい雰囲気が、いつの間にか消え失せていた。


「はあ……いいですか? 救星高校は、救星者としての心構えを教えてくれる大切な場でもありますので、行かないと今後困るのは君ですよ?」

「いや、そんなの聞いても覚えられないんで……」

「そういう問題ではありません。行かないとダメなんです」


 その声は静かで、だけど妙に冷たく感じた。

 冗談抜きで、怒られてる。いや、怒られてるというよりも……なんか、呆れられてる感じか?


 うわ……これ、めっちゃ気まずい……


 これまで鍛錬で怒鳴られることはあっても、こんな真っ当な説教をされるのは久々だった。

 さすがにちょっと居心地が悪い。


「——まあまあ、アイラ。そのくらいにしましょ? こいつのことだから、一度言ったら曲げないだろうし」


 と、俺が困っているとセレンが助け舟を出してきた。


「それにほら、八王子支部としても腕の立つ奴は多い方がいいでしょ? その点、ナオなら腕の心配はないわ」

「…………え? まさか、セレンが男性の肩を持つなんて……」


 アイラさんが、一瞬驚いたようにまばたきをした。

 その反応に、セレンが首をかしげる。


「なに? どうしたの?」

「……う、ううん、なんでもない……けど、そっか……」


 ぽつりと呟くアイラさんの声は、どこか寂しげだった。


「アイラ?」

「……あ、ううん。ごめんね。ちょっと意外だったから」


 アイラさんはふっと笑い、すぐに落ち着いた雰囲気に戻ったように見えた。だけど、なんだろう。さっきまでと比べて、少しだけ表情が固い気がする。


「んんっ……羽瀬さんでしたよね? 救星高校の件についてはわかりました。もう、私からは何も言いません。ですが、ここで登録すれば救星協会から高校へ情報が伝わるということはご承知ください」

「それは大丈夫です」

「かしこまりました。それでは、私、菫条藍麗が登録させていただきます。身体スキャンをしますのでこちらの機械の前に立ってください」


 アイラさんが、少しだけ淡々とした口調で手続きを進める。


「——はい、これで登録は完了です。ようこそ八王子支部へ。あなたの活躍を期待します」

「は、はい……お願いします」


 その言葉とともに、登録端末が短い電子音を発した。

 その音がやけに響いた気がしたのは、俺の気のせいだろうか。

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