第11話

 森の奥へと進むにつれ、周囲の雰囲気が変わっていくのがわかった。木々の幹には無数のひっかき傷が刻まれ、地面には足跡がいくつも残っている。それだけじゃない。空気が重く、まとわりつくような圧力がある。


「……この感じ、間違いないわね」


 セレンが腰に差している太刀の柄に手を添え、慎重に周囲を見渡す。


「例の巣か?」

「ええ。《ストーンハウラー》って呼ばれてるセリオンの群れが棲んでる場所よ」


 《ストーンハウラー》。Ⅴ級のセリオンで、特に遠距離戦を得意とするらしい。

 最大の特徴は、自身の体を覆う分厚い岩のような装甲と、凄まじい腕力で投げつける巨大な岩塊。


 まあ、あれだ。ようはバルザックの下位互換みたいなもんだな。


「巣に入ったら、確実に囲まれるわよ」

「むしろ歓迎だろ?」

「ハァ……ほんと、アンタって戦闘狂」


 セレンは呆れたように溜息をついたが、その口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


「ま、どうせやるなら派手にやりましょうか」


 そう言うや否や、セレンは前へと駆け出した。


「おいおい、待てよ!」


 俺にあんなこと言っておいて、セレンも大概戦闘狂だよな。


 セレンを追い、俺もすぐさま地を蹴る。


 森の奥へと踏み込むと、目の前には開けた岩場が広がっていた。中央には巨大な石柱が何本も突き出し、所々に崩れた岩の塊が転がっている。


 そして――その岩の間に、異形の影がいくつも潜んでいた。


「ほら、お出迎えが来たわ」


 セレンが太刀にエネルギーを込めながらニヤリと笑う。


 森の奥で光る赤い瞳が、次々とこちらを捉えた。


——ギュァアアアアアア


 低く響く唸り声。


 岩陰から姿を現したのは、体高2メートルほどの巨躯。全身を岩のような装甲で覆い、その分厚い腕を振り上げると、周囲の岩を乱暴に砕いていく。


「へえ……結構な数いるじゃねえか」


 視界に入るだけで、ざっと10体以上はいるな。


「……さて、どっちがより多く狩れるか、勝負する?」


 セレンが楽しそうに太刀を構える。


「いいねぇ、受けて立つぜ!」


 俺は拳を握り込み、地面を蹴った。


――瞬間、戦場が動いた。


 目の前のストーンハウラーが、ゴリラみてえな腕を振りかぶり、巨大な岩を軽々と持ち上げる。


「っと、いきなりそれかよ!」


 ズドンッ!!


 岩塊が空を裂き、こちらへ一直線に飛んでくる。


「舐めんなッ!!」


 俺は拳を固めて迎撃する。


——ドゴォン!!


 衝撃が周囲に広がり、岩塊は粉砕された。


「やるじゃない! さ、アタシたちも行くわよ、『星斬一文字』!」


 そんな掛け声と同時に、セレンの持つ太刀が光を帯びる。瞬間、刃渡り1m程度だった太刀は刃渡り3mを越す大太刀へと姿を変えた。


「派手に暴れましょ!」


 一閃。その一撃は頑丈なストーンハウラーの首を一刀両断する。


「——これで1点先取ね」

「……ッ、ハハッ! 楽しくなってきたぜ!!」


 俺は拳を握り込み、目の前の敵へと飛び込んだ――



 ★  ★  ★



 12匹のストーンハウラーを片付け、俺たちは巣の中に立っていた。


「……6対6、引き分けね」

「クソッ……負けたわけじゃねぇけど、引き分けか……」


 俺は悔しさを噛み締めながらも、拳を緩めた。


「ま、いい勝負だったんじゃない?」

「チッ、次は勝つぞ」

「それはアタシのセリフよ」


 お互いニヤリと笑いながら、得物を仕舞う。


「……んじゃ、ノヴァを回収してとっとと出るか」

「ええ、八王子に向かいましょ。夜までには着きたいわね」


 俺たちは戦利品を回収し、壊滅させた巣を後にした——。



 ★  ★  ★



 森の中を歩く。

 

 八王子への道のりはまだもうちょいあるが、さっきの戦闘の後の心地よい疲労感が体を覆っていた。森の中では、さっきまでの騒ぎが嘘みてぇに静かだ。鳥の鳴き声が響き、風が葉を揺らす音がやけに耳に心地よい。

 

「……なぁ」

 

 沈黙を破るように俺は口を開いた。

 

「セレンはなんで救星者になったんだ?」


 俺のその問いに、セレンはきょとんとした顔を浮かべる。

 

「……なんでって、そりゃ強くなるためよ」

 

 セレンは当然のように答える。その言葉には迷いがない。

 

「強くなってどうすんだよ」

「……」

 

 セレンは少し考えるように視線を上げた。

 

「さあね。でもさ、強くなればなるほど、生きるのが楽しくなる気がするのよ」

「ほう?」


 上を向いたままセレンは続ける。


「強さがあれば、誰にも負けない。好きなだけ戦えて、誰にも文句言われない。そんな人生、最高じゃない?」

 

 セレンは笑う。

 

 ……言いたいことはわかる。俺も似たようなもんだからな。だが、セレンのその言葉は何かを隠しているような、そんな気がした。


 まあ、気のせいかもしれないけど。

 

「俺に負けた奴の言葉は重みが違うね~」

「は? 斬るわよ?」

「わりいわりい。ま、それはさておき……セレンはさ、戦闘以外で何かできることあんの?」

「何? 喧嘩売ってる?」

 

 セレンが俺を見る。

 

「違う違う。いや、なんつーか、戦い以外の趣味とかあんのかなって」

「いきなり話変わったわね……うーん、趣味ねぇ……」

 

 セレンは腕を組んで考える。

 

「……バイク?」

「お、バイク乗るのか?」

「まあね。京都にいた時は結構乗り回してたわ」

「へぇ、意外とアクティブじゃねぇか」

「意外とって程でもだいでしょ。そういうアンタこそ趣味あるの?」

「俺? んー……」

 

 考えてみたが、特にない。

 山でジジイに鍛えられたことがほとんどだし、思えばまともに娯楽ってものを知らないわ。

 

「強いて言うなら、鍛錬?」

「はぁ……これはダメね」

「しょうがねえだろ、物心ついたときからジジイと2人暮らしだったんだから」

「学校は行ってないの?」

「行ってたけど、近くの町の学校だったから同学年はいなかったし、基本放課後は鍛錬があったからすぐに帰ってたな」

「うわ、つまんないわね。なら、八王子ついたら何か趣味でも見つけなさいよ。その方が人生に彩りあるわよ?」

「ま、考えとくよ」


 そうこうしてるうちに、太陽が傾き始めた。

 

「……そろそろ八王子に近づいてきたか」

 

 森を抜けた先、視界が開けた。

 

「……ほう、意外と荒れてるんだな」

 

 遠くに見える八王子の街並みは、ところどころ廃墟と化していた。50年前の大氾濫の影響を受け、今も完全復興には至っていない。それでも、救星者たちが拠点を置き、ある程度の生活圏は維持されている。

 

「ほら、早く行きましょ?」

「あぁ」

 

 俺たちは八王子へと足を進めた。

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