第9話


 あの後、何か食えるものがないか探したが、八王子に行くために準備したリュックすらどこかに置いてきてしまった俺は、女を連れて一度家に戻ることにした。

 森のどこかに転がったままの6万分のステラ・ノヴァも放置されたままだが……まあ、さっき倒したデカブツのノヴァでその100倍は手に入りそうだしいいか。拾いに行く手間を考えたら放置でも問題ねぇだろ。


「数年は帰る気無かったんだがな……」


 そんなことをぼやきながら、鍵を回す。小さな音とともに扉が開くと、数時間ぶりの我が家が俺を出迎えた。

 山奥にぽつんと建つ古めかしい木造の家。都会の最先端技術が詰まったスマートハウスとは比べ物にならないが、作りはしっかりしていて住み心地も悪くない。ただ、都会育ちの奴が見たら、古臭いとか時代遅れとか言われる程には趣のある外観だ。


「へえ、こんな山奥にあるにしては結構いい家じゃない?」


 後ろをついてきていた女——セレンが、興味深そうに辺りを見回している。


「……スリッパなんてもんはねえから、そのまま上がってくれ」

「スリッパくらい用意しときなさいよ。まあいいわ、お邪魔するわね」


 ブーツを脱ぎ、家の中へ入ってくるセレン。何気なく振り向いた瞬間、彼女の足が目に飛び込んできた。


 ……ヤベェ、めちゃくちゃ綺麗じゃねぇか。


 ニーハイソックスの上からでもわかる鍛え抜かれたスレンダーな脚線美。無駄な肉は一切なく、それでいて女性らしいしなやかさを感じさせる絶妙なバランス。タトゥーはどうやら鬼になってる間だけのようで、艶めかしい太ももが露わになっている。足が床にぺたっと触れる様も妙に色っぽい。視線を逸らそうとするも、ついまた見ちまう。


「手洗いたいんだけど、洗面所どこ?」

「あ、ああ、廊下の突き当りを右に行った先だ」

「りょーかい」


 セレンが去っていくのを見届けると、俺は大きく息を吐いた。


 ……危ねぇ、無意識にガン見してたわ。くそ、まだ体が昂ってんな。


 気を落ち着かせるためにキッチンへ向かい、コップ一杯の水を一気に飲み干す。よし、冷静になったところで、飯を用意するか。


 台所の戸棚を開けると、パックご飯、レトルトのカレー、即席味噌汁、缶詰と、それなりに揃ってる。ま、カレーなら間違いねぇだろ。

 パックご飯とレトルトカレーをレンジで温めていると、ちょうどセレンが戻ってきた。


「シャワーも少し借りたわ」

「ん、了解。飯はカレーな」

「どうも」


 セレンはちゃぶ台周りに適当に座り込み、スラリとした長い脚を伸ばす。靴下が無いことで、肌色の露出面積が倍増している。


……いやいや、別に気にすることでもねぇけどよ。


 カレーが出来上がり、ちゃぶ台に運ぶと、セレンは興味深そうにカレーを見つめた。


「へえ、レトルトのカレーって初めてね」

「腹に入ればなんでもいいだろ」

「ん、まあそれもそうね。いただきます」


 セレンはそう言ってスプーンを手に取り、一口運ぶ。


「……まあ、悪くないわね」

「そうだろ。俺の手料理なんだから感謝して食えよ?」

「ただ温めて盛っただけじゃない」

「そうとも言う」


 俺たちは黙々と食べ進める。カレーは普通の市販品だが、空腹時にはどんな飯でもうまく感じるもんだ。


 食い終えたところで、セレンがスプーンを置き、俺を見た。


「……さて、とりあえず、話すことは話してしまいましょう」

「なんか話すことあったか?」

「いろいろあるわよ。まずはバルザックが落としたノヴァについて」


 バルザックとは、さっき俺がトドメを刺したⅢ級セリオンのことらしい。

 Ⅲ級以上は固有名が付くことが多いとのこと。そんな説明を挟みながら、セレンは説明を進める。


「本来なら、あれはアタシが救星協会から依頼を受けて討伐しに来たアタシの獲物だったの。アンタはそれを横取りしたってことになるわ」

「はあ? なんだそれ。獲物は狩った奴の物なんてのは常識だろ?」

「どこの常識よ、そんなの聞いたことないわ。というか、救星者なら、救難信号以外で他の人の獲物を奪わないなんて当たり前の話じゃない? そんなことも知らないの?」

「いや、知らんよそんなこと。だって救星者になったの今日だし」

「……ハア?? え、なに、あんた今日救星高校に入学したってこと?」

「あ? だからそう言っただろ」


 俺がそう言うと、セレンは信じられないものを見るような目で俺を見てくる。


「やば……え? マジで? あんた15なの? まだガキじゃない。その年でアレを倒すってどんな化け物よ」

「化け物とはひでーな、おい。てか、俺をガキ呼ばわりって、なんだ、あんたはもう20オーバーか?」

「超えてるわけないでしょ! アタシはまだ19よ!」

「いや、19も20も変わらんだろ」

「全然違うわよ!」


 必死なセレンの様子に、思わず笑いが込み上げる。


「必死すぎだろ。というか、だとしたら、4つも下の奴に獲物奪われたってことじゃん。なあ、セレンさんよぉ、今どんな気持ち??」


 ニヤリと笑いながら言ってやると、セレンの目がピクッと動いた。


「クソ生意気なガキね……そんなんだから童貞なのよ」


 一瞬、空気が凍る。


「は、ハア? 童貞じゃねえし!」

「ふふっ、醜い嘘ね。さっきからアタシの足や胸ばっか視線行ってるわよ」


 ——ギクッ。


「ッ、誰がテメエの胸なんか見るかよ」

「あら、見たいって言うなら見せてあげてもいいけど?」

「え?」


 俺の脳が一瞬フリーズした。


「ふふっ、あははははっ、アンタ食いつきすぎじゃない? そんなに見たいの? まあ、アンタなんかに見せるわけないけど」


 ……カチンッ。俺の中で何かが切れた音がした。


「……うざ。ってか、行き遅れに言われても痛くも痒くもねーよ。救星者で指輪もしてないってことは、そういうことだよなぁ? 今時、20で結婚どころか彼氏もいないんじゃ、この先ヤバいんじゃねえか? 25過ぎたら独身税だっけか。また増税するらしいし、将来大変かもな?」


 ……ピキッ。目の前から何かが切れた音がした。


「……へえ……どうやら死にたいみたいね……?」


 瞬間、空気が変わった。セレンの瞳が鋭く光り、その身にまとっていた殺気が一気に増す。


「へえ? 言うじゃねえか。なら今からさっきの続きするか?」

「望むところよ。ノンデリ童貞に現実を教えてあげるわ」


 セレンが大太刀を手に取り、ゆっくりと構えを取る。


「テメエ……童貞童貞うっせえな、なんなら今ここで童貞卒業したっていいんだぞ!?」

「ハッ、やれるもんならやってみなさいよ!」

「言ったなゴラァ! 上等じゃねえか! 俺が勝ったらテメエで童貞捨ててやるから逃げんじゃねえぞ!」

「アタシが逃げるわけないでしょうがッ!」


 ドンッ!

 二人同時に立ち上がり、縁側から庭に飛び出す。

 俺は拳を握る。セレンは大太刀を構える。

 互いに目を細め、次の瞬間——


「——行くぜ!」

「——来なさい!」


 バッ!

 二つの影が、一瞬でぶつかり合った。

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